第23話 探偵社

文字数 4,098文字

 源三は幸せの絶頂期にあった。

 彼は特別な美男子ではなかったが、この二年間、自分の誠意を尽くせるだけ尽くし会社のマドンナ的美女の洋美に、なんとかプロポーズまでこぎ着けたのである。彼女の答えは「YES」であった。彼が有頂天にならないはずがなかった。

 二人はその日、新しく生活を始める新居を探して街中を歩き回っていた。やがて日も落ちてきたので近くのレストランで食事をし、源三の馴染みのバーで軽く酒を飲んだ。会話ははずみ、いつしか夜も更けていった。

 二人はバーを出るといつもは通らない駅への近道を歩いた。洋美が新しく何かを発見したように言った。

「あら、こんな所に探偵社なんてあったかしら」
「探偵社?」

 彼がそちらを見ると、古ぼけた三階建てのビルの二階に、大きく『探偵社』と書いてある。

「本当だ、この道は何度か通った事はあるけれど、気が付かなかったな」

 彼が不思議そうにビル全体を眺めていると、また洋美が言った。

「ねえ、これ見て。『あなたの将来をのぞきませんか?』だって、あら? こっちには『お二人の未来のために!』なんて書いてあるわ」

 それはこの探偵社の広告のようで、いかにも興味をそそる言葉が並んでいた。洋美はバーで飲んだ酒がほどよく回っているのか興味津々だ。

「ねえ、ちょっと行ってみましょうよ。何かおもしろそうじゃない?」
「えーっ、ちょっと胡散臭い気がするな」

 源三は乗り気ではなかったが、結局は彼女に押し切られビルの階段を上るのだった。

 その探偵社は薄暗い廊下の突き当たりにあった。他にも何軒かの小さな会社が入っているようだが、この時間ではすでに明かりが消えている。二人は恐る恐るその扉を開けた。
 中は案外と広く、何もない部屋の真ん中にテーブルが一つあり、その上にはかなり大掛かりなパソコンセットが並んでいた。そして、その前にはがっちりとした体格でしかも、ホストを思わせる美形男子が座っていた。

「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」

 柔らかい声で、腰の低い男だった。二人からは最初の胡散臭い印象は消え、導かれるままに、彼の前の椅子に並んで座った。

「ようこそ我が探偵社へ」

 源三は質問してみた。

「あの、下に『あなたの将来をのぞきませんか』って書いてありましたけど、あれはどういう意味なんですか?」

 男は人の良さそうな微笑を浮かべていた。

「はい、では簡単にご説明いたしましょう。普通の探偵社では人探しや、浮気調査などを行いますが、私どもではそのような無粋な事はいたしません。私どもは、依頼人様の未来を探偵させていただいております」
「依頼人の未来?」

 洋美が首を傾げながら尋ねた。

「左様で御座います。依頼人様の将来がどうなっているのかを探索するのでございます」
「そんな事ができるのか。でも、それはいかがわしい占いの類じゃあないのか?」

 源三が訊くと、男はとんでもないとばかりに手を振り、説明を始めた。

「私どもでは、そんないい加減な事はいたしません。結果をこちらのモニターでご覧頂くのです」

 彼はそう言って、目の前の四十インチはある大きなモニターを指差した。

「あら! それは素敵じゃあない。ねえ、ねえ、私達も見てもらいましょうよ」
「そうだな、でも、僕はまだ信じられないな。一体どういう理屈で将来が見えるんだ?」

 男は相変わらずの微笑を崩さずに言った。

「分かりやすく申しますと、このパソコンはタイムマシンの様な物だとご理解ください。私が長年研究した結果、発明した物でございます。残念ながら人体その物を移動させる事は出来ませんが、将来を観察する事は可能なので御座います」

 源三はまだ半信半疑だった。男が源三の表情を見て言った。

「ちなみに探偵料は後払いで結構でございます。依頼人様が納得していただけましたら、料金を頂戴しておりますので、その点はご安心ください」
「まあ素敵! ねえ、折角だから何か見てもらいましょうよ」

洋美はもうその気になっているようだ。

「じゃあ一つお願いしようかな」
「かしこまりました。では何をご覧いただきましょう?」

 源三と洋美はあれこれ話しこんでいたが、意見の折り合いが着いた所で男に告げた。

「実は僕達はついこの前、婚約した所なんです。それで将来、僕達はどんな家庭を築いているのか。そして生まれる子供はどんな顔をしているのか見てみたいのですけれど、大丈夫ですか?」
「全く問題はございません。ではお二人の髪の毛を一本ずつ頂けますか」

 二人が髪の毛を抜き男に渡すと、彼は引き出しから小さな試験管を二本取り出し、それぞれに髪の毛を入れ、緑色の液体を注いだ。彼はそれを軽く指先で振った後、パソコンにつながっているカセットに装着した。

「準備はこれだけでございます」

 男の声に二人は唾を飲んだ。

「今からスイッチを入れますと、このパソコンはお二人の髪の毛をそれぞれ分析しDNAを抽出いたします。その後、こちらの端末がご希望の『未来世界』まで飛び、その世界で同じDNAの持ち主や同じ型のDNAを持つ方を自動的に探し、映像を送ってくるのでございます」

