第8話 パーツショップ

文字数 3,662文字

しばらくお耳を拝借いたします。

最近の医学、科学の進歩には目を見張るものがございまして、なんでも脳以外はいずれ全てが人工の代用品で事足りるようになると言うことだそうでございます。そうなりますと、様々な珍しいことが起こるわけでございまして……

ある男が友人の腕を見て申します。

「おまえの右腕、かっこえぇな」
「ほうか? 流行やねん」
「ちょっと、貸してぇな」
「なんでや、ワシかてようやく手に入れたんやぞ」
「そう言わんと、おまえと俺の仲やないか」
「しゃあないな」

男はぶつぶつ言いながらも、肩口をグリグリと廻し、ポロッと外れた右腕を相手に渡してしまう……いやはや大変な世の中でございますが、このお話はそんな事が当り前になった時代のお話でございます。


ある町に住んでおります源三は、最近どうも体調がよろしくございません。人間誰しも歳をとりますと、あちらこちらが痛んでくるのも仕方の無いことでございます。

「どうも、右目がかすむな……それに左手も痛くはないが違和感がある。おーい洋美! ちょっと来てくれへんか」

洋美さんとは源三の奥方でして、エプロン姿のまま彼の元までやってまいります。

「なんですの? 今日は私も忙しいんですから」
「ちょっと悪いが、俺の右目をのぞいてみてくれへんか? どうもかすんで見えへんねん。何ぞ変わったとこでもあるか?」

源三はそう言って指を使うと、こうやって右目を大きく開けて見せます。奥方は上から覗きこみますが、特別変わった点はございません。

「別に、どこも悪くはないようですけど」
「そうか?」
「そんなに都合が悪いなら、お医者にでも診てもろうたらよろしいがな」
「そやな。餅は餅屋やさかいな」

早めの昼食を二人で済ませますと、奥方は「友達と出かけますから」と、さっさと出かけてしまわれます。源三も馴染みの医者を訪れるわけでございます。

「先生、ちょっと右目と左手の調子が悪いんですが」

源三のかかりつけの医者はまだ若いのですが、腕が立つということで評判の医者でございます。

「それは大変ですな。どれどれ拝見しましょか」

そう言うと医者は視力検査だの眼圧測定などの検査をし、また左手のレントゲン写真や握力テストなど一通りの検査の後、源三を診察室に呼んだのでございます。

「そうですな。特別悪い病気ではないようですな。いつものように処方箋を書きますから、しばらく待っとってください」

内心は安堵する源三でございました。


源三は処方箋を受け取ると近くの商店街へ行くわけでございますが、今や街中は携帯ショップとパーツショップのオンパレード。どこに行きましても『最新』『激安』などの派手なのぼり旗がはためいております。
源三は数軒のパーツショプを覗いた後、ここぞと思う店に入ります。

「ようこそおこしやす。何をお探しで?」

源三が持ってきた処方箋を店の奥から出て来た男に渡しますと、男はそれをじっくりと見て申しました。

「ははぁ、なるほど。分かりました。ではこちらへどうぞ」

男が源三を奥の陳列棚の前まで案内しますと、そこには密閉された容器に一個ずつ入れられた眼球がいくつも並んでおります。

「お客様は、今お使いの眼球はいつ交換なさいましたか?」
「そやな。もう一年前ほどになるやろか」

それを聞くと男は当然だという顔をして申します。

「お客様、大変申し上げにくいのですが、悪いショップに捕まったようでございますな」
「そりゃあ、どういう意味や? これは確かにディスカウント品やけど、これを紹介してくれたんは、そんな悪い店には見えへんかったぞ」
「実はお客様、これの使用期限は三ヶ月前に切れております。ですから見えにくくなるのは当然でございます」

それを聞いた源三は驚きのあまり、大きな目を開けております。

「何! これはあと五年は使えると聞いてたで。それじゃあ詐欺やないか。訴えてやる」

男は憤る源三をなだめるように申します。

「まぁまぁ、お腹立ちはごもっともではございますが、おそらく今、お客様がその店に怒鳴り込まれましても、無理ではないかと思います」
「なんでや!」
「はい、その手の店は稼ぐだけ稼ぐと、とっとと消えてしまいよりますので」
「なんやと! くそっ、いまいましい」

男は怒る源三を横目に、陳列棚から一個の眼球を取り出したのでございます。

「当店は決してそのような事はございません。処方箋どおりのモノをお勧めさせていただいておりますのでご安心を……ところで、こちらなどはいかがでしょうか? これはつい最近入荷しましたものでございます。もちろん、処方箋どおりの商品でございます」

