第25話 伝える

文字数 2,331文字

 毎年の事であるが、鳴滝町内の学校が夏休みに入り、子供たちも昼間から図書館に来るようなると、館内も賑やかになってくる。
 今年からは、ライブネットが提案した子供向けの行事が行われる事になっていて、去年までの様に図書館職員が手作りでやるような事は無くなった。田中さんの紙芝居は、リブネットの行事とは別に、この夏休み期間中は週3日やる事になり、職員やスタッフのいる地下1階も賑やかになっていた。

 そんな夏休みが始まったばかりのある日の朝、図書館内を歩いていると、来館者の女性とカウンターのスタッフが話をしていた。僕がカウンターの横を通り過ぎようとすると、二人の会話の声が耳に入った。

「……うちの娘が夏休みの課題で、全国各地の花の事を調べたくて、花に関する本を探してるのですが、まとめて出してもらう事はできますか?」
「大丈夫ですよ、ただ、少しお時間いただけますか?」
 見ると、女性の後ろには大人しそうな女の子が、女性に隠れるように立っている。
「――あっ、神田さん。僕が、対応しますよ」
 僕がスタッフの神田さんに声をかけると、彼女はほっとしたような顔で言った。
「長谷川主任、すいません。今ちょっと人手が足りなくて……」
「ええ、いいですよ」

 僕が、スタッフの神田さんに話してからその女性を見ると、何処か見覚えのある女性だった。
「あ……っ、家田さんの……」
「ああ、その節はありがとうございました」
 そう言って女性は頭を下げた。彼女は、家田さんの葬式の時に会った家田さんの娘さんだった。
「あの時はご挨拶出来なくて、家田さんにお世話になった図書館の長谷川です」
「そうでしたか。こちらこそ、生前は父がお世話になりました」
「いえ……。そうですか、家田さんのお孫さんでしたか」
 僕が、優しく微笑みながら見ると、女の子は恥ずかしそうに俯いている。
「ええ、この子もお爺ちゃんに似て、本が好きでして」
「そうでしたか、それは良かった」
 僕は、家田さんの孫が本好きだと聞いてとても嬉しく感じた。そして、どことなくこの女の子の面影は、家田さんに似ている気がした。

「じゃあ、僕について来てください」
「すいません、お忙しいのに」
「いえ、大丈夫ですよ」
 僕は、階段を下りて二人を会議室へと案内した。

「お名前は?」
 会議室に入って僕は、女の子の目線まで屈んで訊くと「……成美です」と、恥ずかしそうに答えた。
「成美ちゃんか、よろしくね」
「すいません、長谷川さん。この子、人見知りが激しくて」
「うんうん、いいですよ」
 僕は、目線を合わせようとしないところなど、家田さんもそうだったな、と内心おかしく思った。

「じゃあ、本を探してきますので少しお待ちください」
 僕はそう言って、事務室の冷蔵庫に入っていた紙パックのお茶を2個持ってきて渡した。
 そして、僕は閉架書庫へ向かおうとした時にふと思いついた。
「そうだ、成美ちゃん。大きな書架が動く場所見たくない? 昔、お爺ちゃんが毎日居た場所なんだよ」
 僕がそう言うと、成美は興味を持ったように頷いた。
「よし、行ってみよう。お母さんもどうぞ。昔、家田さんが大切にしていた場所です」

 そして、僕たちは会議室から出ると、奥に進んだ先にある閉架書庫へと入っていった。
「ここには、貴重な本や、あまり読まれてない本が置いてある場所なんだよ。少し暗いけどね……、怖くない?」
「……うん」
 そして、子供時代の僕に家田さんがしてくれたように、大きな書架がたくさん密集して並んでいる場所の書架の一つの前に立ち、前面についている丸いボタンを押すと、その書架と隣の書架が左と右に動き出して、真ん中に通路が出来た。そして、その通路の奥にある壁の上部の小さな窓から洩れる光りが、通路を照らしている。確かに以前と比べると、年季の入った電動式の書架は動きも少しぎこちなく、モーターの音も大きくなっている。

「……昔、僕も成美ちゃんくらいの時に、ここに家田さんに連れてきてもらって、これを見せてもらったんです」
「ああ、そうだったんですね」
「どう? 成美ちゃん」
「うん、……かっこいい」
 成美は、この日初めて僕に笑顔を見せてくれた。
「図書館にはね、表に出ている本以外でもこんなにたくさんの本があるんだよ。成美ちゃんのお爺ちゃんは、この図書館が出来た時からずっと、ここの本を守ってきたんだよ」
「お爺ちゃん、すごい」
 成美は、ぼそっと小声で言った。

「じゃあ、ちょっと待っててね」
 僕はそう言って、書架にある花に関する本を数冊探し出すと、ブックトラックに載せて会議室へと戻った。
「この本を2階のミーティング室に持っていきますので、そこで読んで下さい。もし良いのがあったら、貸出も夏休み期間中なら8冊まで出来ますので」
「何から何まですいません」
「いえ、僕も家田さんに同じことをしてもらいました。だから、今日はとてもうれしいです。こんな形で、家田さんに少しでも恩返しできるなら」
「ありがとうございます」

「それに、今日来てもらったのになんか運命を感じるんです」
「え……っ、どうしてですか?」
「もうあと数年で、この図書館は無くなって、新しい図書館になるんです」
「そうなんですか……。それは、残念ですね」
「ええ、僕も残念です。でも、今日こうして家田さんのお孫さんに、家田さんが大事にしてきた図書館を見てもらえて良かったです」
「ええ、成美も喜んでます。ねっ」
 母親がそう言って彼女を見ると、成美は微笑んで頷いた。
「じゃあ、2階にあるミーティング室に移動しておきますので、そちらでお読み下さい」
「はい、ありがとうございました」

 僕はこの時、しばらく行ってなかった家田さんのお墓参りに行って、この事を家田さんに報告しようと思った。
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