第23話

文字数 1,187文字

 数日後、春喜は梨花の事件の情報を入手していた。
 梨花のマンションのエントランスの防犯カメラに、彼女の後を追うようにマンション内に侵入する男の姿が映っていた。さらに、コンビニの防犯カメラにも、梨花が会計をすませて店を出るとき、同じ人物と思われる男が映っていた。
 警察では、この男を容疑者と断定。コンビニから彼女の後をつけ、犯行に及んだと思われた。
 しかし、男はマスクをしており、顔は、はっきりわからない。それでも、周辺の防犯カメラの映像を解析し、服装や背格好が似ている男が映っていないかを洗い出して、犯人の特定を進めていた。
 希和子に、このことを伝えるかどうか、迷った。実際、捜査情報をたとえ被害者の知り合いであっても漏らしていいはずはない。けれど、言わない方がいいと思う理由は他にあった。
 希和子にオハギがまた現れたからだ。しかも、そのとき、彼女は、梨花の傷ついた姿にショックを受けていた。
 オハギは人の嘆き、心の闇。そういうものだと知っている春喜にとって、希和子に再びオハギが現れたということは、あまり喜ばしいことではない。しかも、彼女は、ものすごく怒っている。別に暴言を吐いたり、騒ぎ立てたりするわけではない。けれども希和子の怒りは、会話の端々に伝わってきた。その静かだが深い怒りがオハギの素になっているのだとすれば、なんだか嫌な予感しかしない。
 結局、希和子には詳しいことは教えずに、捜査は進んでいるので犯人はすぐに捕まるからとだけ伝えておいた。
 しかし、事件から一ヶ月が過ぎても、犯人は捕まっていない。梨花は自宅には戻らず、希和子の家に居候しているらしい。やはり、犯人が捕まらないことには、事件現場のマンションに一人で暮らす気にはならないのだろう。少しは回復したようだが、会社には事情を説明し、休職扱いにしてもらっている。昼間は出歩くこともできるようにはなったのだが、人混みに入るとめまいがするし、背後からいきなり声をかけられると悲鳴を上げてしゃがみ込むこともあるので、危なっかしいと希和子が眉を寄せていた。
 捜査の方は、行き詰まっていた。防犯カメラの解析で、ある程度、容疑者の居住地が特定されたのだが、その地域の前科者に該当しそうな人物もいなくて、初犯で行き当たりばったりの犯行だとすれば、絞り込みに時間を要すると思われた。
 そんなある日、信夫から春喜に連絡があった。
「なあ、ハルちゃん、うちのオハギ、そっちに行ってないか」
「なんで、センパイが俺んとこに来るんだ」
「二日くらい前に、なんか、ちょっと、野暮用で出かけてくるって言ったきり、帰ってこねえんだ。なんとなく、コウハイに会いに行ったんじゃないかなと思ったんだけど」
 実は、同じ頃、春喜のオハギも姿を消している。
「パーティーに行ってくるよ」
と言い残して。
 春喜は胸騒ぎを覚えたが、どうすることもできなかった。
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