第14話 踊る絵本
文字数 2,801文字
図書館フェスティバルが終わると、図書館のある小高い丘の景色も紅葉で紅く染まり始める。そんなある朝、朝礼が終わると、パートの浅田さんに声をかけられた。
「あの……、長谷川さん」
「あっ、はい」
「図書館にある点字絵本って、増やせないですよね」
「そうですね。本の購入予算が昨年度から削られてるし、今は難しいです」
「そうですか」
「一時期、ボランティアで点字シートを作ってくれる方いたんですけどね」
「ああ、そうでしたね。木内さんでしたっけ?」
「ええ、そうです。……でも、なにかあったんですか?」
「うちの近所の子が、視覚障害者なんです。こないだ、そこのお母さんと話したんですけど、図書館に点字絵本が少なくて、もう読める本がないって子供が言ってるって聞いたので」
「そうでしたか。2,3冊くらいなら増やせるかな」
「私が、読み聞かせ室で読んであげようか」
隣で話を聞いていた田中副館長が言った。
「えっ、でも……」
「いいよ、絵本や紙芝居読むのは僕の趣味だからね。それに、図書館は全ての人に本を楽しんでもらわないとね」
後日、図書館にある読み聞かせ用の個室に、浅田さんから紹介された持田さん親子がやってきた。
「すいません、今日は」
「いえいえ。君、お名前は?」
田中副館長は、男の子に優しく声をかけた。
「持田隼人」
「隼人君か。よろしくね、私は副館長の田中です」
そして、田中副館長が絵本を読み始めると、隼人は興味深そうに物語を聴いていた。
「どうだった? 長谷川君」
持田さん親子がお礼を言って帰った後、田中副館長が僕に訊いてきた。
「いや、喜んでましたよ。隼人君」
僕はそう言ったが、田中副館長は腕組みをして納得してない様子だった。
「どうしたんですか?」
「うーん、今日の隼人君、子供たちにいつも紙芝居読んであげる時の喜び方じゃないんだよな」
「そうですかね」
「ちょっと読んでみるからさ、今度聴いてくれない?」
「あ……っ、はい。いいですよ」
そして、月曜の休館日の朝、僕と田中副館長、横田さん、吉岡さんの4人が図書館の休憩室にいた。
「悪いね、休みの日に出てきてもらって」
田中副館長が申し訳なさそうに言うと「ほんとですよ、高くつきますよ」と言って、吉岡さんが微笑んだ。
「分かった、分かった。この後、しっかりランチをご馳走しますよ」
そして、田中副館長が絵本を読むのを、目をつむってみんなで聴いた。
「……どうだった?」
「悪くはないですけどね」
横田さんは、目を開けると田中副館長に言った。
「でも……」
「何? 吉岡さん」
「目をつむって聴くと、情景が浮かんでこない場面がありますね」
「うん、そうだろ? 僕もそう思ったんだよね」
「確かに、そうですね」
僕もそう言って頷いた。
「なんとか、隼人君に喜んでもらわないとね」
「そうだ。ほらっ、こないだ副館長言ってたじゃん、紙芝居読む時、抑揚がどうとか……」
「ああ、そうか。読み方か……。よし、ちょっと変えてみよう」
「僕も手伝います。なんか、やってみたくなりました」
横田さんがそう言いながら、珍しく目を輝かせている。
「よし。じゃあ君にも少し読むパートを分けてあげようかな」
「え……っ、は……い、じゃあ」
翌日、僕は浅田さんにこの件を話した。
「あっ、そうですか。それは持田さんも喜ぶと思います。こないだ、盲学校に一緒に通ってる友達にも聴かせたいって言ってたから、一緒に誘ってもらってもいいですか?」
「もちろん、いいですよ」
「じゃあ、伝えますね」
そして、田中副館長と横田さんは、仕事が終わると毎晩遅くまで絵本を読む練習をしていた。
「へえ……。横田さん、がんばってるじゃん」
そう言って、差し入れに横田さんの大好きな河野屋の大福を持ってきた吉岡さんが彼を見つめていた。
「そうだね。きっと今度は上手くいくよ」
僕もこの時、横田さんの意外な頑張りに感心していた。
「うんうん」
そして、隼人と盲学校の友達に絵本を読む日になった。
「みんな、今日はとても楽しみにしてました。よろしくお願いします」
図書館に入って、隼人の母親がそう言うと、子供たちの親もお辞儀をした。
「じゃあ、今日は人数も多いから、ミーティング室で読みますので、こちらへどうぞ」
僕が部屋へ案内すると、田中副館長と横田さんがすでに準備をして待っていた。
「こんにちは。じゃあ、今日は楽しんでいってね」
田中副館長が、元気よく挨拶すると、子供たちは微笑みながら席についた。
