第11話 勝手にしろ!
文字数 4,343文字
源三は今、悲しみの中にあった。
長年闘病生活を送っていた父親がついに亡くなったのである。病室に着くと、すでに遺体は清められており、傍らに母親が放心状態で座っていた。
「母さん」
源三が声をかけると、今までこらえていた悲しみが弾けたのか、母親は涙と鼻水でグズグズになった顔を彼に持たれ掛けてきた。
「源三! お父さんが、お父さんが……死んで、この世が……明日、帰れると信じて……○▲*$%」
かなり気が動転しているようで何を言っているのか分からなかった。
泣き崩れる母親をなだめていると、頭髪を見事に七・三に分けたいかにも気の弱そうな男が近づいてきた。
「あのぅ。源三様でしょうか」
「そうですが」
男は一枚の名刺を差し出した。
「この度はご愁傷さまでございます。今回お世話させていただくニコニコ葬儀でございます。」
「ああ、それはどうも、お世話になります」
源三が頭を下げると、彼は数冊のパンフレットを差し出した。
「早速ではございますが、通夜、葬儀の段取りなどを簡単にお話させていただきたいのですが」
源三は、改めて自分が喪主という立場に置かれた事を思い知らされた。葬儀屋は源三を廊下まで呼び出し、あれやこれやと話し始めた。
「つきましては、こちらをご覧頂きたいのですが」
彼が開いたパンフレットには、この葬儀屋が行っている互助会制度の話が載っていた。
「今、このままご葬儀となりますと、色々とご入用も多くなりますが、こちらの互助会にご入会いただきますと、なんとその日から三割引きでのご利用が可能になります。この機会にぜひお考えいただけないでしょうか?」
「いや、機会も何も、今まで何もしてこなかったのに、いきなり入会してそんなサービスが受けられるのですか? それが出来るのならありがたい」
「その通りでございます」
源三は父親の葬儀をケチるつもりは無かったのだが、はっきり言って使い切りの物に大金を叩くのには多少の抵抗感があったのである。
「じゃあお願いします」
「はっ、ありがとうございます。では、こちらが申込書でございます。詳細は全ての日程が終わりましてからと……言う事でよろしゅうございますか」
「そうしてください」
その後二人は通夜、告別式の大まかな所の打ち合わせをするのだった。
源三と母親が遺体と共に実家に着くと町会長と婦人部長とかいう二人が来ていて、源三の顔を見るなり彼が叫んだ。
「おぉ、源三でないかい! しばらくやのぅ」
この男は近所で造り酒屋をやっている御仁で、今は楽隠居の身だと言う。
「あれまぁ、源三ちゃんかいな! いろいろ大変やったねぇ」
婦人部長である。昔はもっと痩せていて結構いい女だったらしいが、今は見る影も無い。
「お二人とも、ご無沙汰しています。今回は色々とお世話かけますが、よろしくお願いします」
源三が頭を下げると、町会長がまるで我が家のように振舞う。
「さぁ、さぁ、まずは仏さんに入ってもらわにゃ」
表では葬儀屋がいつ動いて良いものか分からず、オロオロしていた。
父親の遺体を座敷に上げようとすると町会長が「待て、待て!」と声を上げた。
「えーと、北はどっちやったかな?」
「こっちや、こっちや」
婦人部長が指差すと彼は、今度は「うーん」と唸った。
「これはまずいな。こっちだと寺に足を向けることになる。これはまずい」
源三は、葬儀には地方ごとに独特の風習があると聞いてはいたが、まさか自分の身近にもこんな風習があるとは思わなかった。
「町会長さん、僕はここを離れていたので知りませんが、そんな事まで考えるのですか?」
彼は「当たり前だ」と言わんばかりの顔をして源三を睨んだ。
町会長と婦人部長が「ああだ、こうだ」と話し込んでいると声が聞こえた。
「あのぅ。すいませんが、どちらにお運びすればよろしいので」
そこには一人で父の遺体を抱きかかえ、汗びっしょりで立っている葬儀屋がいた。
結局、なんとか源三が折り合いをつけ、父親はやっと我が家に落ち着く事になった。
この頃になって、知らせを聞いて駆けつけた叔父と叔母が到着した。しばらくは涙の対面だったが、落ち着いた後、叔父が聞いてきた。
「源三、通夜、告別式はどこの会館を借りるのだ?」
