第13話 ナビゲーション

文字数 2,541文字

 源三は営業マンだった。
 彼の仕事は全国の銭湯を廻って『風呂桶』を売ることだった。ただ最近は銭湯自体が激減しており、どこに目的の銭湯があるのかいつも分厚い銭湯専門地図を広げては頭を捻っていた。しかし、最近になってそれ自体が鬱陶しくなったので、思い切ってナビを購入する事にした。

 源三は目に留まったカーショップで、並んでいるナビを物色していた。一人の店員が近づいてきて、妙に馴れ馴れしく言った。

「ナビをお探しですか?」
「そうなんだ。あれこれ探しているんだが、なかなか良い物が見つからなくてね。銭湯だけをピックアップして示してくれるナビはないかな?」

 店員は頭を掻きながら答えた。

「さすがに銭湯は無理ですが、こちらなどはいかがですか?」

 そう言って店員は銀色に輝く一台を差し出した。

「これはどんな特徴があるんだ?」
「これは最新型の一つで、目的地を打ち込むと最も早い道を瞬時に探すのはもちろん。仮に通行止めが発生していても、自動的にデータを収集して迂回路を探します」
「ほう、それは便利だな。でも、それくらいならどの機種にも付いているんじゃあないか。もっとすごいヤツは無いのか」

 店員は紫色の別の一台を差し出した。

「それでは、これなどいかがでしょう。これはお客様が運転に退屈すると歌を歌います。すばらしいでしょう」
「いや、かえって気が散るというものだ、勘弁してくれ」

 店員はもったいないという顔をして片付けた。そのうち、源三は棚の奥に隠すように飾ってあるナビに気が付いた。

「おい君、あの棚の隅にあるナビを見せてくれ」
「あれ、ですか?」

 店員はどこか口ごもって言った。源三はその態度を見てますます興味が湧いてきた。

「あれを見せてくれ、どうも隠すように置いてあるのが気になる」

 店員は渋々そのナビを棚から下ろし、源三の前に置いた。見た目は普通のナビだった。

「これはどんな特徴があるんだ?」

 源三の質問に店員は驚くことを言った。

「お客様、ここだけのお話ですが、このナビは今までに無い、全く異なる、スーパーナビなのです」

 源三は嬉しくなった。

「そら見ろ。探せばどこかに掘り出し物はあるはずなんだ。教えてくれ、これはどんなにすばらしいんだ」

 店員は声を細くし、他には聞こえないように言った。

「実はこのナビの最大の特徴は、目的地をセットして、この『移動』ボタンを押すと、その目的地までワープするのです」
「ワープ? あの、未来ロケットが持つかもしれない。あのワープ航法のことか」
「そうです」
「運転しなくてもいいのか?」
「そうです」
「すばらしい!」

 源三は思わず絶叫した。
「なんてすばらしいんだ。こんな高機能があったなんて知らなかった。これさえあれば、全国どこでもあっという間に行けるじゃあないか、なぜ大々的に宣伝しないんだ?」

 店員は申し訳なさそうに、頭をかきながら答えた。

「まぁ、色々とございまして……」
「そうか。でもまぁいい、これを買おう」

 源三はもうこれしかないと言う気持ちになっていた。しかし、店員はあまり嬉しそうな表情は見せなかった。
「本当にこれでよろしいのですか」

「あぁ、これほどすばらしいタイプは無い。早速にも車に取り付けてくれ」
「そこまでお客様が仰るのならお売りしますが、後から文句を言わないでくださいよ」
「そんな事があるものか。便利になって文句を言うヤツの方がおかしい」
「では少々お待ちください」

 そう言うと店員は、そのナビを取り付けにガレージに入っていった。三十分後、店員が戻ってきて源三に言った。

「取り付けは終わりました。テストしてみましたが問題はないようです」
「そうか、ありがとう」
「お客様、何度も申しますが、後から決してクレーム等をつけないでくださいよ。それから、説明書はよく読んでください」
「分かった、分かった」

 話半分の源三であった。彼はとりあえず家に帰ると駐車場に車を停め、早速スイッチを入れてみた。ポンと言う軽い電子音と共に明るい画面が開いた。操作パネルはそれほど複雑ではなく、面倒くさい説明書など読まなくても扱えそうだ。

「さぁ、どこに行ってみようかな?」

 源三は色々考えた末、一番遠い所にある銭湯の住所を打ち込んだ。いつもならどんなに車をとばしても七時間はかかる遠方だ。画面には「しばらくお待ちください」と言う表示が続き、それが消えると女性の声でアナウンスが流れた。

「XX県XX市XX町X丁目XX番地、○○銭湯ですね。セットしました。所要時間は六時間三十分になります」
「六時間半がなんだ、これさえあればもう苦労なしだ、へへへ」

 彼は胸をときめかせながら『移動』ボタンを押した。一分経ったが何も起こらない。二分経っても何も変わらない。

「どうしたんだ。何も起こらないぞ」

『移動』ボタンを何度か押してみるが、いっこうにワープしない。

「ハハア、さてはあの店員は俺を騙したな。それで何度も文句を言うなと言ったんだ」

 怒った源三はあの店に文句の電話をかけた。応対に出たあの店員に、源三は怒鳴った。

「おい! 俺を騙したな。こんないい加減な物を売りやがって、全然ワープしないじゃあないか」
しかし、店員はあたかもそれが当然のように言った。
「だから最初から文句を言わないで下さいって言ったじゃあないですか。しょうがないですね。お各様は説明書をお読みになりましたでしょうか?」
「そんな物読むか! これくらいのナビの操作なら子供でも出来るぞ」
「では、説明書の五ページをご覧ください。ちゃんと書いてありますから」
「説明書の五ページだと、何々、『このボタンを押すと、目的地までワープします。それにかかる時間は最初のアナウンスでお伝えした時間です』だと? それじゃあナビが六時間三十分と言ったら、ワープするのにそれだけかかると言う事か」
「はい、そういうことです。」
「それじゃあ車で行くのとほぼ同じじゃないか!」
「そうでしょうか? 運転する手間が省けるだけでも、随分と便利だと思いますが」

 源三が店員の説明を聞いているうちに、彼の車のバンパー部分がわずかに透けるように消え始めていた。                       

                                ―了―
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