第2話
文字数 1,807文字
中学二年生の希和子は、両親と二つ下の弟の四人家族である。両親は共働きで、今、住んでいる賃貸マンションはペット禁止。そのため、オハギのことは、誰にも知られないようにしなければならない。
オハギは、いったいどんな動物なのか、ネットで検索して調べてみたが、まったくわからなかった。写真を撮ってSNSで不特定多数の人たちに尋ねてみようと試みてみたが、いざスマホを構えると、オハギはシャッターを押す直前に、ものすごい早さで隠れてしまう。それまでの、のんびり、おっとり、鈍くさい動作からは想像もつかない俊敏さなのだ。
「写真がよほど、嫌いなのね」
仕方なく、文字で特徴だけを綴って、誰か知りませんか?と問いかけてみたが、納得できるアンサーはなかった。
だから、もう、オハギの正体はどっちでもいいことにした。匂いを嗅いでみても悪臭は一切ない、むしろ、甘い果実のような香りがほのかに漂う。鳴き声も小さく、部屋の外にもれる心配もない。このまま、ここに置いておいても問題はなさそうだ。
食べ物に関しては、オハギは何でもよく食べた。お菓子でも、夕飯の残りでも、与えてやると、いただきますをするように両手をこすりあわせ、チチっと悦びの声を上げて、もりもりと口に運んだ。ときどき動きを止めて目を細め、天を仰いでいるのは、やはり、美味しいと表現しているのだと思う。
おなかがいっぱいになると、ところ構わずコロリと横になり、すぐに寝息を立て始める。なんとも幸せそうな寝顔を見ていると、こちらまで幸せな気分になる。落ち込んだ気分が、少し楽になった。
そうして、数日がすぎた頃、風呂から上がって髪の毛をバスタオルで拭きながらリビングへ行ったとき、希和子は思わず目を見張った。
オハギがリビングのテーブルのど真ん中に尻を下ろし、足を投げ出し、おばあちゃんのように背を丸めて、テレビを観ているではないか。
そのときの状況は、母はキッチンで洗い物をしていた。弟は、自分の部屋にこもっていていなかったが、父はテーブルの前のソファに座って、タブレットを操作していた。
その父が、不意に顔を上げた。
「ふわ~」
思わず希和子が情けない声を発した。その瞬間、オハギは、カメラを向けられたときと同じように、あっという間にテーブルの下に隠れた。
「な、なんだ、希和子、今の変な声、どうした?」
「なに?希和子」
父はオハギに気づくよりも、希和子の声に驚いて振り返った。母もきょとんとした顔で希和子を見ている。どうやら、二人ともオハギに気づかなかったようだ。ほっとして、オハギの姿を探してみると、何やらパジャマのポケットに膨らみと温かみが。そうっと目線を下げてみると、オハギが丸まっているのが見えた。
「いや、ごめん、何でもない」
そのまま希和子は、あたふたと自分の部屋へ逃げていった。
オハギは食欲と好奇心が旺盛だった。それからも度々、いつのまにか部屋の外へ出て、家族たちとニアミスをした。時には、弟のポテトチップスをこっそり盗み食いしたり、母の料理をつまみ食いしたりしたが、素早く身を隠すので、その姿を他の家族に見られることはなかった。ただ、さすがにおかしな気配を感じるのか、みんながキョロキョロと辺りを見渡し、首をかしげる様子を見て、希和子はこっそり笑いをこらえていた。
オハギの不思議はそれだけではなかった。こいつは、どうも、人の言葉を理解する。いや、言葉だけではなく、人の心の動きやその場の空気を読むことができた。
父と母がちょっとした口喧嘩を始めると、悲しそうな顔をして、トボトボと部屋へ逃げ帰った。けれども、笑い声が聞こえると、みんなの様子を物陰からこっそりのぞき見て、身体をブルブルと震わせ、チチッとうれしそうに鳴いた。オハギにとって、人の幸せは自分の幸せなのかもしれない。
だから、希和子がふっと、悲しい気持ちがぶり返し、物思いにふけったときは、彼女の肩によじ登り頬を小さな手でなでながら、チチチチチと、さみしそうに鳴いた。
そんなオハギを見ていると、ますます、悲しさが増してきた。希和子の瞳に涙があふれると、オハギの黒い目も潤んでいるように見えた。
「オハギ…」
希和子はそっとオハギを両手の中に包み込み、そのふかふかとした身体を頬に寄せ、思い詰めた顔で話しかけた。
