第45話 超人

文字数 1,191文字

「森さん、あらためまして、お相手つかまつります」

「……」

 森花炉之介(もり かろのすけ)は気圧された。

 覚醒した姫神壱騎(ひめがみ いっき)が背負う、あふれんばかりの闘気に。

 姫神龍聖(ひめがみ りゅうせい)、剣聖と呼ばれた彼の父が、まるで乗り移りでもしたかのようだ。

「秘剣・枕返(まくらがえ)し」

 少年剣士が長刀を垂直にかまえる。

 全盲の剣客は思った。

 何を考えている?

 姫神流・枕返しは、一種の視覚的な催眠効果によって相手を幻惑する技のはず。

 目の見えない敵に通じるはずがない。

 実際に十数年前、わたしは龍聖氏が放ったかの絶技を破っている。

 乱心したか、姫神壱騎……!?

「ぐ……」

 なんだ?

 頭が、痛い……

「ぐ、が……!」

 脳天をつんざくかのような激痛だ。

 なんだ?

 いったいなんなのだ、これは……!?

自励振動 (じれいしんどう)

「なんだって、ウツロ?」

「ある振動が、周囲の振動を巻きこむように増幅するという自然現象さ。たとえば風もないのに、煙突がゆらゆらと揺れているときなど、それが起こっているらしい。壱騎さんの場合、秘剣・枕返しによって特殊な周期や波長をもつ振動を生み出し、森の神経系を大気を媒介として揺さぶっているんだろう。名状しがたい絶技、いまあの人は、みずからの技をみずからの手によって進化させたんだ……!」

「バケモノかよ……」

 ウツロと南柾樹(みなみ まさき)は生唾をのみこんだ。

「頭が、割れる……!」

 森花炉之介は耐え切れず、仕込み杖を地面へと落とした。

「すきありぃ――っ!」

「くっ!」

 あわてて腰の刀を抜く。

 すんでのところで長刀の袈裟斬りを受け止めた。

「ふう、壱騎さん、わたしはあなたをみくびっていたようだ。たかだかこれだけの時間で、これほどの成長を見せられるとは」

「あなたのおかげです、森さん。あなたが枕返しを破っていてくれたからこそ、さらなるアップグレードがかなったのです」

 物見の一同は震えた。

 姫神壱騎、なんというすばらしいもののふであることか。

 人間の手でこんなことが可能なものなのか……

「こんな孝行はないぞ、龍聖?」

 剣神・三千院静香(さんぜんいん しずか)ですら、手に汗を握った。

「参ります、森さん――!」

「なっ……」

 相手がどの位置にいるのかがわかる、刀がどの方向から攻撃してくるのかもわかる、いつもと同じだ。

 しかし、これは……

「ぐっ――!」

 速い、速すぎる……!

 動きを完全に捉えているはずなのに、肝心のわたし自身がまるで追いつかない。

 あの鏡月(きょうげつ)ですら、こんな剣戟を放つことは不可能だ。

 鏡月……

 あいつか?

 おまえの息子が、この姫神壱騎にも何かをしたのか……?

 ウツロ……!

「どうしました、森さん!? そこまでですか!?」

「くっ……」

 使いたくはなかった、しかし、使うしかあるまい、あれを……

 森花炉之介はやにわに納刀した。

「臆したのですか、森さん!?」

 姫神壱騎が剣を手にとびかかる。

「秘剣・無明(むみょう)太刀(たち)――」

「――っ!?」

 少年剣士の腕から、噴水のように鮮血が上がった。
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