第16話

文字数 2,482文字

 翌日から、アキラは以前にも増して、リハビリに専念しだし、見舞いに来た千夏を喜ばせた。あまりにもうれしかったようで、千夏はすぐに信夫に報告し、その信夫が春喜にメッセージを送ると、春喜は学校を早退して、信夫の軽トラに乗り、病院へ駆けつけた。
 病院へ到着したのは昼下がり、午後のリハビリが終わり、夕食までの間、診察や検査などがない患者たちは、テレビを観たり、自主リハビリに励んだりしている時間帯である。
 千夏は洗濯を済ませてすでに帰宅しており、病室をのぞいてみると、ベッドはもぬけの殻である。春喜と信夫が首をかしげていると、通りかかった看護師が、アキラはサンルームで同室の遠山利三郎としゃべっていると教えてくれた。
「伯父さん、隣のベッドの人のこと、愚痴ってたけど、仲良くなったのか」
「案外、そのじいさんに説教でもされて、リハビリ再開したんじゃねえか。アキラの奴、そういうとこは素直だからな」
 二人はうれしそうに話しながら、看護師に教えられたアキラの居場所へ向かった。
 ガラス張りの明るい広間になっているサンルームの窓際に、車椅子が窓に向かって二つ並んでいた。ひとつはアキラ、もう一つは、ひょろりと痩せて、薄い白髪頭の老人である。
「伯父さん、リハビリ、再開したって、えらいじゃん」
 春喜が二人に近付きながら話しかけると、アキラが車椅子を回転させて振り返った。隣の老人もゆっくりそれに続く。
「なんだ、ハルちゃん、今日、平日だぞ、学校、さぼってんじゃねえよ」
「なんだよ、せっかく来てやったのに、その言い方は…」
 言い返した春喜の言葉が途中で止まった。視線はアキラではなく、老人の膝の上で固まっている。信夫も春喜の視線を追って、目をぱちくりさせた。
 老人、利三郎の膝の上に、ちょこんと、小豆色の生き物、オハギである。
 春喜と信夫は思わず、同時に自分のポケットをなでた。中からぴょこりとそれぞれのオハギが顔を出した。それを見たアキラは、あからさまに驚いた。
「な、な、な、なんだ、お前ら。ハルだけじゃなくて、ノブもなのか」
 ガハハと老人はさも楽しそうに笑い、二人に手招きをした。
「こんな状況は、ワシも初めてじゃ。ほれ、そこにある椅子をこっちへ持ってきて、一緒に話そう。こんな愉快なことになるとは、長生きするもんじゃの」
 春喜と信夫は顔を見合わせ、言われるがままパイプ椅子を手に、アキラと老人を間に挟んで座った。
 改めて、老人の膝の上に目を向ける。このオハギは、春喜たちのそれより、身体は一回り小さいが、目はぱっちりと大きかった。その大きな丸い目をじっと春喜に向けると、チチとうれしそうに一声鳴いた。
「ハルちゃんだね、こんにちは。そっちはノブさん」
 戸惑う春喜のポケットからコウハイが這い出てきて、春喜の膝の上に乗り、ペコリと頭を下げた。センパイも同様に、信夫の膝の上に乗っている。
 春喜はコクリと首を動かすと、身をかがめて、老人のオハギに語りかけた。
「こんにちは。えっと、お前、この、じいちゃんのオハギ、なんだよな。とりあえず、俺のオハギはコウハイで、こっちのノブさんのオハギはセンパイって呼んでるんだ。ややこしいから。お前、何か、オハギ以外の呼び名、あるか」
 老人のオハギは左右に首を振った。
「じゃあ、え~と、そうだな」
 春喜は首を傾けて視線を上に向けて考え、それから老人の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「長老、お前のことチョウロウって呼んでもいいか」
 老人のオハギは二度瞬きをして「いいよ」と答えた。その様子を眺めていた利三郎は、カカカと笑い頷いた。
「確かに、三匹が勢揃いして、みんなオハギでは、話がこんがらかるからの」
 利三郎がチョウロウの頭をなでると、鼻をひくつかせチチチと鳴いた。
 まだ、状況を把握しきれていないアキラは、怪訝な顔で口を開いた。
「なあ、ハルちゃん、その、オハギ、コウハイか、そいつはいつから、いるんだ」
「こっち来て、しばらくしてから。いきなり、引き出しの中から出てきた。最初は、田舎だし、不思議な生き物がいるもんだと、思ったけど」
「ノブは、いつからだ」
「俺は、小四のときだ。ほら、俺が居残りで掃除させられてたとき、お前らが手伝ってくれただろ」
 アキラは目をしばたたかせて、首をかしげた。
「なんだ、それ、そんなことあったか」
「覚えてないのか」
 アキラは腕を組み、しきりに首を捻り考えているが、思い出す気配はない。
「ま、いいけどよ、とにかく、小四のとき、突然、話しかけられた。それから、自衛隊行くまでいて、俺が正式に自衛官になってしばらくしたらいなくなったんだけどよ、最近、ハルちゃんと出会ってから、また帰ってきた」
 アキラは話を聞いて、利三郎に視線を向けた。
「なあ、じいさん、疑ってたわけじゃねえが、あんたの話は本当なんだな。ハルは、親のことでずいぶん苦労してきやがった。ノブも、ガキの頃は、今からは想像できねえくらい、意気地なしだった。二人とも、オハギってやつが現れてから、変わってきたかもしれねえ」
 利三郎は目を閉じ、ふむふむと頷く。
 春喜は「あっ」と声を上げ、身を乗り出した。膝の上のコウハイオハギがバランスを崩して転げそうになり、慌てて、手で押さえながら問いかけた。
「ちょっと、じいちゃんの話って何?もしかして、じいちゃん、オハギが何者か知ってんのか」
「なんだ、ハル、お前、そいつが何者なのか、知らないのか」
 利三郎の代わりにアキラが答える。春喜はもどかしそうに、伯父を見て、口を尖らせた。
「ネットで検索したりして調べたけど、ぜんぜん、ヒットしないんだ。わかってるのは、何でもよく食べるってことと、しゃべる奴はよくしゃべるってことくらいだ」
 アキラと利三郎が顔を見合わせ笑った。
「なあ、じいさん、もっぺん、さっきの話、こいつらにもしてやってくれよ」
「かまわんよ。こんなジジイの昔話じゃが、よいかな」
 老人のもったいぶった言い回しに、春喜と信夫はせわしなく頷いた。三匹のオハギが、声を揃えて、チチチチチと歌うように鳴き、利三郎は遠い目をして語り出した。
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