第8話 沸騰と冷却

文字数 2,599文字

 秘密結社・龍影会(りゅうえいかい)総帥執務室、通称・黒い部屋。

 当の総帥・刀隠影司(とがくし えいじ)を中心に、5名の男女が取り囲むように控えていた。

 元帥・浅倉喜代蔵(あさくら きよぞう)、右丞相・蛮頭寺善継(ばんとうじ よしつぐ)、ディオティマとバニーハート、そして森花炉之介(もり かろのすけ)だ。

「おやおや、噂をすれば、ウツロと姫神壱騎(ひめがみ いっき)が接触をしたようですよ?」

「ぎひひ、エロトマニアの目が、見てる」

 ディオティマに告げたバニーハートが肩を揺らした。

「映せるかい? バニーハートくん」

 浅倉喜代蔵が問いかける。

「ぎひっ、おやすい、ごよう」

 抱きかかえているウサギのぬいぐるみの目がギョロっと動いて、打ちっぱなしの壁へスクリーンのように投影した。

「ほう、便利な能力ですな」

 ナイフのようなもみあげをいじりながら、蛮頭寺善継が感心する。

 三人の少年少女、ウツロと姫神壱騎、そして途中から加わった万城目日和(まきめ ひより)の話している様子が映しだされている。

「姫神さん、最後にあったときは小さなお子さんでしたが、ずいぶんとまあ、成長なさいましたね」

 森花炉之介がつぶやく。

「見えるのですか? ミスター森」

 ディオティマがたずねた。

「映像から微弱な電磁波が出ているようなので」

「なるほど。塵を操るあなたの能力、それをアンテナのように用いているのですね」

「ものは使いようですね、はは」

 ウツロたちは当の森花炉之介の情報について話し合っている。

「果し合いが望みのようですな、姫神くんは。そしてそれにさきがけ、故人である父君・姫神龍聖(ひめがみ りゅうせい)氏の親友であった剣術家・三千院静香(さんぜんいん しずか)氏に仲介役を打診している模様」

 浅倉喜代蔵が状況を要約してみせた。

「万城目日和め、いらぬことをべらべらと」

 蛮頭寺善継は葉巻を深く吸いこんだ。

「おい、蛮頭寺、閣下の前では遠慮せんか」

「よい、わたしが許可したのだ。こういう場において、リラックスは重要であるしな」

「は、これは失礼を……」

 浅倉喜代蔵は刀隠影司にいさめられたが、内心面白くなかった。

 俺だってがまんしてるのに……

 そんなことを考えていた。

「静香に頼むとはなかなか賢いではないか。そもそも父と宝剣を失ったときも、彼があれこれ世話を焼いたようであるしな。どう思うかね? 森くん」

「は……」

 姫神壱騎の父を手にかけ、三本の宝剣のうちの二つを奪った当事者である森花炉之介は、しごく当然の流れで総帥から話を振られた。

「わたしはかつて、ドイツの秘密結社ゲッター・デメルングからの依頼で、その宝剣を奪いました。二本までにとどまったのは、もっとも強力な力を持つという三本目の刀だけが、姫神龍聖氏によって特別な場所へと隠されていたからです。治癒の能力を持つ一本は、初めの取引のときにわたしがいただく手はずでした」

「ご自身のまなこに光を与えるためですね?」

 ディオティマが聞き返す。

「ええ、欲に負けたのです。世界を見てみたいという欲に。しかし悲しいかな、宝剣の力を引き出せるのは、姫神の血を継ぐものだけだったのですよ。結果としてわたしは、ひとりの人間の人生を何の意味もなく奪い、そのご子息からは悪鬼のように憎まれている。はたはた見果てた男です、わたしは」

 森花炉之介は杖に身を預け、深くうつむいた。

「森くん、気に病むことはない。すべては済んだことだ。ドライ・カーめ、おのれの大願のために犠牲者を量産しおって」

 刀隠影司が場を取り繕う。

「三千院静香、剣神と呼ばれる男ですか。わざわざ京都から馳せ参じるというのでしょうか?」

「義理固い男だからね、彼は。おおかた直属の七本桜(しちほんざくら)も同行させる準備をしていることであろう」

 蛮頭寺善継の質問に、刀隠影司が答える。

「ディオティマよ、これからどう動く腹づもりかね?」

「そうですね、機が熟すまでは、そう、観光でもしようかと」

「ほう、わが組織を乗っ取る機が熟すまでかね?」

「閣下、ご勘弁ください。いくらわたしでも、そこまで愚かではありませんよ? ウツロを狙っているのは確かですが、そこはまあ、早い者勝ちという形ではいかがでしょう?」

 刀隠影司とディオティマは、このように激しい腹の探り合いをしてみせた。

 浅倉喜代蔵と蛮頭寺善継は不服だったが、総帥の手前、拳を振り下ろすのをがまんした。

「まあ、それもよかろう。遊び心は大切であるしな。君がどのタイミングで動くか、実に興味深いよ。森くん、君はどうするかね?」

 森花炉之介は頭を上げた。

「挑まれれば受けるまで。わたしとて聖人君子ではございません」

 このように述べた。

「よろしい。では諸君、この辺で散開としようか」

 総帥の合図とともに、ゲストであるディオティマとバニーハート、そして森花炉之介の三名は、黒い部屋の外へとはけていった。

鹿角(ろっかく)よ」

「は」

「ディオティマが動くのはおそらく、森くんと姫神壱騎の勝負がついたタイミングだ」

「……」

「そこをゆめゆめ、見逃すのではないぞ?」

「は、はあっ……!」

 浅倉喜代蔵は恐縮し、準備をすると称して同様にはけていった。

「まったく、面倒なことになってきましたな」

「よいではないか。君の言うとおり蛮頭寺くん、なかなかに楽しめるものである」

「いざというときはこのわたくしめも出張るしょぞんでございます」

「君のアルトラ、カリギュラ・システムは遠隔操作が可能だ。そのときはよろしく頼むよ?」

「ははっ。では、わたしも今宵はこれにて……」

 蛮頭寺善継もはけて、あとには総帥・刀隠影司だけが残った。

「ふふっ」

 スクリーンに投影される魔王桜(まおうざくら)

 彼はそれを見て顔をほころばせた。

「痛覚の存在しないわたしが、楽しいだと? 笑える皮肉があるものだ」

 桜の大輪がゆらゆらと花びらを散らしている。

「あるいはそれを知ったとき、わたしは最期を迎えるのかもしれぬ。おまえは知っているのか? それを知っていて、そうやって笑っているのか? 老獪なる支配者め」

 魔王桜は、何も言わない。

「教えてくれ、柾樹(まさき)よ。いや、もしかしたらウツロのほうかもしれぬ。わたしに涅槃を、至上のオルガスムスを」

 二体の帝王、彼らにしかわからない世界。

 お互いに遠い友人は、奇妙な友情でもって結ばれていた。

「死は、果たして光か……」

 自問自答、問答はひとりでもできるのだ。

 これは対話なのか?

 何者と対話しているのか?

 王は同時に道化ではないのか?

 あらゆる事象は、そう、沸騰と冷却ではないのか?

 孤独な思索者の心を、乱れ散る桜の花びらが、いつまでも慰めつづけていた――
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