第24話 新しい図書館へ

文字数 2,718文字

 鳴滝町立図書館の委託業務が始まってから三ヵ月が経過していた。ライブネットが設置したカウンターの横に置かれた意見箱にも、当初はスタッフの対応が悪くなったとか冷たいといった否定的な意見が入っていたが、今はほとんど無くなっていた。

 最近は、町議会の事前準備もあって加藤館長は役場での会議が頻繁にある為、生涯学習部にもある自分の机にいる事の方が多くなっていた。その為、図書館での実務はほとんど僕に任されていたが、特に大きな問題も無く日々が過ぎていった。

 比較的のんびりした日常の中で、唯一の事と言えば、一時退院していた弓子と弓子の母親が、先日図書館に遊びに来てくれた事であった。その時、たまたま図書館にいた加藤館長の弓子への接し方が、今まで見たことが無い程優しい笑顔だったので、僕は彼のそういった一面を見て安心した気持ちになった。

 ……そして、僕自身の昼食問題は、この頃になると休憩室でライブネットのスタッフと一緒に食べてもお互いに違和感を感じなくなり、楽しいものになっていた。さらに、今月から田中さんの紙芝居が月2回図書館で定期的に行われることになったので、当たり前のように休憩室で弁当を食べている彼を見かけた時、まだ三ヵ月しか経ってないのに、すごくなつかしい感じがした。

 この日も、昼食休憩中にライブネットの園部君と話をしていた。彼は、奥さんが作ってくれた手作り弁当を持参している。
「……そういえば、こないだ薗部君が薦めてくれた、さいたま市立中央図書館に行ってきたよ」
「そうですか。浦和駅からすぐでしょ」
「うん、目の前だね。でも、あそこのパルコは知ってたけど8階にあるのは知らなかったな」
「図書館に入ってすぐの場所にある、自動で返却するカウンター見ました?」
「うん、すごいね。本の返却処理も自動だし、その後の機械で分類の区分けもしちゃうんだね。子供が、楽しそうに本を自分で入れてから見てたよ」
「あれのお陰で、面倒な返却処理と分類作業をカウンターでやる仕事が減って他の業務が出来ますから、ほんと便利ですよ」

 園部君は、僕の一つ歳下だが、早くから結婚して既に2児の父親だ。彼の趣味は各地の公共図書館を見る事で、休みの日には車で子供を連れていくらしい。5月から産休に入った島津さんの後任となり、東京の墨田区から1時間以上掛けてこの鳴滝町に通勤しているが、電車は行きも帰りも通勤ラッシュとは逆方向なので、座れるからと満足している様子だった。

 以前、吉田部長から頼まれていた議員の先生たちの図書館の視察先候補を調べている時に、ライブネット責任者の近藤さんから紹介されて話すようになり、彼の住んでいる墨田区に新しく出来たひきふね図書館に、彼の案内で見に行ってから親しくなった。そうした園部君の影響を受け、僕自身も各地の図書館を見るのが楽しくなり、京子とのデートコースにもなっていた。


 そして、梅雨も明けて暑さが厳しくなってきた7月の日曜日、僕は大学時代の友人の早川雄介の結婚披露宴に招待され、愛知県の大府市に向かっていた。
 昼過ぎに東京駅から東海道新幹線の『のぞみ』に乗り、到着した名古屋駅でJR東海の電車に乗り継いで20分ほどで大府駅に降りると、早川が駅のロータリーに車で迎えに来てくれた。

「悪いな、わざわざ迎えに来てくれて。明日の披露宴の準備大丈夫なのか?」
「男はそんなにやる事ないから大丈夫だよ」
「そうか」
「うん、そんなもんだわ」
 早川は、気楽な様子でそう言うと、車を出発させた。
「それで、図書館を見たいんだっけ? 先に荷物降ろしにホテル寄るか?」
「いや、図書館を先でいいよ。おおぶ文化交流の杜図書館だっけ、新しいんだよな?」
「新しく出来たの2年前かな、前にあった図書館はどこにあるかも知らんかったわ」
「そっか」
「俺んち、図書館の裏だからさ。今ちょうど、建ててるんだわ。後で見せたるわ」
「へえ……、新築か。ところで、お前すっかりこっちの言葉に戻ったな」
「うん、そうだな。――っていうか、もう卒業してから6年だぞ」
「そうか、早いな、もうそんなに経ったか。三河弁か……えびふりゃーだな」
「そんなん、年寄りしか言わんわ。ほら、着いたぞ」
 そう言うと、彼は図書館に隣接する立体駐車場に車を止めた。

「役所で見学許可とってあるでさ。この施設はPFIだから、運営会社に頼めば中も見せてくれる事になっとるよ」
「おう、有難うな」

 ――PFI(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)とは、公共施設の設計、建設から建設後の建物の維持管理及び運営までを民間の会社が請け負い、役所は20年、30年といった予め決めた年数をその会社に支払っていく仕組みである。

 そして、早川は図書館の案内カウンターの前に行くと、笑顔で運営会社のスタッフが近づいてきた。
「役所の早川ですけど、生涯学習部から連絡入ってるはずなんですが」
「あっ、はい、伺っております。今館長呼んできます」
「すいません」

「今お前、役所のどこにいるの?」
「産業振興部」
「そっか」
「お待たせしました。館長の柳田です」
「役所の早川です。それで彼が」
「――埼玉県の鳴滝町から来ました長谷川です」
「ああ……、それは随分遠い所から」
「ええ、すいません。今日は突然で」
「いえいえ、じゃあ、ご案内致します」

 おおぶ文化交流の杜図書館の開架エリアに入ると、まず貸出冊数日本一の大きな文字が目に入った。
「すごいですね、日本一だなんて」
「こういうのは、サービスの結果として付いてくるものなんですが、やはり我々に任せてもらっている以上、意識はしてますね」
 柳田館長は誇らしげに言った。
「なるほど……」

 それから僕は、柳田館長に案内されて、様々な施設や設備を見させてもらった。さいたま市立図書館にあったような自動返却コーナーや、予約コーナーなどの最新の設備に、閉架は、自動で本を搬送する自動化書庫になっていて、もうあの薄暗い閉架書庫に入る事は必要無くなっていた。この図書館は、僕からしたら近未来な建物のように思え、早川も普段見れないような場所も見ることが出来て、とても喜んでいた。

 翌日は、早川の結婚披露宴であったが、さすがにうわさで聞いた名古屋の結婚だけあって盛大な結婚披露宴だった。早川に後で聞いたら、レクサス1台を買える金額が掛かっているらしい。


 鳴滝町に戻ってからも、各地の図書館を自分で見に行ったり、人の話を聞いてると、新しく出来た図書館はどこも人で溢れていて、図書館の機能の他にも、その地域の重要な役割を担っている気がした。

 そして僕の考えも、今までの鳴滝町立図書館からしか見てなかった部分から、少しずつ変化し始めていた。
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