第54話 ラウンド2

文字数 2,788文字

「われこそは、救済の神・ウツロ……!」

 かくしてウツロは「魔道」へと堕ちた。

 ディオティマは内心、笑いが止まらなかった。

「ぎひ、ディオティマさま、来客のようです」

 バニーハートの耳がぴくぴくと揺れる。

「ふふ、おそらくは『彼』でしょう。わたしは引き続きウツロ・ボーイの魔改造に当たります。バニーハート、あなたはその時間稼ぎを」

「ぎひひ、了解、いたしました」

 彼は扉の奥へとはけていった。

「ディオティマよ、もっと俺に力を……人類を駆逐せしめるだけの強大な力を……!」

 ウツロはいよいよ、自分が神になったと思いこんでいる。

「ふふ、ウツロさま(・・)、御意にございます。このディオティマ、全力を上げてウツロさまの『洗浄』をサポートするよし。すぐにでもあなたさまに、最強の力をお与えすると約束いたしましょう」

 魔女も心得たもので、うまいあんばいでの「小芝居」を披露した。

「わが名はウツロ、救済の神・ウツロ。人間どもよ、おそれおののくがよい。いまにこの俺が、貴様らをひとりとして残さず滅ぼしてくれる!」

 こうしてすべては、狡猾なるディオティマの思いどおりに進んでいたのである。

   *

「ぎひひ、やっぱり、おまえか……」

 地下へと張りめぐらされた通路。

 その一角で、二人の人物が対峙した。

 ひとりはバニーハート、そしてもうひとりは――

「たかもり、ゆう……!」

 鷹守幽(たかもり ゆう)、彼だ。

 少し前に激闘を繰り広げた黒衣の暗殺者。

 ここへやってきたのは組織の命令であり、ウツロたちの居場所を探るためだ。

 しかしその実は、やはりというかウサギ少年との再戦を願っていた。

 そしてそれは、見事にかなったのである。

「会いたかった、ぞ。今度こそ、八つ裂きに、してやる……!」

 鷹守幽はマントを脱ぎ、仮面をはずす。

 笑っていた。

 端正な顔つきが、キシリとゆがむ。

「来い……!」

 両者、かまえる。

「ぎっ、ひゃあああああっ!」

 バニーハートがアイアンクロウをむき出しにし、前方へと突進する。

「――!」

 鷹守幽は丹田に力を入れた、が――

「――っ!?」

 床から顔を出したウサギのぬいぐるみが、彼の両足をがっしりとつかんでいる。

「バカめ! こんなこともあろうかと、ひそませておいたのさ! もらった、死ねえ!」

 合計十本の鋭い先端が、ドリルよろしく襲いかかる。

「……」

 動きが止まる。

 アイアンクロウのすべての刃先に、触手のように伸びた「影」が絡みついていた。

 それは鷹守幽の背中から生えている(・・・・・)のである。

 彼は親指を立て、首をかっ切るしぐさをした。

「……っ」

 何かをつぶやいた、次の瞬間。

「ぎひ……」

 バニーハート自身の影が変形し、剣山のごとく彼を串刺しにした。

「ぎ……」

 それぞれは実に細いものだが、その激痛は格別である。

「う……」

 あまりの痛みに、ウサギ少年は床に倒れこんでしまう。

「ぐ、くそ……」

 アンダー・ザ・ムーン。

 確かそんな名前のアルトラだった。

 しかしまさか、ここまで汎用性のある能力だったとは……

 プライドの高いバニーハートも、さすがに自分の見通しのあまさを恥じた。

「ぎひ!?」

 苦しむバニーハートの頭部を、鷹守幽は足蹴にする。

 ほら、どうした?

 もう降参か?