「葬儀屋さんに任せてあります」
源三が答えると、横から町会長が口を挟んで来た。
「会館? バカな事を言うもんじゃねえ !通夜も葬式もここに決まっとる」
「えっ! ここで? 今時、そんな面倒な事はしないでしょう」
叔父が町会長に食って掛かると、彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「だから最近の若いもんは何も知らんと言うんじゃ! ワシらは今までずぅーっとそうして来たんじゃ! 伝統なんじゃ」
婦人部長も目を吊り上げている。
「そうよ、そうよ! いくら身内かもしれんけど、ここにはここのやり方ってのがあるんですからね!」
叔父も黙ってはいない。
「あんたら他人だろ! こっちの話に口を出すな」
もう一触即発状態である。
「まぁ、まぁ」
なんとか源三が間をとりなし、母親の意見で実家から送り出す事になった。それを聞いた町会長と婦人部長はまるで鬼の首を取ったかのような顔をしていた。やがて坊主が到着し、皆が揃うのを待って枕経が始まった。
その日の晩、座敷で通夜が始まろうとしていた。
もう後三十分で開式という時に、町会長が血相を変えて飛んできた。
「源三! あれは何だ」
彼には何が何だかさっぱり分からない。
「何かまずい事でもありましたか?」
「おまえ! あの花輪の順番はなんだ。村長よりおまえの会社の花輪が前に出ているじゃあないか!」
「いけませんか?」
「いけませんかじゃあないだろう! 村長が先になるのが当たり前じゃ! そんな事も知らんのか!」
「いや、僕は村長さんとは面識がないので……それに花輪なんてどんな風に並べても同じじゃあないですか?」
「バカ者! つべこべ言わずにすぐに直せ!」
源三は葬儀屋に「今からですか」などと、嫌な顔をされながらも、なんとか頼み込んだ。
さすがに父親は人望が厚かったのか、近隣の村々から多くの弔問客が来てくれた。しかし、そんな多くの人間を見て最も嬉々としていたのは、他でもない町会長だった。どうも、彼が次の町長選挙に出るというのは、あながち噂だけではないようだった。
なんとか通夜も終わり、最後の客が帰ってしばらくすると、葬儀屋が大きな包みを持ってきた。
「これは何ですか」
源三が聞くと、彼は「おにぎりです。」と言った。包みは全部で六つもあり、おにぎりが百個、精進料理の詰め合わせが三十人分もあった。
「誰がこんなに頼んだんだ? 第一、誰がこんなに食うんだ」
源三が葬儀屋に詰め寄っていると、まず町会長がやってきた。
「おぉ、今着いた所か。丁度良かった」
どうやら彼が勝手に注文したようだった。
「町会長さん、困りますよ。こんな事をされたら」
「何を言っているんだ。親父の供養をしてやろうとしているだけだ。そうそう、支払いは葬儀費用にまとめといてくれ」
「えっ! これ全部、僕達の払いなんですか?」
「当たり前じゃ」
源三はだんだん腹が立ってきた。
『こいつら、親父の葬式にかこつけて好き勝手をやっているんじゃないか?』
やがてさっき帰ったばかりの婦人部長や近所の連中が喪服を脱いで軽い服装で次々訪れ、それぞれの手に酒だのウイスキーだのを持ち込み、大宴会が始まった。源三の元には、それらの請求書が溜まって行った。
始まった宴会は仕方がない。源三はこれも供養かもしれないと、つのるイライラ感をなんとか押さえながら、客の間を歩き回り、引きつった笑いで労をねぎらって回った。
そのうち、座敷の隅のほうで罵声が飛び交うようになった。何が始まったのだと源三が近寄ると、町会長と叔父が何やら小さな紙切れを振り回しながら、怒鳴りあっている。
「何があったのですか?」
源三が訊くと、叔父が「ふぅふぅ……」と、息も荒く答えた。
「今、明日の葬式の焼香順を決めているんだが、この『分からず屋』がおかしな事を言い出すんだ」
「何が分からず屋じゃ! 道理を知らんのはそっちじゃ」
彼らは、紙切れに名前を書き、それを焼香の順番に貼り付けていたのだった。
「だから、何が気に入らないんですか? 何が原因なのですか」
源三は叔父に聞いた。
「やっぱり一番最初は強欲党の国会議員、腹黒先生だ。あの先生をおいて他にはいない」
「何を言うか。最初は金銭党の玉の輿先生に決まっとる」
