第25話

文字数 1,155文字

 翌日は無断欠勤だったので、同僚から電話があった。「ネズミに食料を奪われて動けない」と訴えたが「熱でもあるのか。医者行って、しばらく休め」とだけ言われた。誰も信じてくれないし、心配してもくれなかった。
 家にあったインスタントラーメンやレトルト、冷凍食品、ふりかけに至るまで、男が見つけて口にしようとすると、オハギたちが群がり、あっという間に食べ尽くした。
 来る日も来る日も、食べ物を口にすることができなかった。だんだん体力が失われ、食料を仕入れることができなくなると、オハギたちは冷蔵庫を開け、中にあるマヨネーズやケチャップをチューチューと吸い出した。男はただ、その様子をぼんやりと眺めていた。  
 さすがに水道水を飲み尽くすことは出来ないようで、男は一週間を水だけでしのいだ。空腹と恐怖と絶望で、どんどん衰弱していった。
 このまま、飢え死にさせるつもりなのか…
 うつろな目で部屋の中を見渡した。部屋中に食べ散らかしたゴミが散乱していた。食べられるものはもう何もなかった。
 横たわった男の目の前に、三匹のオハギが並んで、じっと見据えた。そして、しゃべりだした。幼い子供の声だった。
「もう、食べるもの、ないよ」
「そうだね、どうしようか」
「まだ、あるよ、ほら、目の前に」
「こんなの食べたら、お腹こわさないかな」
「まずそうだもんね」
「でも、ちょっとかじってみてもいいかな」
「センパイはゲテモノ食いだね」
 三匹はキャキャキャと手を叩いて笑った。その無邪気な笑い声が何より恐ろしかった。ひとしきり笑い転げた後、三匹のオハギはじりじりと男に近付いてきた。
「わ、わ、わ、まさか、お前ら、俺を食うのか」
 三匹はニタリと笑った。そして男の顔に飛びかかった。
「ぎゃー」
 男は飛び起きた。鼻と両方の耳に噛みついたオハギを夢中で振り払い、床を這って玄関までたどり着いた。扉を開け、廊下に出た。恐る恐る振り返ると、オハギたちがピョンピョンと跳びはねながら追いかけてくる。
「お、お、おい、待て、なんでこんなことするんだ」
 男の必死の問いかけに、オハギたちは首を捻る。
「なんでだって」
「まだ、わかってないのかな」
「悪いことしたのに、図々しいね」
 オハギたちの会話を聞きながら、男は思い当たった。ほんの、遊びのつもりでしたことを。金と女、両方を手に入れる遊び。次はもっとうまくいくかもしれない、そろそろ次の獲物を探そうと思っていたことを。
「わ、悪かった、俺が悪かった、助けてくれ」
 男は這ったまま、飛びかかってくるオハギたちを払いのけ、必死で逃げた。そして、そのまま、階段から転げ落ちた。
 ガタガタガタという大きな物音と男の叫び声が入り交じって、辺りに響き渡った。階段の下まで落ちて、顔面から血を流す男の姿を、オハギたちは満足げに眺めていた。
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