第13話 御前試合
文字数 1,828文字
「森花炉之介 、父の仇……!」
「姫神さん――!」
とびかかろうとした姫神壱騎 を察し、ウツロは手首をつかんでその動きを制した。
「なんでえ、また知り合いか?」
真田夫婦はキョトンとしている。
「ここではご迷惑になります。場所を変えて話したほうがよいでしょう」
森花炉之介はそう提案した。
*
「ここなら人気はない」
森花炉之介を先導にして、姫神壱騎とウツロは近くの森林公園の奥へと移動した。
真田姉弟には食堂で待機しているよう促しておいた。
「さて、姫神さん、お久しぶり――」
言い終えないうちに、盲目の中年男性の顔面に鉄拳がぶち込まれた。
「がはっ……」
森花炉之介は杖を落として地面へ転がった。
「なぜよけない?」
姫神壱騎は怒りの表情で彼を見下ろしている。
ウツロはもう少し状況を見守ることにした。
「よける意味がないからですよ。わたしはそれだけのことをした。みずからの欲に負け、あなたの父君を手にかけてしまったのです」
「で?」
「このとおりです、姫神さん」
「……」
森花炉之介は地面に両手をつき、深々と頭を下げた。
「狡猾ですね、森さん。どうせ腹の中でせせら笑っているのでしょう?」
「そう思われてもしかたがありません。そして、許してくれなどとは申し上げません。どうかこの場で、このわたしを手打ちにしてください」
「殊勝な心がけですね」
姫神壱騎は剣を抜いた。
こんなこともあろうかと、木刀に擬態させた真剣を包みに入れて所持していたのだ。
「姫神さん、なりません!」
ウツロはたまらず静止を試みる。
「なに、ウツロ? 止める気なの?」
「いまは戦国の世ではない。そんなことをすればどうなるか、わからないはずがないでしょう?」
「だから? こいつのせいで俺の人生はめちゃくちゃなんだ。わざわざ打たれてくれるって言ってるのに、黙ってろっていうの?」
魔道に落ちかけている。
ウツロの脳裏にはかつての自分や父・似嵐鏡月 、あるいは万城目日和 のことがよぎった。
「なりません、なりません……!」
「さあ、姫神さん、お早く」
ウツロは焦ったが、止められそうな雰囲気ではない。
森花炉之介は平にひざをついている。
「森花炉之介、覚悟……!」
姫神壱騎は垂直にかまえた刀をそのまま振り下ろした。
ウツロを思わず目を背けてしまった。
「……」
止まっていた、頭のすぐ上で。
少年剣士の体は震えている。
「ウツロ、俺が魔道に落ちている。そう思ったでしょ?」
「姫神さん……」
「こいつを殺したって、父さんは帰ってこないんだ……!」
唇をかみしめ、涙を流している。
その色はいまにも、血の色に変わりそうだ。
「よろしいのですか、それで?」
森花炉之介は顔を上げた。
彼には目視不可能だが、圧倒的な熱量が上方から伝わってくる。
「御前試合」
「?」
「一週間後、朽木市 斑曲輪区 人首山 、そこで御前試合をとりおこないたく思います」
「と、申しますと?」
「京都からはるばる、父・姫神龍聖 の盟友である剣神・三千院静香 さまがお見えになります。そこで決着をつけさせていただきたい」
「……」
姫神壱騎はこのように申し立てた。
森花炉之介はあごに手を当てる。
「なるほど、天下の静香さまであれば、見届け人としての資格はじゅうぶんすぎる。了解いたしました、姫神さん。この森花炉之介、必ずや馳せ参じるとお誓いしましょう」
彼は杖を探って手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
「しかし姫神さん、静香さまほどの方の御前での試合ともなれば、わたしもやすやすと切り捨てられるわけにもいきませんが?」
「もとよりそれが望みです。古臭いと思われるかもしれませんが、俺には俺の信念がある」
「確かに、クラシックですね。しかし、いまの時代においては見上げたもののふの精神。畏敬の念を禁じえません」
「では、当日。時刻は正午にて」
「かしこまってございます」
このように時代劇のようなやり取りが交わされた。
ウツロは神妙な面持ちをしている。
「姫神さん……」
「ウツロ、とりあえず、行こう……」
戦士はあいかわらず震えていた。
怒り、悲しみ、それだけではない。
さまざまな感情がジャムのようにごちゃ混ぜになっている。
それを察したウツロは、いまはそっとしておくのがよいと判断した。