「聞いてくれる?」
オハギは「言ってみな」と答えるように、チチチと優しく鳴いて、深く頷いた。
オハギは、いったいどんな動物なのか、ネットで検索して調べてみたが、まったくわからなかった。写真を撮ってSNSで不特定多数の人たちに尋ねてみようと試みてみたが、いざスマホを構えると、オハギはシャッターを押す直前に、ものすごい早さで隠れてしまう。それまでの、のんびり、おっとり、鈍くさい動作からは想像もつかない俊敏さなのだ。
「写真がよほど、嫌いなのね」
仕方なく、文字で特徴だけを綴って、誰か知りませんか?と問いかけてみたが、納得できるアンサーはなかった。
だから、もう、オハギの正体はどっちでもいいことにした。匂いを嗅いでみても悪臭は一切ない、むしろ、甘い果実のような香りがほのかに漂う。鳴き声も小さく、部屋の外にもれる心配もない。このまま、ここに置いておいても問題はなさそうだ。
食べ物に関しては、オハギは何でもよく食べた。お菓子でも、夕飯の残りでも、与えてやると、いただきますをするように両手をこすりあわせ、チチっと悦びの声を上げて、もりもりと口に運んだ。ときどき動きを止めて目を細め、天を仰いでいるのは、やはり、美味しいと表現しているのだと思う。
おなかがいっぱいになると、ところ構わずコロリと横になり、すぐに寝息を立て始める。なんとも幸せそうな寝顔を見ていると、こちらまで幸せな気分になる。落ち込んだ気分が、少し楽になった。
そうして、数日がすぎた頃、風呂から上がって髪の毛をバスタオルで拭きながらリビングへ行ったとき、希和子は思わず目を見張った。
オハギがリビングのテーブルのど真ん中に尻を下ろし、足を投げ出し、おばあちゃんのように背を丸めて、テレビを観ているではないか。
そのときの状況は、母はキッチンで洗い物をしていた。弟は、自分の部屋にこもっていていなかったが、父はテーブルの前のソファに座って、タブレットを操作していた。
その父が、不意に顔を上げた。
「ふわ~」
思わず希和子が情けない声を発した。その瞬間、オハギは、カメラを向けられたときと同じように、あっという間にテーブルの下に隠れた。
「な、なんだ、希和子、今の変な声、どうした?」
「なに?希和子」
父はオハギに気づくよりも、希和子の声に驚いて振り返った。母もきょとんとした顔で希和子を見ている。どうやら、二人ともオハギに気づかなかったようだ。ほっとして、オハギの姿を探してみると、何やらパジャマのポケットに膨らみと温かみが。そうっと目線を下げてみると、オハギが丸まっているのが見えた。
「いや、ごめん、何でもない」
そのまま希和子は、あたふたと自分の部屋へ逃げていった。
オハギは食欲と好奇心が旺盛だった。それからも度々、いつのまにか部屋の外へ出て、家族たちとニアミスをした。時には、弟のポテトチップスをこっそり盗み食いしたり、母の料理をつまみ食いしたりしたが、素早く身を隠すので、その姿を他の家族に見られることはなかった。ただ、さすがにおかしな気配を感じるのか、みんながキョロキョロと辺りを見渡し、首をかしげる様子を見て、希和子はこっそり笑いをこらえていた。
オハギの不思議はそれだけではなかった。こいつは、どうも、人の言葉を理解する。いや、言葉だけではなく、人の心の動きやその場の空気を読むことができた。
父と母がちょっとした口喧嘩を始めると、悲しそうな顔をして、トボトボと部屋へ逃げ帰った。けれども、笑い声が聞こえると、みんなの様子を物陰からこっそりのぞき見て、身体をブルブルと震わせ、チチッとうれしそうに鳴いた。オハギにとって、人の幸せは自分の幸せなのかもしれない。
だから、希和子がふっと、悲しい気持ちがぶり返し、物思いにふけったときは、彼女の肩によじ登り頬を小さな手でなでながら、チチチチチと、さみしそうに鳴いた。
そんなオハギを見ていると、ますます、悲しさが増してきた。希和子の瞳に涙があふれると、オハギの黒い目も潤んでいるように見えた。
「オハギ…」
希和子はそっとオハギを両手の中に包み込み、そのふかふかとした身体を頬に寄せ、思い詰めた顔で話しかけた。
「聞いてくれる?」
オハギは「言ってみな」と答えるように、チチチと優しく鳴いて、深く頷いた。