第26話

文字数 757文字

 上司と一緒に警邏中だった春喜は、思わず自転車を止めた。
「今、すごい音がしませんでしたか」
「ああ、聞こえた。あっちだな」
 二人は自転車の向きを変えた。キョロキョロと辺りを見回していると春喜の耳にチチチとかすかだが、オハギの鳴き声が聞こえた。その声のする方に視線を向けると、古びた二階建てのアパートがあった。近付くと、階段の下に男が倒れているのが見えた。血を流している。春喜たちは自転車を止め、その男に駆け寄った。
「大丈夫ですか、おい、山本、救急車」
「はい」
 救急車を呼びながら、春喜は鼻血を吹き出す男の顔を見た。そしてふと動きを止めた。
「こいつ、防犯カメラに写っていた、強盗犯に似てませんか」
 男を抱き起こしていた上司が眉を上げ、男の顔をまじまじと眺めた。
「そういや似てるかな。確か、事件現場から指紋、採取されてたよな。とにかく治療が先だが、それから照合してみるか」
 頷く春喜の耳元でコウハイオハギのささやく声が聞こえた。
「ハルちゃん、お手柄だね」
 春喜は目をしばたたかせ、階段を見上げた。そこには三匹のオハギが並んで座り、春喜に向かって手を振ると、小躍りしながら去って行った。
 救急搬送された男は、転落の怪我はたいしたことはなかったが、極度の栄養失調状態で入院した。その後、指紋の一致が確認され、男は犯行を自供した。
 男の家の家宅捜索が行われ、捜査員たちは首をかしげた。部屋中に食べ物のゴミが散乱しているのに、なぜ、あの男は一週間もの間、何も食べなかったのだ。男はうわごとのように「ネズミが、ネズミが」と言い続けるが、そんなものはどこにもいないし、アパートの住民の中でネズミを見たなんて言う者は誰もいない。捜査員たちは首をかしげるばかりだ。春喜だけは何が起こったのか察していたが、もちろん口に出すことはなかった。
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