第56話 悲劇的、あまりにも悲劇的

文字数 2,201文字

虎太郎(こたろう)くん、このザワークラウト、よく漬かっているよ。なかなかの美味であるね」

「こ、光栄です、閣下」

 さりげなくさくら(かん)に乗りこんできた刀隠影司(とがくし えいじ)を、真田虎太郎(さなだ こたろう)は軽食でもてなしていた。

「なんでてめえがここにいるんだよ?」

「つれないな柾樹(まさき)、家族だろう?」

「言わせておけば……」

 南柾樹(みなみ まさき)は当然のことながら、周囲がひやひやとするやり取りを繰り広げている。

「影司、柾樹くんの気持ちも少しは考えてあげなさい。あなたが彼に成したこと、天地神明を引き合いに出すまでもなく、断じて許されない行為なのですよ?」

 ことを案じた三千院静香(さんぜんいん しずか)らも加わっていた。

「君は真面目すぎるのだよ、静香。それゆえに剣も固くなる。もう少し脱力することをおすすめするが?」

「ふん、あいかわらずですね。その一挙手一投足」

 こんな具合で場はきな臭いオーラを放っている。

「あ~あ、疲れる。なんでわたしたちまで」

「言葉使いに気をつけろ、閣下の御前だぞ?」

 騒動に巻きこまれることになった刀子朱利(かたなご しゅり)氷潟夕真(ひがた ゆうま)もいる。

「閣下、お口直しのプリンもございますが、いかがでしょう?」

「ふむ、いただこう。虎太郎くん、君はなかなかやりおるね」

「もったいないお言葉でございます」

 真田虎太郎はこのように、「客人」に対する配慮に抜かりがなかった。

 これは彼の性格的なものであって、悪意など微塵もないのだ。

 刀隠影司は思った。

 この子はすばらしい逸材かもしれない。

 ゆくゆくは組織の中枢に、ということもあるだろう。

 ふむ、ここはまるで宝の山だな。

 こんなふうにルーキーたちを内心賛美したのである。

「閣下、その後、ウツロに関する動きは……?」

 星川雅(ほしかわ みやび)はおそるおそる状況を探る。

「ふむ、どうやらディオティマのやつめ、ウツロをうまいこと洗脳せしめた挙句、自分の意のままに動く生体兵器に改造してしまったようだ」

 刀隠影司はプリンをすくいながらさらっと言ってのけた。

「ああ、ウツロ……」

 真田龍子(さなだ りょうこ)がカーペットの上に崩れ落ちる。

「りょ、龍子、しっかりしろ! おい、あんた! 言い方ってもんがあんだろ!?」

 万城目日和(まきめ ひより)がかばって申し立てをする。

「日和の言うとおりだぜ。ほんと、この国の支配者だか知らねえが、人間の血がかよってるとは思えねえな」

 南柾樹(みなみ まさき)がここぞとばかりに毒づく。

「当たり前だろう? そんなものを持っていたら、帝王になんてなれないよ」

「何が帝王だ! 人をゴミ捨て場に廃棄するようなクソ野郎が!」

「それはね、愛ゆえに、だよ?」

「殺す……」

 彼の目は奈落へでも落ちこんだように映った。

「落ち着け、南!」

 氷潟夕真が焦って止めに入る。

 一触即発、と思われたが――

 ゴオン……

「な、なんだ?」

「外からみたいだね」

 建物を振動させ、不気味な音がこだました。

 低い、地鳴りのような音だ。

 窓ガラスがカタカタと揺れている。

「まさか……」

「みんな、外へ!」

 一同はわれ先にと、玄関へ向かった。

「面白そうだね、鬼羅(きら)。僕たちも行こうよ」

「ま、いまは協定状態だもんね」

 三千院遥香(さんぜんいん はるか)北天門院鬼羅(ほくてんもんいん きら)もあとに続いた。

 食堂には刀隠影司と三千院静香だけが残される。

「息子のこと、気がついているのだろう?」

「ええ、もちろん」

「そのうえで、受け入れるつもりなのかね?」

「それが、宿命というのであればね」

「真面目だな、やはり」

 静かになった食堂で、二人はしばし会話を繰り広げていた。

   *

 一同が外へ出ると、白壁に囲まれた門の上空の空間が、まがまがしい漆黒にゆがんでいる。

 黒い球体が真っ赤に放電し、中からひとつの影が姿を現した。

「みんな、迎えにきたよ」

 ウツロはニコっと笑った。

 いや、ほんの少しまでウツロだった存在(・・・・・・・・)

 いまはディオティマに改造された生体兵器・ウツロボーグの姿である。

「ああ、ウツロ……」

 真田龍子がひざから崩れ落ちる。

「ウツロさん、なんということに……」

 真田虎太郎は目を見張っている。

「ウツロ、てめえ! のんきに魔堕ちなんかしてる場合かよ!?」

 二人を気づかった万城目日和が叫ぶ。

 いっぽうのウツロはすました表情だ。

「魔堕ちだって? 何をバカなことを。俺はね、神になったんだ。この世を救済する生き神にね」

 正気か?

 全員がそんな顔つきをした。

「俺はもう無敵だ。絶大な力を手に入れたんだ。この力を使って、全世界を浄化する。人間の人間による人間のための世界を、再創造するんだ。すなわち、それが俺の、人間論なんだよ?」

 ウツロはニコニコと笑っている。

 異様すぎる事態にみなが口をふさいでしまった。

「ウツロよ」

 南柾樹が前へ出る。

「アクタが見てるぜ?」

「……」

 ウツロの目が遠くなった。

 アクタ、アクタ、アクタ……

「わかってくれるさ、柾樹。アクタだってね?」

「ちっ……」

 南柾樹は唾を吐き捨てた。

「徹底的に曲がっちまったようだな? 見てらんねえぜ。おまえが好きな人間論は、そういうことじゃねえだろ?」

「まだわからないのかい、柾樹? これこそ正真正銘の人間論であって――」

「もういい」

「ふん」

「アクタとの誓いに賭けて、ウツロ。俺がおまえを真人間に戻してやる!」

「強情だな、しかたない」

 ウツロはふわりと地上へ降り立った。

「力づくでもみんなの目を覚まさせてあげるよ……!」

「こっちこそだ。俺のゲンコツでてめえの目を覚まさしてやんよ!」

 こうして悲劇的な再会は果たされ、悲劇的な戦いは開始されたのである。
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