第11話

文字数 1,391文字

 アキラは、晴れ渡る空の下、柱や梁の骨組みが組み上がった二階建て家屋を眩しそうに仰ぎ見た。
 供え物を並べた祭壇が組まれ、棟梁であるアキラが幣束を立て破魔矢を飾り、酒、塩、米でお清めをする。上棟式はつつがなく進行した。
 施主の老夫婦が朗らかな笑顔でアキラに会釈する。結婚が決まった息子のための新築の家。しかも、近頃ではケチりがちな上棟式まできっちりやるなんて、たいしたもんだ。
 老夫婦の横に立つ二十代後半の息子は、アキラが苦手なIT関連の仕事をしているらしく、近頃は在宅勤務が多いとやらで、新しい家は職場でもあるなどと言っていた。嫁さんになる彼女と、うれしそうに話をしている。四十半ばのアキラにとっては、この若夫婦より、施主の老夫婦の方が感覚が近いかもしれない。自分も子供がいたなら、こんな風に、家を建ててやったのだろうかと、感慨深く思う。
 近所への餅まきもすませ、上棟式を無事終えた骨組みの家の前で、老夫婦と若夫婦が並んで記念撮影をしている。そして、アキラに手招きをして、一緒にと、笑いかける。
 写真は苦手だが、こんな晴れやかな日だ、ちゃんと笑顔で並ばせてもらおう。施主が、他の工事関係者や不動産屋の営業も集合してほしいという。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいやす」
 そう言ったつもりなのに、発した言葉は「ひゃあ、ひょひょひょひょひょ」となっている。みんなアキラお得意の冗談かと思ったようだが、彼にそんなつもりは一切ない。何度も、何度も、言い直そうとするのだが、やはりちゃんと言葉がでない。焦ったアキラはみんなのもとへ近づこうとしたが、足がうまく動かなくて前に進めない。腕を振り上げようとするのに、うまく動かない。なんだか吐き気もする。冷や汗も出てきた。身動きができないことに恐怖を覚えて、思わず叫んだ。
「うぉあ~」
 自分の叫び声で目が覚めた。ああ、夢だったとほっとしたのもつかの間、視線の先には見慣れない白い天井。一瞬、ここがどこだかわからない。身体を起こそうとするが起きられない。手も足も、思うように動かない。
 アキラはパニック状態に陥り「うお~、うお~」と手負いの獣のように叫び声を上げながらもがいた。周囲の何かがガタンと音をたて、ベッドの柵に倒れ、そこから伸びるチューブが自分の腕や鼻に繋がっていることに気付いた。状況が理解できずに、さらに叫び、もがいていると、バタバタと複数の足音が近づいてきた。
「山本さ~ん、落ち着いて、大丈夫ですよ~」
 白衣を着た小太りの女が、アキラの身体を押さえながら、顔をのぞき込む。白衣の連中が続々と駆けつけ、せん妄がどうの、鎮静剤がどうのと言い合い、押さえつけられた腕に何やらブスリと注射された。薄れゆく意識の中で、かろうじて思い出した。
 そうだ、俺は、あの棟上げの直後、ぶっ倒れたんだ…。
 アキラは脳梗塞で倒れ、救急搬送された。詰まった箇所は脳の中心部、脳幹といわれるところで、非常に危険な状態だった。
 搬送されたときは、かろうじて意識があった。医師によると、それが幸運だったという。詰まった場所によっては自発呼吸ができなり、命をおとすこともある。そうなる前に、すぐに処置が施され、一命をとりとめた。
 しかし、手足、特に身体の右側が麻痺して思うように動かすことができず、さらに、ろれつがまわらず、うまく言葉を発することができなくなっていた。
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