第39話 人首山のつどい

文字数 2,028文字

 翌日、朽木市(くちきし)の北西・斑曲輪区(ぶちくるわく)の北に位置する人首山(しとかべやま)

 その中腹にある鎮守の森では、御前試合の準備が着々と開始されていた。

鬼熊童子(おにくまどうじ)?」

「ええ、かつてこの山に住み、当時打鞍(うちくら)と呼ばれいた村の民をおそれさせた妖怪の名です。幼子の姿をしてはいるものの、怪力無双で邪悪な風を操る、それはそれはおそるべきあやかしだったのだとか。村の子どもをかどわかしては食らっていたそうですよ?」

 百鬼院霊光(ひゃっきいん れいこう)三千院静香(さんぜんいん しずか)が代わるがわる話している。

 あたりには三千院家を守護する手練れの御庭番衆が30名ほど控えていた。

 今回、主のガードをするため、えりにえりすぐられた者たちだった。

「さすれば、どこぞやでこちらの様子をうかがっているのかもしれませんな、その、鬼熊童子が」

「ふふ、霊光さん、おっしゃいますね。聞けば、みずから天下無敵を名乗っていたのだとか。ぜひとも立ち会ってみたいものです」

「はは、それでこそ静香さまかと。剣神の二つ名に錆などつかずでございますな」

「いえ、彼らを見ているとね、年がいもなく、たぎってくるのですよ」

「ふむ、実は、わたくしめも」

 森の奥から木の陰をぬうようにして、浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)浅倉卑弥呼(あさくら ひみこ)の兄妹がこちらへやってくる。

「静香さま、元帥閣下殿のお出ましですよ?」

「やはり来ましたか、龍影会(りゅうえいかい)

 浅倉兄妹はそそくさと、申し訳ないというしぐさで近づいてきた。

「静香さま~、ごきげんうるわしゅう」

「お久しぶりですね、鹿角元帥(ろっかくげんすい)閣下、そして主税頭(ちからのかみ)殿」

「菓子折りなど用意させていただきましたので、よろしければ」

 浅倉卑弥呼はさりげなく大きめの包みを差し出す。

「本日はどのようなご趣向でしょうか?」

 百鬼院霊光が探りを入れにかかった。

「趣向などと。静香さまがわざわざ京から下っていらっしゃるということで、総帥閣下からあいさつを仰せつかっただけでございますよ~」

「そうですか、ご苦労なことですね。ところで――」

 三千院静香は顔を返して、鋭い眼光を送る。

「あなたがおいでになったということは元帥、刀隠影司(とがくし えいじ)総帥ご自身も、足を運ぶ算段になっているということでしょうか?」

「さあ、それは……わたくしめごときに、総帥のお心をおしはかることなどかないませんので。静香さま、なにとぞ平にご容赦くださいますれば」

「そうですか……」

 しらじらしい。

 三千院静香と百鬼院霊光は、同様にそう思った。

 これにも龍影会のおそるべき策略がひそんでいるに違いない。

 決して油断してはならないと、二人はツーカーで示し合わせた。

「では、われわれはすみっこのほうで見学させてもらいますので」

「ここにいらっしゃればよろしいのでは? 天下の元帥ほどのお方が」

「いやいや、わたしなど静香さまの視界に入るのもおそれおおいことですので」

「はあ……」

 こうして浅倉兄妹は、本当に会場のすみっこのほうにはけていった。

「つくづく食えない御仁ですね」

「ああやって組織な中でのしあがってきたのでしょう。気にしないことです、霊光さん。人それぞれですよ。われわれには理解しがたい世界ではありますが」

「左様かと」

   *

「ふん、すかしやがって、偉そうに。何が剣神なんだか。閣下の秘拳を食らって、もう長くもないくせに」

「まあまあ卑弥呼、ああいうやんごとなきお方のことは、俺らみたいな平民にはわからんもんさ。いまに閣下がお見えになって、今度こそとどめを刺されるかもよ?」

「そうなったら見ものだわね、ちししっ!」

「あのイケオジの肉が爆ぜるのはさぞ眼福だろうな、きっひゃ~っ!」

 浅倉喜代蔵は襟に仕込んだ高性能マイクに話しかける。

「雛多くん、幽くん、どうだい? あいつらの気配はするかね?」

「近くにはいません、が……かすかにですが、あのウサギ少年のアルトラのパワーを感じます。動きがあればすぐにお知らせします」

「兄さん、油断はならないわよ? あのうすぎたない魔女のこと、この場にいるものをまとめて狙っているに違いないんだわ」

「ああ、卑弥呼。返り討ちにする準備は怠るなよ? いざってときはおまえのサーペンス・アルバムにも活躍してもらうぜ?」

「ふふ、なんだかたぎってくるわねえ」

「閣下がどのタイミングでおでましになるのかはわからんが、いざってときには、な?」

「そうなってくれるのが一番楽なんだけれどねえ」

「悟られるなよ? 少なくともな」

「ちしっ、ちししっ……!」

「ひひっ、きひひひ……!」

 浅倉喜代蔵の考えそうなことである。

 あわよくば総帥を亡き者にし、自分がその後釜に座るという魂胆なのだ。

 会場のすみっこのほうで、この兄妹はおそるべき青写真にほくそえんでいた。

   *

「ぎひひ、ディオティマさま、モルモットが、あんなにたくさん」

「ふふふ、まだですよバニーハート? わたしが合図を出すまで待つのです。決してタイミングを間違えてはなりません」

「ぎひ、こころえ、ました」

 このようにして、御前試合とは無関係なところで、それぞれの思惑はうごめいているのであった。
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