第16話 一生の長さ
文字数 1,350文字
源三が目覚めた時、目の前には見知らぬ男が必死の形相で立っていた。
「よう、兄弟。起きたかい?」
「あなたは……」
「あなたは……じゃねぇよ。さぁ、急ぐぞ」
そう言われても何が何やら分からない源三は、どうしようもなかった。
「急げと言われても、何を急ぐのですか?」
男は「ちっ! まだ寝ぼけてやがる」とあからさまに舌打ちすると、軽蔑の眼差しを源三に送り、全速力で走り去って行った。
「あいつは何をそんなに急いでいるんだ?」
不思議に思う源三だったが、ふと気がつくと自分の両手が妙にがさつくような気がした。
「あれ? どうしたんだ。急に歳を取ったようだ」
彼がさらに不思議に思って考え込んでいると、背後から強くたたかれ前のめりに転んでしまった。
「何をするんだ。気を付けろ!」
振り向いたそこには源三好みの若い女が目を血走らせて立っていた。
「君は……」
源三の質問は最後まで口にする事は出来なかった。彼女が彼の言葉に被せるようにきつい一言を言ったのである。
「あんた、一人?」
「そうだけど」
「じゃあ、あなたでいいわ。早くやって!」
女は問答無用といきなり服を脱ぎだした。
「な、な、何をするんだ!」
完全に裸になった女は、全く恥ずかしがることなく源三に命令口調で言った。
「あなたも早くしなさい! 時間が無いのよ」
「しなさいと言われても……何をすればいいのですか」
女は「もう! じれったい」と一言叫ぶとさらに言葉を続けた。
「やることは決まっているじゃない。子孫を造ることよ。あなた、少しおかしいんじゃない? 早く……」
今度は女の言葉が続かなかった。
全裸の女は急に老けだし、源三が見ている間に老婆に変身したかと思うとその場に倒れ、その姿はあっと言う間に消えてしまった。
「何がどうなっているんだ?」
茫然とする源三の目にとんでもない景色が飛び込んできた。
彼の周りのあちらこちらで若い男女が全裸で抱き合い、そうでなければ半裸の男や女が何かを求めるように走り回っているのである。
一体何がどうなっているのか全く分からない源三が頭を抱えた時、自分が相当な老人になっていることに気がついた。両手はもう骨と皮になっており、慌てて触った頬の肉も全く削げ落ちてしまっている。恐る恐る手を伸ばした頭には毛髪が一本も無かった。
しかし、そんな変化に驚く暇など無く、彼の体から力が抜けたかと思うと源三は気を失い、その場に倒れ込んでしまった。そしてその体はさっきの女のように消えて行くのであった。
源三の周囲では何組もの男女が獣のようにお互いをむさぼり合い、そしてその行為が終わると満足そうに笑みを浮かべてその場に倒れて消えていくのであった。
一組の男女が消えた後にはなぜか生まれたての赤ん坊が残されており、一声産声を上げたかと思うとすくっと立ちあがり、あれよあれよと言う間に成長していくのだった。
その様子を天空に空いた小さな窓から、片目で覗き込んでいる白衣を着た男が嬉しそうに叫んだ。その手にはストップウォッチが握られていた。
「先生! この細菌の一生は平均二分三十四秒です」
それを聞いた年配の白衣の男が、ニヤリと笑って答えた。
「そうか。売れない小説家の書いた小噺一話分ってとこか……」
-了―
「よう、兄弟。起きたかい?」
「あなたは……」
「あなたは……じゃねぇよ。さぁ、急ぐぞ」
そう言われても何が何やら分からない源三は、どうしようもなかった。
「急げと言われても、何を急ぐのですか?」
男は「ちっ! まだ寝ぼけてやがる」とあからさまに舌打ちすると、軽蔑の眼差しを源三に送り、全速力で走り去って行った。
「あいつは何をそんなに急いでいるんだ?」
不思議に思う源三だったが、ふと気がつくと自分の両手が妙にがさつくような気がした。
「あれ? どうしたんだ。急に歳を取ったようだ」
彼がさらに不思議に思って考え込んでいると、背後から強くたたかれ前のめりに転んでしまった。
「何をするんだ。気を付けろ!」
振り向いたそこには源三好みの若い女が目を血走らせて立っていた。
「君は……」
源三の質問は最後まで口にする事は出来なかった。彼女が彼の言葉に被せるようにきつい一言を言ったのである。
「あんた、一人?」
「そうだけど」
「じゃあ、あなたでいいわ。早くやって!」
女は問答無用といきなり服を脱ぎだした。
「な、な、何をするんだ!」
完全に裸になった女は、全く恥ずかしがることなく源三に命令口調で言った。
「あなたも早くしなさい! 時間が無いのよ」
「しなさいと言われても……何をすればいいのですか」
女は「もう! じれったい」と一言叫ぶとさらに言葉を続けた。
「やることは決まっているじゃない。子孫を造ることよ。あなた、少しおかしいんじゃない? 早く……」
今度は女の言葉が続かなかった。
全裸の女は急に老けだし、源三が見ている間に老婆に変身したかと思うとその場に倒れ、その姿はあっと言う間に消えてしまった。
「何がどうなっているんだ?」
茫然とする源三の目にとんでもない景色が飛び込んできた。
彼の周りのあちらこちらで若い男女が全裸で抱き合い、そうでなければ半裸の男や女が何かを求めるように走り回っているのである。
一体何がどうなっているのか全く分からない源三が頭を抱えた時、自分が相当な老人になっていることに気がついた。両手はもう骨と皮になっており、慌てて触った頬の肉も全く削げ落ちてしまっている。恐る恐る手を伸ばした頭には毛髪が一本も無かった。
しかし、そんな変化に驚く暇など無く、彼の体から力が抜けたかと思うと源三は気を失い、その場に倒れ込んでしまった。そしてその体はさっきの女のように消えて行くのであった。
源三の周囲では何組もの男女が獣のようにお互いをむさぼり合い、そしてその行為が終わると満足そうに笑みを浮かべてその場に倒れて消えていくのであった。
一組の男女が消えた後にはなぜか生まれたての赤ん坊が残されており、一声産声を上げたかと思うとすくっと立ちあがり、あれよあれよと言う間に成長していくのだった。
その様子を天空に空いた小さな窓から、片目で覗き込んでいる白衣を着た男が嬉しそうに叫んだ。その手にはストップウォッチが握られていた。
「先生! この細菌の一生は平均二分三十四秒です」
それを聞いた年配の白衣の男が、ニヤリと笑って答えた。
「そうか。売れない小説家の書いた小噺一話分ってとこか……」
-了―