第14話 指

文字数 1,809文字

 源三が朝起きると、両手の指に鈍い痛みがあった。

「おや、この痛みは何だ?」

 それも十本全てである。
「何か悪い病気にでもかかったのか?」

 彼は会社の帰りに医者へ行こうと思った。しかし、その痛みはいつのまにか薄らいでしまい、夕方近くには源三本人も忘れてしまうのだった。

 翌日、源三は両手の異様な感じで目が覚めた。

「な、何だこれは!」

 彼が驚くのも無理はなかった。両手の全ての指の関節が一つ分、手の平の方に埋もれているのである。つまり、手の平からいきなり第二関節が生えているのである。

「こりゃ、参ったな、物が掴みにくくてしょうがない」

 彼は近所の医者にその指を見せた。

「先生、僕の指はどうなったのでしょうね?」

 医者は色々と検査をしてみたが、さっぱり原因が分からない。

「まぁ、しばらく様子を見ましょう」

 医者も完全にお手上げ状態である。
 その次の日に驚きは恐怖に変わった。源三が目覚めると、手の指が全て消えていたからである。こうなると彼も悠長な事は言っていられなくなった。すぐさま、町で一番大きな病院に駆け込むと、自分の悲惨な状況を見せた。

 しかし、どれだけ優秀な医者が調べても頭を捻るばかりで、原因が全く分からない。
源三は取り敢えず入院となった。

 次の日、源三は新たに両肩の痛みを感じるようになった。彼は嫌な予感がした。そしてその予感は的中した。翌日には、源三の両腕が体の中に収納されるように消えていたからである。胴体に首と足だけがある、何とも不思議な姿で彼はベッドの上で寝ていた。

「この先、僕はどうなるんだろう? このままじゃ生きていくのも大変だ」

 半ば諦めの源三であった。更に翌日、源三は両足の付け根に鈍い痛みを感じた。

「ま、まさか」

 予感は的中した。次の日には、彼の両足は見事に消えていたのである。
 胴体に首だけがある姿で源三は寝ていた。

「ああ、もうだめだ。僕はこのまま転がるようにして生きるしかないんだ」

 彼が絶望感にさいなまれ、拭うことも出来ない涙をこぼしていると、両肩がまた鈍く痛み出した。

「もう腕も無いのに、今度は何が消えるんだ?」

 翌日目覚めた源三は、もう何があっても驚かないと思っていたのに、さすがに声を出さずにはいられなかった。

「ありゃりゃりゃ!」

 彼の両肩から、消えたはずの両足が見事に生えていたのである。
 両足の間の顔をしかめながら源三は唸った。

「おい、おい、生えてくる場所が違うのじゃあないか?」

 そう言いながら、彼は元両足のあった所に、もう慣れてしまったあの鈍い痛みを感じた。

「足がここに来ると言うことは、もしかすると」

 彼の予感はまた当たってしまった。翌日には元両足のあった所に、見事に両腕が生えていたのである。しかも十本の指も、全てが完全な形で。しかも驚くことに、そのまるきり逆に付いてしまった両手両足が、以前と変わらず、源三の思うとおりに機能するのである。

 源三は多少の不便を感じながらも、病院内を歩き回ってみた。全く普通に動けることに彼は嬉しくなった。しかし、すれ違う他の患者達は源三を見て腰を抜かして驚くのだった。

 ところが、ものの十分も歩くと、源三は苦しくてどうにもならなくなった。

「ふう……ふう……歩くのがこんなに辛いものだとは思わなかったな。まてよ、考えてみれば当たり前じゃないか。僕は頭を下にして歩いているのと同じだから、頭に血が下がってしまうんだ」

 源三はこのピンチを何とかしようと、両腕を足代わりにして歩いてみるのだが、さすがにぎこちなく、何度も転んでしまった。

「これは無理かな。でも、こうでもしなきゃ生活も出来ないしなぁ」

 途方にくれる源三だった。

 そんな彼に一途の希望の光が見えてきた。首の付け根が鈍く痛み出したのである。

「しめしめ、どうやらいよいよ首が生え変わるらしいぞ」

 大きな期待感と安堵感を感じながら、源三は久しぶりに深い眠りに入るのだった。

 翌日、目覚めた源三は大きな鏡の前に立った。

「よし、これで大丈夫だ!」

 彼はしっかりと両足で立ち、両腕の間にきちんと首や顔が付いている。

「まあ少しは動きにくいが、頭に血が下がるよりは遥かに楽だ。この生活もいずれは慣れるだろう」

 しかし、そんな楽天的な考えはすぐに消えるのだった。

「おや? 目の前にあるこの穴は何だ」

 驚く源三が強烈な便意に襲われるのは、三分後であった。

                      ―了―
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