 源三はそれを手に取り、ケースの外からしげしげと眺めますと、まずまずの品でございました。

「試着はできるのか?」
「へぇ、どうぞ、どうぞ」

源三は左手で後ろ頭の髪の毛をかきあげると、右手でいくつか並ぶネジの一つを緩めます。すると右目がポロッとこぼれ落ちてまいりまして、源三はそれをとりあえず男に預け、新しい右目を押し込みます。

「いかがです? かなり鮮明になりましたでしょう」

 男の質問を聞きながら、源三は何回かまばたきをした後、周りの景色を眺めております。

「おーこれはすごい! 今までの見えにくさがウソのようや。何でもはっきりと見えるぞ」

 男は嬉しそうにそんな源三を見ております。

「これはいい。ほな、これ貰うわ」

すぐに気に入ってしまった源三でございました。

「おおきに、ありがとうございます」
「このまま装着して帰るし、前のモンは捨てといてくれるか」
「はい、かしこまりました。では次は左手の方でございますが……」

男は源三を別の棚の前まで案内しますと、そこには手首が二十個ほど並んでございます。

「ひゃあ、これはまた仰山あるなぁ」

源三が棚の端から順番に眺めながらそう言いますと、男はその中から一個を取り出しますとうやうやしく申します。

「これは作家用の手首です。お客様のお仕事が処方箋によりますと、大学の先生ということですので最適かと存じますが」
「そやな、パソコンや原稿用紙に向かうことが多いことを考えれば、良いかもしれんな。早速試着してみよか」

源三は左手首を時計とは反対回しにグリグリと回してまいります。すると少しずつ手首より先が離れて行き、ついにはポロッと取れてしまうのでございました。そして男から新しい左手首を受け取ると、またグリグリとはめていったのでございます。

「ああ、これはええな! 軽うなった感じや」

 源三は左手でグーだのパーだのをひとしきりやってから嬉しそうに申します。

「何か、創作意欲が生まれてきそうやな」
「それは、それは……これになさいますか?」

男が満面の笑みを浮かべて源三に申しました。

「うん、これをもらおか。前の手はまだ使えそうやから、下取りでええか?」
「かしこまりました」

源三が右目も左手も、以前に比べると格段に使い良いことに満足しておりますと、男が商売気たっぷりの眼差しで源三にすり寄ってまいります。

「お客様、ついでに心臓もいかがです? 今なら五十年保障が付いておりますし、いざという時の宅配サービスも行っておりますが」

しかし、源三はその手には乗らないという顔で男に申しました。

「君も商売上手やな。せやけど残念ながら心臓は結構だ。他の臓器も含めて私はリース契約を結んでんねん。定期的に新品と交換しているから大丈夫なんや」

それを聞くと男は、さも残念そうに苦笑いを浮かべまして申します。

「左様でございますか。それならば仕方がございませんな。ほな次の機会ということで」

源三は支払いを済ますと足取りも軽く家に帰るでございました。
しかし源三が家に帰って、玄関を開けますと思わず声を上げるのでございます。

「うわっ! おまえは誰や」

そこには純和風の女がにっこりと微笑んでおりました。

「私よ、わ・た・し」

源三にはその声のイントネーションに聞き覚えはございましたが、一応は尋ねたのでございます。

「もしかして洋美か?」
「そうよ。何を驚いてんの。どう? 素敵でしょ。今日友達とショップ周りしてたら、ええのがあって、気に入っちゃったから買っちゃった。少し年代物やけど懐かしい感じがしてえぇでしょ」

無邪気に笑う洋美さんでございますが、当の源三はと申しますとえらい困り顔で。

「なあ、洋美。前にも言うたけど、顔を替えるときは前もって言うといてもらわんと困るがな。いきなり別の顔で来られても、おまえやと分からんやないか。それにしてもおまえはよう替えるなぁ。今年になってて何回目や?」
「まだたったの六回やないの。これくらいは少ない方やで。だって今日一緒に行った友達なんか、毎週替えてんのよ。あんたもその方が楽しいでしょ? ウフッ、刺激があって」

妙に色っぽく腰をくねらす奥方に、困り顔の源三が申します。

「そりゃまあ、そうかもしれんけど。その顔はちょっと……なぁ」

洋美さんが買い替えた顔は、若くして亡くなった源三の母親の顔だったのでございます。

お粗末さまでございました。

                           ―了―
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