うしろのほうで森花炉之介が、深く頭を下げている。
生まれる時代を間違えたような三名。
仇討ちのときは、一週間後に迫った。
いっぽうことの一部始終を、森の陰にひそんだ数匹の「妖精」たちがながめていた――
「姫神さん――!」
とびかかろうとした
「なんでえ、また知り合いか?」
真田夫婦はキョトンとしている。
「ここではご迷惑になります。場所を変えて話したほうがよいでしょう」
森花炉之介はそう提案した。
*
「ここなら人気はない」
森花炉之介を先導にして、姫神壱騎とウツロは近くの森林公園の奥へと移動した。
真田姉弟には食堂で待機しているよう促しておいた。
「さて、姫神さん、お久しぶり――」
言い終えないうちに、盲目の中年男性の顔面に鉄拳がぶち込まれた。
「がはっ……」
森花炉之介は杖を落として地面へ転がった。
「なぜよけない?」
姫神壱騎は怒りの表情で彼を見下ろしている。
ウツロはもう少し状況を見守ることにした。
「よける意味がないからですよ。わたしはそれだけのことをした。みずからの欲に負け、あなたの父君を手にかけてしまったのです」
「で?」
「このとおりです、姫神さん」
「……」
森花炉之介は地面に両手をつき、深々と頭を下げた。
「狡猾ですね、森さん。どうせ腹の中でせせら笑っているのでしょう?」
「そう思われてもしかたがありません。そして、許してくれなどとは申し上げません。どうかこの場で、このわたしを手打ちにしてください」
「殊勝な心がけですね」
姫神壱騎は剣を抜いた。
こんなこともあろうかと、木刀に擬態させた真剣を包みに入れて所持していたのだ。
「姫神さん、なりません!」
ウツロはたまらず静止を試みる。
「なに、ウツロ? 止める気なの?」
「いまは戦国の世ではない。そんなことをすればどうなるか、わからないはずがないでしょう?」
「だから? こいつのせいで俺の人生はめちゃくちゃなんだ。わざわざ打たれてくれるって言ってるのに、黙ってろっていうの?」
魔道に落ちかけている。
ウツロの脳裏にはかつての自分や父・
「なりません、なりません……!」
「さあ、姫神さん、お早く」
ウツロは焦ったが、止められそうな雰囲気ではない。
森花炉之介は平にひざをついている。
「森花炉之介、覚悟……!」
姫神壱騎は垂直にかまえた刀をそのまま振り下ろした。
ウツロを思わず目を背けてしまった。
「……」
止まっていた、頭のすぐ上で。
少年剣士の体は震えている。
「ウツロ、俺が魔道に落ちている。そう思ったでしょ?」
「姫神さん……」
「こいつを殺したって、父さんは帰ってこないんだ……!」
唇をかみしめ、涙を流している。
その色はいまにも、血の色に変わりそうだ。
「よろしいのですか、それで?」
森花炉之介は顔を上げた。
彼には目視不可能だが、圧倒的な熱量が上方から伝わってくる。
「御前試合」
「?」
「一週間後、
「と、申しますと?」
「京都からはるばる、父・
「……」
姫神壱騎はこのように申し立てた。
森花炉之介はあごに手を当てる。
「なるほど、天下の静香さまであれば、見届け人としての資格はじゅうぶんすぎる。了解いたしました、姫神さん。この森花炉之介、必ずや馳せ参じるとお誓いしましょう」
彼は杖を探って手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
「しかし姫神さん、静香さまほどの方の御前での試合ともなれば、わたしもやすやすと切り捨てられるわけにもいきませんが?」
「もとよりそれが望みです。古臭いと思われるかもしれませんが、俺には俺の信念がある」
「確かに、クラシックですね。しかし、いまの時代においては見上げたもののふの精神。畏敬の念を禁じえません」
「では、当日。時刻は正午にて」
「かしこまってございます」
このように時代劇のようなやり取りが交わされた。
ウツロは神妙な面持ちをしている。
「姫神さん……」
「ウツロ、とりあえず、行こう……」
戦士はあいかわらず震えていた。
怒り、悲しみ、それだけではない。
さまざまな感情がジャムのようにごちゃ混ぜになっている。
それを察したウツロは、いまはそっとしておくのがよいと判断した。
うしろのほうで森花炉之介が、深く頭を下げている。
生まれる時代を間違えたような三名。
仇討ちのときは、一週間後に迫った。
いっぽうことの一部始終を、森の陰にひそんだ数匹の「妖精」たちがながめていた――