町会長も必死である。源三はうんざりした。国会議員なんて電報を打つくらいで来もしないのに、何故こうも揉めるのか。
「二人ともいいじゃないですか。もし、どうしても決めたいのなら、明日の葬儀に本当に来ていただける方を最初にしましょう」
源三がそう言うと、さすがに二人とも黙ってしまった。
「じゃあ、今後は喪主の僕が判断しますから、もう揉めないで下さい。夜も遅いのですから」
二人はまだ言い足りない事があるようだったが、なんとかその場は収まった。ところが今度は反対側の座敷の隅で、女達の戦いが始まっていた。
「何を言っているの、ここはカメちゃんの席でしょうが」
「バカ言うんじゃないよ! ここはツルさんに決まっているでしょ」
『今度は何が始まったのだ』
源三はもう半ばあきれていた。何故こんな細かな事で揉めなければならないのか、全く理解に苦しんでいた。今度の争いは、斎場から帰った後の食事会の席順だった。
婦人部長と隣のおばさんとの争いだった。
「この仏さんと一番親しかったのはカメちゃんの旦那なんだよ。もう死んでいるけど……でも、だからと言ってカメちゃんを下座にするのは、絶対におかしいわ!」
婦人部長は酔った勢いもあるのか、赤い顔で叫んでいる。隣のおばさんは、やや年上なので少しは冷静なのだが、目じりが興奮でピクピク動いている。
「あのね。死んだ人の顔をいちいち立てていたら、話にならないわ。ツルさんの旦那はまだ生きているのよ。寝たきりだけど……だったら、ツルさんに座ってもらうのが筋じゃあないの?」
源三にはもうツルだろうが、カメだろうが、どうでも良かった。
するとさっき火の手が収まった叔父と町会長の戦いが、また始まった。
「この人は従兄弟の嫁の実家の長男だから先だ!」
「何を言うか! こっちは長男の従兄弟の義理の親父だぞ。こっちに決まっているだろう!」
その時、源三の携帯電話が鳴った。葬儀屋からだった。
「あのぅ、夜分にすいませんが、弔電を百通ほどこちらでお預かりしているのですが、明日の葬儀の時に読みますので順番を……」
源三は思わず電源を切って叫んだ。
「勝手にしろ!」
― 了 ―
長年闘病生活を送っていた父親がついに亡くなったのである。病室に着くと、すでに遺体は清められており、傍らに母親が放心状態で座っていた。
「母さん」
源三が声をかけると、今までこらえていた悲しみが弾けたのか、母親は涙と鼻水でグズグズになった顔を彼に持たれ掛けてきた。
「源三! お父さんが、お父さんが……死んで、この世が……明日、帰れると信じて……○▲*$%」
かなり気が動転しているようで何を言っているのか分からなかった。
泣き崩れる母親をなだめていると、頭髪を見事に七・三に分けたいかにも気の弱そうな男が近づいてきた。
「あのぅ。源三様でしょうか」
「そうですが」
男は一枚の名刺を差し出した。
「この度はご愁傷さまでございます。今回お世話させていただくニコニコ葬儀でございます。」
「ああ、それはどうも、お世話になります」
源三が頭を下げると、彼は数冊のパンフレットを差し出した。
「早速ではございますが、通夜、葬儀の段取りなどを簡単にお話させていただきたいのですが」
源三は、改めて自分が喪主という立場に置かれた事を思い知らされた。葬儀屋は源三を廊下まで呼び出し、あれやこれやと話し始めた。
「つきましては、こちらをご覧頂きたいのですが」
彼が開いたパンフレットには、この葬儀屋が行っている互助会制度の話が載っていた。
「今、このままご葬儀となりますと、色々とご入用も多くなりますが、こちらの互助会にご入会いただきますと、なんとその日から三割引きでのご利用が可能になります。この機会にぜひお考えいただけないでしょうか?」
「いや、機会も何も、今まで何もしてこなかったのに、いきなり入会してそんなサービスが受けられるのですか? それが出来るのならありがたい」
「その通りでございます」
源三は父親の葬儀をケチるつもりは無かったのだが、はっきり言って使い切りの物に大金を叩くのには多少の抵抗感があったのである。
「じゃあお願いします」
「はっ、ありがとうございます。では、こちらが申込書でございます。詳細は全ての日程が終わりましてからと……言う事でよろしゅうございますか」