そして、田中副館長と横田さんが絵本を読み始めた。
おばけのポー
おばけのポーは、大きな山の上を飛んでいました。季節は秋から冬になり、草木も枯れ始めました。
「やーまは、しろーがね、あさひをあーびいーてー♪」
ポーは、前におじいさんと山に来た時、口ずさんでいた昔の歌を歌いながら、今日もご機嫌に飛んでいます。
「あはは」
大声で歌う横田さんの声を聴いて、子供たちは楽しそうに笑っている。
……すると、たくさんの木の間を、大きな動物がのっし、のっしと歩いている姿が見えました。
「あれ? なんだろう? なんか大きな動物がいるぞ」
ポーは、山の中に入っていきました。そして、しばらく大きな動物を探していると……、毛がたくさん生えた大きな動物とが歩いています。隣に小さな子供もいます。
「あっ、あれは……熊だ! 熊の親子だ」
熊の親子はとてもお腹を空かせて困っています。
「――きっと冬眠できないんだね、お腹空いて」
子供たちは興味深々で田中副館長の話を聞いている。
そして、物語は最後の場面となった。
ポーが「揺れろっ」と願いながら、大きな木を揺らすと枝が揺れ始めました。
ゆっさゆっさ
ばさばさばさー
ぼてぼてぼてー
ポーのお陰で、たくさんのどんぐりが落ちてきました。
「わあー♪」
「やったー♪」
子熊たちの喜ぶ声が聞こえてきます。そして、子熊たちはぼりぼり食べ始めました。
「ああ、良かったわ。ありがとうございます。これで安心して冬眠できます」
そう言って、母さん熊は、子熊の食べる姿を優しく見守っています。
「良かったね。また春になったら会おうね」
「うん、ありがとう。暖かくなったら一緒に遊ぼうねー」
子熊は、ポーに向かって元気よく手を振っています。
「なんか、みんなが食べてるの見ていたら、僕もお腹空いちゃったよ。帰っておやつたーべよ♪」
「おしまい」
子供たちの嬉しそうな声を聞いて、田中副館長と横田さんは充実した顔になっている。僕の隣で一緒に聞いたいた吉岡さんは、感動して目が潤んでいた。
「本当に、今日はありがとうございました。隼人も、とても楽しそうでした」
「これからも、図書館に来たら読んであげるからね」
田中副館長がそう言って隼人の頭を撫でると、隼人は嬉しそうに頷いた。
「なんだか、今日の絵本、文字が躍ってるみたいだったわ」
僕の隣にいた吉岡さんも、そう言って嬉しそうな顔で微笑んでいた。
「あの……、長谷川さん」
「あっ、はい」
「図書館にある点字絵本って、増やせないですよね」
「そうですね。本の購入予算が昨年度から削られてるし、今は難しいです」
「そうですか」
「一時期、ボランティアで点字シートを作ってくれる方いたんですけどね」
「ああ、そうでしたね。木内さんでしたっけ?」
「ええ、そうです。……でも、なにかあったんですか?」
「うちの近所の子が、視覚障害者なんです。こないだ、そこのお母さんと話したんですけど、図書館に点字絵本が少なくて、もう読める本がないって子供が言ってるって聞いたので」
「そうでしたか。2,3冊くらいなら増やせるかな」
「私が、読み聞かせ室で読んであげようか」
隣で話を聞いていた田中副館長が言った。
「えっ、でも……」
「いいよ、絵本や紙芝居読むのは僕の趣味だからね。それに、図書館は全ての人に本を楽しんでもらわないとね」
後日、図書館にある読み聞かせ用の個室に、浅田さんから紹介された持田さん親子がやってきた。
「すいません、今日は」
「いえいえ。君、お名前は?」
田中副館長は、男の子に優しく声をかけた。
「持田隼人」
「隼人君か。よろしくね、私は副館長の田中です」
そして、田中副館長が絵本を読み始めると、隼人は興味深そうに物語を聴いていた。
「どうだった? 長谷川君」
持田さん親子がお礼を言って帰った後、田中副館長が僕に訊いてきた。
「いや、喜んでましたよ。隼人君」
僕はそう言ったが、田中副館長は腕組みをして納得してない様子だった。
「どうしたんですか?」
「うーん、今日の隼人君、子供たちにいつも紙芝居読んであげる時の喜び方じゃないんだよな」
「そうですかね」
「ちょっと読んでみるからさ、今度聴いてくれない?」
「あ……っ、はい。いいですよ」
そして、月曜の休館日の朝、僕と田中副館長、横田さん、吉岡さんの4人が図書館の休憩室にいた。
「悪いね、休みの日に出てきてもらって」
田中副館長が申し訳なさそうに言うと「ほんとですよ、高くつきますよ」と言って、吉岡さんが微笑んだ。
「分かった、分かった。この後、しっかりランチをご馳走しますよ」
