第14話 掟

文字数 1,831文字

(もり)の言うとおり、クラシックな男ですね」

姫神(ひめがみ)くん、まだ若いのにね」

 黒い部屋。

 総帥・刀隠影司(とがくし えいじ)を筆頭に、元帥・浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)、右丞相・蛮頭寺善継(ばんとうじ よしつぐ)、そして征夷大将軍・鬼堂龍門(きどう りゅうもん)とその実弟・鬼堂沙門(きどう しゃもん)が控えている。

「ふむ、静香が来るということであれば、わたしも顔を出さないわけにはいくまいな」

「は、閣下。そちらのてはずも整えております。あとはディオティマらがどう動くかですな」

 刀隠影司の提案に浅倉喜代蔵が応じた。

「目下、羽柴(はしば)くんと鷹守(たかもり)くんが遊び相手をしているようだね」

「ふふ、泳がせておいては何をしでかすかわからない相手ですからな」

「さすがは元帥である。心得ておるな、鹿角(ろっかく)よ」

 ディオティマへの「意趣返し」の意図が示唆される。

「少なからずダメージを与えることに成功すれば、あとあとこちらにも有利に働くかと」

「狡猾だのう。そうやって、わたしの椅子も狙っているのかね?」

「め、めっそうもない! 何を申されますか! わたしくめはただ、総帥閣下のおんためならばと……」

「よいよい、わかっておる。ただの酔狂だ」

「はは……」

 腹の中を探られ、元帥も気が気ではない。

 次いで、鬼堂龍門が口を開いた。

「ときに閣下、万城目日和(まきめ ひより)の処遇についてですが……」

「ふむ、君の好きにしなさい。組織の情報を必要以上に得ているというのは、確かなようであるしな。ただ、死体はしっかり回収しておきたまえ。百色(ひゃくしき)くんが実験に使いたいそうなのだ」

「はは、左丞相が。心得ました、では、このたびはこれにて」

 「用」を済ませた彼は、弟と連れ立って恭しく部屋をあとにした。

「ふん、いったい何を考えているんだか。閣下、あの兄弟、油断はなりませんぞ?」

「わかっているよ、鹿角。ちゃんと監視はしているから、そこは安心したまえ」

「は……」

 浅倉喜代蔵は警告したが、刀隠影司のほうはといえば、意に介しているようには見えない。

 最後に蛮頭寺善継が話しかけた。

「閣下、わたくしめも違うアプローチで、ウツロらに接触したく思う所存です」

「ほう、蛮頭寺くん、どういう風の吹き回しかね?」

「さくら(かん)のリーダー、特生対第二課朽木支部長である龍崎湊(りゅうざき みなと)という弁護士の父親は、わたしがかつて海に沈めた男でございまして。その奇縁もありますからな」

「ふむ、そういえば確かに。昔のことであるが、組織に肉薄しようとして君が始末した男・龍崎港一郎(りゅうざき こういちろう)の娘であったな」

「は。あのもみ消しには、当時警察庁の副長官であった鬼鷺(きさぎ)大警視や、現・検事総長である(さえずり)大検事も関与しておりますゆえ」

「権力にものを言わせて、しかばねの築山ができているよね」

「はは、ご無体を、閣下。探るを入れるのが目的ではありますが、わたくしもウツロという少年のこと、いささか気になるゆえ」

「ウツロ、ウツロか。かまわん、君も好きなようになさい」

「はっ、ありがたき幸せにございます」

 彼はこのように言上したのであった。

「何かよからぬことを考えているんじゃないだろうな?」

「おまえに言われたくはないな」

「はっ、そうですか」

 元帥と右丞相は少し会話をしたあと、やはりそろって部屋からはけた。

 ひとり残された総帥、そこでかすかな機械音が鳴った。

「ウツロか。ひょっとしてこのわたしを滅ぼすのは、そのウツロかもしれぬな」

 スクリーンに魔王桜(おまうざくら)が映し出される。

 乱れ飛ぶ花びら、その光景を男はしばらくながめていた。

 ロッキングチェアが軋む。

「わが父・影聖(えいえい)を亡き者にすることで得たこの椅子。初代・龍影(りゅうえい)公がその父君・絶影(ぜつえい)を手にかけて以来、それが刀隠(とがくし)を継ぐ者の掟となった。さて、柾樹(まさき)よ、おまえはいったい、どうするのだろうねえ?」

 感情を持たない彼ではあったが、珍しく心地がよいという気持ちを覚えたように錯覚した。

「痛いとはどういうことだ? なぜ天は、わたしに痛覚を、人の心を与えなかったのか?」

 支配者は思索している。

 眼前に鎮座するもう一体の支配者を見つめながら。

「老獪なる帝王め、何がおかしい? またせせら笑っているな?」

 ときおり口を動かしながら、ロッキングチェアを揺らす。

「人間とは何か、か。おまえが教えてくれるというのか、ウツロ? わたしに、人間を」

 問答は終わらない。

 帝王とは孤独なのだ。

 しかし、そんな存在にも「理解者」は必要である。

「もしわたしがただの道化であるのならば、幕が下りれば用済みなのだろうか?」

 問いかけは帰ってくるはずもなく、ただ二体の支配者の「対話」だけが、いつまでも黒い部屋の中にこだました。
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