「そうしてください」
その後二人は通夜、告別式の大まかな所の打ち合わせをするのだった。
源三と母親が遺体と共に実家に着くと町会長と婦人部長とかいう二人が来ていて、源三の顔を見るなり彼が叫んだ。
「おぉ、源三でないかい! しばらくやのぅ」
この男は近所で造り酒屋をやっている御仁で、今は楽隠居の身だと言う。
「あれまぁ、源三ちゃんかいな! いろいろ大変やったねぇ」
婦人部長である。昔はもっと痩せていて結構いい女だったらしいが、今は見る影も無い。
「お二人とも、ご無沙汰しています。今回は色々とお世話かけますが、よろしくお願いします」
源三が頭を下げると、町会長がまるで我が家のように振舞う。
「さぁ、さぁ、まずは仏さんに入ってもらわにゃ」
表では葬儀屋がいつ動いて良いものか分からず、オロオロしていた。
父親の遺体を座敷に上げようとすると町会長が「待て、待て!」と声を上げた。
「えーと、北はどっちやったかな?」
「こっちや、こっちや」
婦人部長が指差すと彼は、今度は「うーん」と唸った。
「これはまずいな。こっちだと寺に足を向けることになる。これはまずい」
源三は、葬儀には地方ごとに独特の風習があると聞いてはいたが、まさか自分の身近にもこんな風習があるとは思わなかった。
「町会長さん、僕はここを離れていたので知りませんが、そんな事まで考えるのですか?」
彼は「当たり前だ」と言わんばかりの顔をして源三を睨んだ。
町会長と婦人部長が「ああだ、こうだ」と話し込んでいると声が聞こえた。
「あのぅ。すいませんが、どちらにお運びすればよろしいので」
そこには一人で父の遺体を抱きかかえ、汗びっしょりで立っている葬儀屋がいた。
結局、なんとか源三が折り合いをつけ、父親はやっと我が家に落ち着く事になった。
この頃になって、知らせを聞いて駆けつけた叔父と叔母が到着した。しばらくは涙の対面だったが、落ち着いた後、叔父が聞いてきた。
「源三、通夜、告別式はどこの会館を借りるのだ?」
「葬儀屋さんに任せてあります」
源三が答えると、横から町会長が口を挟んで来た。
「会館? バカな事を言うもんじゃねえ !通夜も葬式もここに決まっとる」
「えっ! ここで? 今時、そんな面倒な事はしないでしょう」
叔父が町会長に食って掛かると、彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「だから最近の若いもんは何も知らんと言うんじゃ! ワシらは今までずぅーっとそうして来たんじゃ! 伝統なんじゃ」
婦人部長も目を吊り上げている。
「そうよ、そうよ! いくら身内かもしれんけど、ここにはここのやり方ってのがあるんですからね!」
叔父も黙ってはいない。
「あんたら他人だろ! こっちの話に口を出すな」
もう一触即発状態である。
「まぁ、まぁ」
なんとか源三が間をとりなし、母親の意見で実家から送り出す事になった。それを聞いた町会長と婦人部長はまるで鬼の首を取ったかのような顔をしていた。やがて坊主が到着し、皆が揃うのを待って枕経が始まった。
その日の晩、座敷で通夜が始まろうとしていた。
もう後三十分で開式という時に、町会長が血相を変えて飛んできた。
「源三! あれは何だ」
彼には何が何だかさっぱり分からない。
「何かまずい事でもありましたか?」
「おまえ! あの花輪の順番はなんだ。村長よりおまえの会社の花輪が前に出ているじゃあないか!」
「いけませんか?」
「いけませんかじゃあないだろう! 村長が先になるのが当たり前じゃ! そんな事も知らんのか!」
「いや、僕は村長さんとは面識がないので……それに花輪なんてどんな風に並べても同じじゃあないですか?」
「バカ者! つべこべ言わずにすぐに直せ!」
源三は葬儀屋に「今からですか」などと、嫌な顔をされながらも、なんとか頼み込んだ。
さすがに父親は人望が厚かったのか、近隣の村々から多くの弔問客が来てくれた。しかし、そんな多くの人間を見て最も嬉々としていたのは、他でもない町会長だった。どうも、彼が次の町長選挙に出るというのは、あながち噂だけではないようだった。
