第63話 アガトンとグラウコン

文字数 1,814文字

「退屈だな、アガトン」

「僕の作った曲がかい?」

「いや、そうではない。最近ろくにつわものと戦っていないからな」

「好きだねぇ、君も。さすがはパンクラチオンの絶対王者だよ」

「昔の話だ、昔のな」

「謙虚だなぁ」

 二人の青年が、暗い研究室の中で会話を繰り広げている。

 ひとりは竪琴をかかえた自称・吟遊詩人のアガトンで、牧人のような衣装を着こんでいる。

 もうひとりは浅黒い肌の自称・武神であるグラウコン。

 彼は黒いボンデージのような服の上に、鳥の羽をあしらったロングコートを羽織っている。

 二人は古代ギリシャ時代から現代まで生きながらえる「魔人」であり、魔女・ディオティマとは旧知の間柄だ。

 当然というか、異能力・アルトラ使いである。

「久しく戦っていないせいか、どうも体が鈍ってきたような気がする。どこかに俺の相手にふさわしい猛者はいないものか」

「日本へ行ったみたら? 例のウツロもそうだし、けっこうやりそうな連中が集まっているみたいだよ」

「ふむ、そうだな」

 アガトンの言葉に、グラウコンは屹立する山のような方をいからせた。

「情報が出ているうちで腕っぷし自慢は、え~と……刀隠影司(とがくし えいじ)の息子・南柾樹(みなみ まさき)と、そのお友達の氷潟夕真(ひがた ゆうま)刀子朱利(かたなご しゅり)、彼ら彼女らは武器を用いず、無手勝を旨とした拳闘スタイルのようだよ」

 アガトンはモニター上の画像ファイルを見ながら、チーム・ウツロのデータをそらんじた。

「こいつらは?」

「ほう?」

 新たに入ってきた秘密結社・龍影会(りゅうえいかい)の情報。

 映し出されたのは羽柴雛多(はしば ひなた)鷹守幽(たかもり ゆう)だ。

「うまそうだな、実に」

「ふふっ、いかにも君好みな感じだよね、グラウコン?」

「どいつもこいつも、いい目をしているな。血の気の余ったガキの目だ」

「ふふっ、ルーキーたちをいじめたくなってきたかい?」

「ああ、アガトン。これはもしかしたら、久方ぶりのオモチャが手に入るかもしれん」

「ディオティマを助け出すっていうていにするってのはどう?」

「機転が利くな、それで行こう」

「蹂躙してきちゃいなよ」

「俺のコレクションが、また増えるかもしれんな」

 部屋の隅々に浮かびあがる彫像。

 薄明りに照らし出されるそれらは、作りものではなかった。

 魔人・グラウコンがこれまで倒してきた、えりすぐりの戦士たち。

 敗北した彼らの体から血を抜き、代わりにロウを注ぎこんで、飾りものとして固めてあるのだ。

 それぞれ格闘技のジャンルは多岐に渡る。

「この中で一番強かったのは、そう、こいつだ」

 黒髪の青年のロウ人形に、彼は手を置いた。

夜神冬人(やがみ ふゆと)、ジークンドー夜神流の若き総帥だった男だね。地下闘技場で君といい勝負をした」

「こいつには双子の息子がいたな。そいつらもそろそろ、食いごろになっているはずだ」

夜神秋(やがみ あき)夜神夏(やがみ なつ)だね。もし日本で出くわしたときは、まとめて食べちゃいなよ」

「それも、楽しそうだな」

 二人はニヤニヤとしながら会話を続ける。

「ここにあの男、黛斗輝王(まゆずみ ときお)がいないのが残念だ。あいつは息子の黛王道(まゆずみ おうどう)に殺されてしまった」

「エディプスだね。古代ギリシャ生まれの僕たちも真っ青だよ」

「やつの流派・帝神拳(ていしんけん)は、その名のとおり神の作りたもうた拳技だそうだ」

「ふふっ」

「どうした、アガトン?」

「いや、すごくうれしそうだと思ってさ。こと戦いに際しての君の態度は。まさに武神を名乗るのにふさわしい」

「おだてるな」

「いやいや、本気だよ。心の底からそう思うんだ。グラウコン、君に勝てる相手など、この宇宙には存在しない」

「ふふ、宇宙か。わからんぞ、さすがに広くはないか?」

「いずれはそれもありだよ。ディオティマは宇宙への進出も考えているからね」

「アーロン・マックス率いるスペースZ社のザマを見てみろ。可能だとしてもまだまだ先の話だな」

「そうかもね。ま、どうせ僕らは老いない体だし。気長に待てばいいと思うよ、これまでのようにね」

「それも、そうだな」

 グラウコンはロウ人形のほほを撫でる。

 そしてその体がふわりと宙に浮いた。

「留守を頼むぞ、アガトン」

「ゆっくりしてきてね」

「重力を支配するわがアルトラ、プル・ミー・アンダーを破れるものが果たして存在するのか、さぞ見ものである」

 魔人は一気呵成に飛翔し、はるか彼方へと飛んでいった。

 残されたアガトンは、再び竪琴をつま弾きはじめる。

「まるで恋人にでも会いに行くようだね、グラウコン?」

 どこか嫉妬したような音色が、ほの暗い空間に鳴り響き、慰めるような旋律を奏でつづけていた。
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