そして、田中副館長が絵本を読むのを、目をつむってみんなで聴いた。
「……どうだった?」
「悪くはないですけどね」
横田さんは、目を開けると田中副館長に言った。
「でも……」
「何? 吉岡さん」
「目をつむって聴くと、情景が浮かんでこない場面がありますね」
「うん、そうだろ? 僕もそう思ったんだよね」
「確かに、そうですね」
僕もそう言って頷いた。
「なんとか、隼人君に喜んでもらわないとね」
「そうだ。ほらっ、こないだ副館長言ってたじゃん、紙芝居読む時、抑揚がどうとか……」
「ああ、そうか。読み方か……。よし、ちょっと変えてみよう」
「僕も手伝います。なんか、やってみたくなりました」
横田さんがそう言いながら、珍しく目を輝かせている。
「よし。じゃあ君にも少し読むパートを分けてあげようかな」
「え……っ、は……い、じゃあ」
翌日、僕は浅田さんにこの件を話した。
「あっ、そうですか。それは持田さんも喜ぶと思います。こないだ、盲学校に一緒に通ってる友達にも聴かせたいって言ってたから、一緒に誘ってもらってもいいですか?」
「もちろん、いいですよ」
「じゃあ、伝えますね」
そして、田中副館長と横田さんは、仕事が終わると毎晩遅くまで絵本を読む練習をしていた。
「へえ……。横田さん、がんばってるじゃん」
そう言って、差し入れに横田さんの大好きな河野屋の大福を持ってきた吉岡さんが彼を見つめていた。
「そうだね。きっと今度は上手くいくよ」
僕もこの時、横田さんの意外な頑張りに感心していた。
「うんうん」
そして、隼人と盲学校の友達に絵本を読む日になった。
「みんな、今日はとても楽しみにしてました。よろしくお願いします」
図書館に入って、隼人の母親がそう言うと、子供たちの親もお辞儀をした。
「じゃあ、今日は人数も多いから、ミーティング室で読みますので、こちらへどうぞ」
僕が部屋へ案内すると、田中副館長と横田さんがすでに準備をして待っていた。
「こんにちは。じゃあ、今日は楽しんでいってね」
田中副館長が、元気よく挨拶すると、子供たちは微笑みながら席についた。
そして、田中副館長と横田さんが絵本を読み始めた。
おばけのポー
おばけのポーは、大きな山の上を飛んでいました。季節は秋から冬になり、草木も枯れ始めました。
「やーまは、しろーがね、あさひをあーびいーてー♪」
ポーは、前におじいさんと山に来た時、口ずさんでいた昔の歌を歌いながら、今日もご機嫌に飛んでいます。
「あはは」
大声で歌う横田さんの声を聴いて、子供たちは楽しそうに笑っている。
……すると、たくさんの木の間を、大きな動物がのっし、のっしと歩いている姿が見えました。
「あれ? なんだろう? なんか大きな動物がいるぞ」
ポーは、山の中に入っていきました。そして、しばらく大きな動物を探していると……、毛がたくさん生えた大きな動物とが歩いています。隣に小さな子供もいます。
「あっ、あれは……熊だ! 熊の親子だ」
熊の親子はとてもお腹を空かせて困っています。
「――きっと冬眠できないんだね、お腹空いて」
子供たちは興味深々で田中副館長の話を聞いている。
そして、物語は最後の場面となった。
ポーが「揺れろっ」と願いながら、大きな木を揺らすと枝が揺れ始めました。
ゆっさゆっさ
ばさばさばさー
ぼてぼてぼてー
ポーのお陰で、たくさんのどんぐりが落ちてきました。
「わあー♪」
「やったー♪」
子熊たちの喜ぶ声が聞こえてきます。そして、子熊たちはぼりぼり食べ始めました。
「ああ、良かったわ。ありがとうございます。これで安心して冬眠できます」
そう言って、母さん熊は、子熊の食べる姿を優しく見守っています。
「良かったね。また春になったら会おうね」
「うん、ありがとう。暖かくなったら一緒に遊ぼうねー」
子熊は、ポーに向かって元気よく手を振っています。
「なんか、みんなが食べてるの見ていたら、僕もお腹空いちゃったよ。帰っておやつたーべよ♪」
「おしまい」
子供たちの嬉しそうな声を聞いて、田中副館長と横田さんは充実した顔になっている。僕の隣で一緒に聞いたいた吉岡さんは、感動して目が潤んでいた。
「本当に、今日はありがとうございました。隼人も、とても楽しそうでした」
「これからも、図書館に来たら読んであげるからね」
田中副館長がそう言って隼人の頭を撫でると、隼人は嬉しそうに頷いた。
「なんだか、今日の絵本、文字が躍ってるみたいだったわ」
僕の隣にいた吉岡さんも、そう言って嬉しそうな顔で微笑んでいた。