第21話 天使の目覚め

文字数 2,153文字

 源三が目覚めた時、周りは暗闇だった。
 まだ覚醒しない頭で彼は今、自分がどういう状況なのかを必死に理解しようとした。

「確か……俺は……殺人の罪で死刑になったはずだ。目隠しをされ、十三階段をあがり、坊主が『何か言いたい事は』なんて言いやがったな。その後、首に縄がかけられて……その後の事がどうも思い出せない。俺は死んだのだろうか?」

 源三は周りを見ようとするが、とにかく暗闇だ。目を開けているのか、閉じているのかすら分からない。
手足を動かそうとしても、全く感覚が無い。それどころか、自分が今、立っているのか寝ているのかも分からないのである。

「何か嫌な気分だな……これが死後の世界ってやつなのか?だとしたら、昔読んだ本にあった三途の川とか天国の門なんてのは嘘だな。何にも無いじゃあないか」

体はまるで宙に浮いているような感じで、なんとも落ち着かない。
そのうち、物凄い眠気が襲ってきた。源三は意識が遠のくのが分かった。


 再び彼が目覚めた時、今度はぼんやりとした明かりが見えた。明かりというよりも、明るさを感じたという言い方が正しいようだ。源三は、昔深い海に潜った時、海底から空を見上げた時と同じだと思った。

 相変わらず体の自由は利かず、宙に浮いた感じは続いているが、前に目覚めた時ほどの気持ちの悪さは無い。どちらかと言えば、柔らかな布団の中にでもいる様な、懐かしい暖かさに包まれていた。そんな暖かさに身を任せていると、いつしかまた、源三は深い眠りに入るのだった。

 どれだけ眠ったのだろうか、源三が目覚めると今までと違う感覚があった。なんとか指先の感触が戻ってきたようなのである。

「しめた!」

 彼は必死になって指を動かした。しかし、ぼんやりとした明るさに包まれているだけで、指先に当たる物は無く、次第にその行為自体に疲れてきた。

「今さら何をしたって始まらないのだろうが、こんな中途半端な所で、俺はこれからどうなるのだろう。
これから地獄に落ちていくのだろうか。まあ、それも仕方が無いと言えばそうなのだが」

次に彼は明るさの向こうに何があるのか目を凝らしたが、どれだけ神経を集中させても何も見えては来なかった。

「ええい! どうにでもなれ」

 半分やけくそになる源三であったが、いつしかまた深い眠りに入っていった。

 次に源三が目覚めた時、彼は足が何かを踏んでいるような気がした。思い切って突っ張ってみると、泥沼に足を取られ、吸い込まれる様に足の裏は何かを踏んでいる。

「おや、この感覚はなんだ? 昔こんな場所に来たことがあるような気がするな。あれは一体いつのことで、どこだっただろうか」

彼は記憶の糸を何本も手繰っていったが、答えらしい答えは出てこなかった。

この頃になって眼が慣れてきたのか、自分の指先を見ることが出来るようになった。ぶよぶよと水ぶくれした指だが、確かに自分の指である。それが証拠に、動かそうと思えば自分の意思の通りに動かせたからである。

「この手で、俺は何人もの人の命を奪ってきたのだな。考えてみれば残酷な事をしてきたものだ。俺がこんな訳の分らない世界にいるのも、もしかしたらお釈迦さんの罰かもしれないな。しかし、これが罰だとすると大した事の無い罰だな」

 妙な納得感と安堵感に包まれながら、源三はまた眠り込んでしまった。

 次に彼が目覚めたのは、周りの騒がしさのせいだった。耳にしていた栓をいきなり抜かれたように、様々な音が彼の耳に聞こえてきた。
 しかも、それが何の音かは分からないが、やたらと耳障りなのである。明るさを感じる方向から聞こえるのだが、相変わらずその向こうに誰かが居るようでもない。
 何しろ源三の体を揺さぶるような轟音もあれば、キリキリする高い金属音もある。時々、エコーのかかりすぎたカラオケのように聞こえる音もある。

「一体ここはどうなっているんだ! 急に暗くなったり、やかましいほどの音が聞こえたり、俺は死んだのじゃあないのか? 死後の世界はこんなにも住みにくいのか!」

 彼は思い切り体をくねらせた。それは、いつまでも続く宙に浮いたような感じや、耳障りな音から何とか逃げようとする最低限の抵抗であった。

 その時、どこからともなく一本の縄が飛んできて、彼の首に巻きついた。源三は何とか外そうとするが、なかなか外れない。

「これは、何だ。うわっ! こいつ、生きているみたいに締め付けてくるぞ」

 その縄は源三がもがけばもがくほど彼の首を締め付けてくる。

「げっ! こりゃあ、やばい。このままだと死んでしまう。あれ? 俺は死んだはずだぞ。どうなっているんだ?」

 そんな事を考えている間も縄はグイグイと彼の首を締め付ける。

「もう駄目だ! 誰か!助けてくれ」

 源三がもう限界だと思った瞬間、天井から光の筋が射したかと思うと、目の前がパカッと左右に開き、いきなり目もくらむ明るい世界が彼を包んだ。


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」
「お母さん、安心してください。元気な男の子ですよ」
「まぁ、うれしい」
「でも、危なかったですよ、なにせ、へその緒が首に巻き付いていたのですからね」

 それを聞いた母親は余計にやさしく子供を抱き、言った。

「なんて可愛い顔をしているんでしょう。まるで天使だわ」

             ー了ー
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