 そう言って男は、手のひらにゴルフボールほどの銀色の球体をのせた。二人はまるで狐に騙されているようだったが、それ以上に好奇心の方が勝り、男の動きを見逃すまいと凝視するのだった。

 男がスイッチを入れると「プン」という軽い電子音が鳴ったかと思うと、その銀色の球体が消えた。

「おっ!」
「あっ!」

 二人は思わず驚愕の声を上げた。
 やがてモニターの電源が入ると、しばらくはDOSの画面が続き、一瞬暗くなったかと思うと次の瞬間には、今二人がいるこの部屋が映し出され、モニターを覗き込んでいる源三と洋美が映っていた。

「これが今……すなわち現在のお二人でございます」

 男の声に二人は声にならない大きな驚きと感激に浸っていた。
 更に男が続けた。

「さぁ、いつの時代にお二人をご案内いたしましょうか」

 男の声に我に返った源三は、洋美と顔を見合わせて言った。

「じゃあ、とにかく僕達の子孫の顔が見たいな。思い切って孫なんてどうだろう?」
「そうね、いきなり子供の顔を見るよりも孫の方がワクワクするわ」
「では五十年ほど先の世界へ参りましょう」

 男がキーボードに数字を打ち込むと、画面がスッと変わった。
 そこは天気の良い公園のようで、ベンチに一人の老婆が座っている。

「これは君じゃあないのか?」

 源三の声に洋美はモニターに顔を近づけて言った。

「あら、本当! これ私だわ。なんてお婆さんなんでしょう」
「ふーん、年を取っても、君は綺麗だね」

 源三が言うと洋美は顔を赤らめた。
 やがて画面の端から四、五歳の子供が駆け寄ってきた。一目見て分かった。

「この子が僕達の孫のようだ。見てご覧よ。君にそっくりだ」
「本当! 目の辺りなんて私の小さい頃にそっくり」

 二人は楽しくて仕様がなかった。

「じゃあ、いよいよ僕達の子供とご対面と行きますか」
「そうね、楽しみだわ」

 源三は男に五年先を頼んだ。映し出された画面には、今と殆ど変わらない洋美が映っており、小さな女の子の手を引いていた。

「まあ、可愛い。私達の子供は女の子なのね。素敵! 私、女の子が欲しかったの。この子は将来、どんな娘になるのかしら? 興味があるわ」

 男が微笑みながら言った。

「では十五年ほど先を見てみましょう」

 画面にいきなり綺麗な女性が映った。どこかの家の台所で料理をしているようだ。やがて背後から中年の女性が近寄った。

「もしかして、これが私?」

 それは間違いなく未来の洋美であった。

 それから二人は、色々と年月を変えて男に映し出してもらった。
 源三達夫婦には結局二人の子供が生まれるようであった。上が女の子で下が男の子だ。ここで源三はふと気が付いた。

「なあ、僕達の子供の顔は見たんだけど、ちょっと気になる事があるんだ」
「何?」
「映っているのは君だけで、僕はどうしたんだろう? 全然顔を見せないけど」
「そりゃあ、その場にいなかったからじゃないの?」
「そうかな?」

 源三は男に聞いてみた。

「来年の今頃はどうなっていますかね?」

 男が操作した画面には、洋美が見慣れた会社のデスクで仕事をしている姿があった。

「半年後はどうですか?」

 同じだった。そこには友人と喋っている洋美しか映っていない。源三は不愉快になってきた。

「明日だ。明日、明日の僕はどうなっているんだ?」

 男が焦るように日付を入れると、そこには一人うなだれている洋美が映った。

「おい! これはどういう事だ。僕がちっとも映らないじゃあないか。これはペテンだ。詐欺だ!」

 源三は怒りをぶつけるように男の顔を睨みつけた。男からは今までの微笑みは消え、焦りの色がありありと見て取れた。

「いや、そんな、この機械に限って間違いなど今までにはありませんし……一体どういうことなのか私にもさっぱり分かりません」

 男もすっかり慌てているようで、しきりにキーボードに数字を打ち込んでは見るが、画面には洋美しか映らない。

「気分が悪い。洋美さん帰ろう。金は払わないぞ」

 激高した源三は、洋美の手を引っ張って立ち上がり、足早に出て行こうとした時いきなり男が一人飛び込んできた。

「あっ! おまえは営業の松本」

 松本は源三の恋敵で、最後の最後まで洋美の事を諦めなかった奴であった。
 彼の目は恐ろしいほど吊り上り、息も荒く、どうやらずっと二人の後をつけていた様である。

「絶対に洋美さんは渡さない!」

 そう叫ぶ松本の手には光り輝くナイフが握られており、大きく振りかぶるとその切先は源三の心臓に向かい、そして深々と刺さるのであった。

 薄れていく意識の中で源三は思った。

「そうか。俺は今夜死ぬのか。じゃあ、俺が画面に出ないのも当たり前か……待てよ。そうなるとあれは誰の子供なんだ」

 血の海に倒れる源三。そして茫然と立ちすくむ松本。さらにその近くには、洋美を庇うようにしっかりと抱きかかえている探偵社の男の姿があった。

 男の胸に身を預けている洋美の目が、心なしかうっとりしていた。

               ー了ー
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