第65話 羽柴雛多 VS ディオティマ

文字数 2,268文字

「アルトラ、ビヨンド・ザ・サン……!」

「これは……」

 羽柴雛多(はしば ひなた)がかざしたその右手の上に、燃え盛る小さな光球がカッと出現した。

 さながら小型の「太陽」に見える。

「太陽を疑似的に作り出す俺の能力。ふふ、ディオティマさん、消し炭になってもらいますよ?」

「……」

 ディオティマは考えた。

 この力、わたしの「ファントム・デバイス」とは、いささか以上に相性が悪い。

 もちろん、このわたしにとって。

 さて、どうするか……

「ご理解の早さ、さすがです。では、行きますよ?」

「ふん、どこからでも」

「はっ!」

 光球が弾丸よろしく魔女のほうへ飛んでいく。

「ファントム・デバイス!」

 ギリシャ文字の刻印された「帯」が出現し、ディオティマの前に「輪っか」を作った。

 光球はフッと、その中の暗黒空間へと飲みこまれていく。

「ふふ、口ほどにもないですね、ミスター羽柴?」

「さあ、それはどうでしょうか? それに、戦いはまだはじまったばかりですよ?」

「ぬ……」

 今度は人差し指を高々とかざす。

咳喘(せきあ)ぐ太陽」

「なにっ――」

 指先がピカッと光り、粒状の光弾が大量に発射される。

「くっ、ファントム・デバイス!」

 「帯の輪っか」がさらに大きく口を開いた。

「ぐ……」

 しかしシェルター中に拡散した光の粒子は、まるで無差別に攻撃でもしかけるかのごとく、アルトラの「帯」も含めて「ハチの巣」にしてしまう。

 着弾部分はその高熱から発火し、さすがの魔女とて無事では済まなかった。

「ふふ、どうですか? あなたの能力ではかなり分が悪いと見ますが?」

「……」

 図星である。

 しかし、しかしだ。

 「これしき」のことで参るわたしではないのだ。

 このわたしが、いったい何千年生きてきたと思っている?

 「この程度」の修羅場、幾たびも乗り越えてきた。

 若僧が、なめくさりおって。

 いまわたしは冷静だ、とても。

 落ち着くのだ、ディオティマ。

 必ず活路はある……!

「ふふふ、ミスター羽柴。あなたいま、調子に乗っているでしょう? そういうときは、ふふっ、要注意ですよ? 何事においてもね……」

「その口ぶり、何か隠し玉があるということでしょうか? それともウツロくんの言うとおり、長生きしたことによる見通しの甘さでしょうか?」

「さあ、どうでしょうねえ、ふふっ」

「まあ、いいですよ。あなたが何か考えているにしても、まったく関係のない方法がありますから」

「ほう、それは?」

「ビヨンド・ザ・サン、マグナム・オーパス!」

「な……」

 羽柴雛多の全身が、大きな光球の中にすっぽりと包みこまれる。

 そのままグルグルと回転し、周囲をえぐるように削っていく。

「くっ、こんな技まで……」

 ディオティマの眼前に、光の球が迫る。

「――っ」

 光球は天高く舞い上がり、コンクリートの地面へスッと着地した。

 まとっていた光が消え、再び羽柴雛多が姿を現す。

「さて、一応死体を確認しておきますか。確認できる部分が残っていればだけどね」

 彼は右手を挙げて頭をかこうとした。

「……」

 消えていた。

 いま上げたその「右手」、肘から先が。

 足もとにその残骸が横たわっている。

「くっ……!」

 彼は急いで右脇を押さえ、止血を試みた。

「右手がなくなり、左手で止血をしている状態では、さぞ戦いにくいでしょうねえ」

 背後の闇の中から、ディオティマがフッと姿を現す。

「ファントム・デバイス・ダーティー・ミックス。ふふっ、アルトラが進化しているのは何も、ウツロ・ボーイだけではない。このディオティマをなめないことですね」

 切り落とした正体、カッターのように先端の鋭くなったくだんの「帯」だ。

「わがアルトラの第二の能力。それはずばり、召喚。まあ、平たく言えば、ある物質を時間や空間に関係なく、移動させられるというわけです。ならば、自分自身だって移動できるのは必定。ふふっ、われながら良いアイデアでした」

 このように魔女は自信たっぷりに解説をしてみせた。

 羽柴雛多は冷汗を垂らしながらも笑っている。

「よく回る舌ですね。でも、ふふ、そうこなくちゃ。さすがは大先輩と言ったところです」

「戦いはまだはじまったばかり。そうおっしゃったのは、ふふっ、ミスター羽柴、あなたのほうでしょう?」

「なるほど、確かに。では俺も、覚悟ってやつを見せてやりますか」

「ほう、覚悟、ですか」

「ビヨンド・ザ・サン!」

「む――!?」

 「右手」がふわりと宙に浮き、患部と合体した。

 その継目、傷口がボコボコと動きはじめる。

 太陽の熱でもって、焼きつけているのだ。

 なるほど、これなら止血ならびに消毒はかなうし、腕は「一応」もとどおりになる。

 文字どおり、「荒療治」ではあるが。

「ああ、痛い、クソっ……でもね、ディオティマさん。龍影会(りゅうえいかい)はたとえ、四肢をすべて切り落とされようが、首さえ残っていれば敵ののど笛にかみつくのです。今回は切り口がきれいだったから、ラッキーでしたけれどね?」

 魔女はこれでもかと高笑いをした。

「おっほっほ! 素敵です、ミスター羽柴! そうこなくては! いやいや、このディオティマ、柄にもなく燃えてまいりましたよ!」

「ふふ、燃えてなくなるのは、あなたのほうですけれどねえ」

「そうですか。では次は、首まで忘れないようたたき切らねば。ミスター羽柴、あなたを八つ裂きにして、総帥閣下の前にばらまいてさしあげますよ?」

「こちらもラウンド・ツーと行きますか?」

「いいですねえ、たぎってきますよ」

「では」

「ええ」

「ビヨンド・ザ・サン!」

「ファントム・デバイス!」

 二つの異形が、広い空間の中心で激突した。
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