なんとか通夜も終わり、最後の客が帰ってしばらくすると、葬儀屋が大きな包みを持ってきた。
「これは何ですか」
源三が聞くと、彼は「おにぎりです。」と言った。包みは全部で六つもあり、おにぎりが百個、精進料理の詰め合わせが三十人分もあった。
「誰がこんなに頼んだんだ? 第一、誰がこんなに食うんだ」
源三が葬儀屋に詰め寄っていると、まず町会長がやってきた。
「おぉ、今着いた所か。丁度良かった」
どうやら彼が勝手に注文したようだった。
「町会長さん、困りますよ。こんな事をされたら」
「何を言っているんだ。親父の供養をしてやろうとしているだけだ。そうそう、支払いは葬儀費用にまとめといてくれ」
「えっ! これ全部、僕達の払いなんですか?」
「当たり前じゃ」
源三はだんだん腹が立ってきた。
『こいつら、親父の葬式にかこつけて好き勝手をやっているんじゃないか?』
やがてさっき帰ったばかりの婦人部長や近所の連中が喪服を脱いで軽い服装で次々訪れ、それぞれの手に酒だのウイスキーだのを持ち込み、大宴会が始まった。源三の元には、それらの請求書が溜まって行った。
始まった宴会は仕方がない。源三はこれも供養かもしれないと、つのるイライラ感をなんとか押さえながら、客の間を歩き回り、引きつった笑いで労をねぎらって回った。
そのうち、座敷の隅のほうで罵声が飛び交うようになった。何が始まったのだと源三が近寄ると、町会長と叔父が何やら小さな紙切れを振り回しながら、怒鳴りあっている。
「何があったのですか?」
源三が訊くと、叔父が「ふぅふぅ……」と、息も荒く答えた。
「今、明日の葬式の焼香順を決めているんだが、この『分からず屋』がおかしな事を言い出すんだ」
「何が分からず屋じゃ! 道理を知らんのはそっちじゃ」
彼らは、紙切れに名前を書き、それを焼香の順番に貼り付けていたのだった。
「だから、何が気に入らないんですか? 何が原因なのですか」
源三は叔父に聞いた。
「やっぱり一番最初は強欲党の国会議員、腹黒先生だ。あの先生をおいて他にはいない」
「何を言うか。最初は金銭党の玉の輿先生に決まっとる」
町会長も必死である。源三はうんざりした。国会議員なんて電報を打つくらいで来もしないのに、何故こうも揉めるのか。
「二人ともいいじゃないですか。もし、どうしても決めたいのなら、明日の葬儀に本当に来ていただける方を最初にしましょう」
源三がそう言うと、さすがに二人とも黙ってしまった。
「じゃあ、今後は喪主の僕が判断しますから、もう揉めないで下さい。夜も遅いのですから」
二人はまだ言い足りない事があるようだったが、なんとかその場は収まった。ところが今度は反対側の座敷の隅で、女達の戦いが始まっていた。
「何を言っているの、ここはカメちゃんの席でしょうが」
「バカ言うんじゃないよ! ここはツルさんに決まっているでしょ」
『今度は何が始まったのだ』
源三はもう半ばあきれていた。何故こんな細かな事で揉めなければならないのか、全く理解に苦しんでいた。今度の争いは、斎場から帰った後の食事会の席順だった。
婦人部長と隣のおばさんとの争いだった。
「この仏さんと一番親しかったのはカメちゃんの旦那なんだよ。もう死んでいるけど……でも、だからと言ってカメちゃんを下座にするのは、絶対におかしいわ!」
婦人部長は酔った勢いもあるのか、赤い顔で叫んでいる。隣のおばさんは、やや年上なので少しは冷静なのだが、目じりが興奮でピクピク動いている。
「あのね。死んだ人の顔をいちいち立てていたら、話にならないわ。ツルさんの旦那はまだ生きているのよ。寝たきりだけど……だったら、ツルさんに座ってもらうのが筋じゃあないの?」
源三にはもうツルだろうが、カメだろうが、どうでも良かった。
するとさっき火の手が収まった叔父と町会長の戦いが、また始まった。
「この人は従兄弟の嫁の実家の長男だから先だ!」
「何を言うか! こっちは長男の従兄弟の義理の親父だぞ。こっちに決まっているだろう!」
その時、源三の携帯電話が鳴った。葬儀屋からだった。
「あのぅ、夜分にすいませんが、弔電を百通ほどこちらでお預かりしているのですが、明日の葬儀の時に読みますので順番を……」
源三は思わず電源を切って叫んだ。
「勝手にしろ!」
― 了 ―