 そんな挑発にも取れた。

「ぎひ……よくも、よくも、この、僕をおおおおおっ!」

 ウサギ少年はついにプッツンした。

 ものすごいオーラに圧倒され、さしもの暗殺者も反射的に後方へとしりぞく。

「ぎひ、たかもり、ゆう……おまえは、おまえだけは……!」

 ウサギのぬいぐるみが翻り、バカでかい口から無数の牙がのぞいた。

「エロトマニア、やれ!」

「――っ!?」

 その牙は誰あろう、主人の首筋へがぶりとかぶりつく。

「エロトマニア、ファイナル・ドーピング!」

 何かが注入されているような光景。

 それに比例し、バニーハートの肉体が膨れ上がっていく。

「ぎひぃ……」

 筋肉が増強され、身長も高くなった。

「ぎひ、行く、ぞ――!」

「――っ!?」

 目にもとまらない速さ。

 パンチ一発で、鷹守幽はうしろへと吹き飛んだ。

 これまでとは比べものにならないパワーとスピード。

 彼はやっとのことで起き上がろうとするが――

「ぎひ」

 髪の毛をつかまれ、コンクリート製の地面にたたきつけられる。

「粉々に、してやる」

 バニーハートは矢継ぎ早に鷹守幽をいたぶった。

 露出した肌にどんどんと傷あとが増えていく。

「ぎひひ、気持ちいいな、おまえをオモチャにするのは」

 ボディブロウを受け、背後の壁面に激突する。

「……」

 満身創痍、まさにそれだった。

「安心しろ、殺しはしない。おまえは、僕の、ペットにする」

 絶体絶命、と思われたが。

「何が、おかしい?」

 笑っていた。

 いや、いままでの笑顔ではない。

 それはとても恍惚に満ちた、まるで愛する者をようやく見つけたときのような……

「頭が、おかしくなったか?」

 バニーハートはそう言いながらも、体が寒くなるのを感じ取った。

 鷹守幽は両手を広げ、スッと首のうしろを押さえつけた。

「何を、する気だ……?」

「……」

 心臓の鼓動が加速し、血管が太くなる。

 ウサギ少年がしたように、彼もまた自分の肉体を増強しているのだ。

「おまえも、できるのか……」

 パンプアップしたその体は、とうてい以前の比ではなかった。

「ぎひっ――!?」

 バニーハートがうしろへ吹き飛ぶ。

 見えなかった、攻撃を放つ瞬間さえ。

 彼はいよいよたぎってきた。

 これほど不足のない相手はいないと。

「たかもり、ゆう……!」

「……」

 鷹守幽は「かかってこい」のしぐさをする。

「ぎひひ、行くぞ――!」

「――っ!」

「ゆううううううっ!」

「――っ!」

 拳と拳がぶつかりあう。

 もはやこれは、愛ではないかと。

 そんなふうに互いが錯覚した、そのとき。

 遠くのほうで爆発音がし、土煙が充満する。

「――!?」

 こつこつ。

 ハイヒールの音がこちらへとやってくる。

「ふっふっふっ」

「ディオティマさま……!」

 ディオティマ、彼女だ。

 例によって、薄気味悪い笑みを浮かべている。

「バニーハート、安心なさい。これで彼の死亡は確定しましたよ?」

「と、言うことは……」

「そのとおり、完成したのです。最強の生体兵器、その名もウツロ・ボーグが」

 煙の中からひとつ影が姿を現す。

 ウツロだ。

 しかしそれは、アルトラ「エクリプス」の能力によって、毒虫の戦士の姿となっていた。

 そこに機械的なパーツがいたるところに組み込まれ、サイボーグのようにも見える。

 円環状に光輪のような羽を広げるその姿は、あたかも天使のような印象を与えた。

「さあ、ウツロさま。神に歯向かう愚か者を、なにとぞお清めください」

「……!」

 鷹守幽は戦慄した。

 彼ほどの手練れをもってしても、その異形のオーラに圧倒されたのである。

「虫ケラめ、神の力で、滅ぶがよい……!」

 暗殺者の首筋が、しっとりと濡れた。
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