第10話 公務員
文字数 1,707文字
源三はありふれたサラリーマンだった。
今日も仕事を終え、家に帰るとポストがまた郵便物で一杯になっていた。
「毎日毎日飽きもせずよく届くものだ」
彼がそう思うのも無理のない話だった。一日平均して十通もの手紙やら葉書やらが山のように届いているのである。
「今日は一体どこからだ?」
源三は片手でわしづかみにして郵便物を部屋に持ち込むと、テーブルの上に並べ始めた。
「何々、自動車税のお知らせに、水道料金の明細、国営テレビ振り替え案内? いちいちこんな物を送ってくるな! じゃまになって仕方がない」
彼はほとんどをチラッと見ただけで、次から次へ破り捨てていった。そのうち差出人が市役所の年金課という葉書が出てきた。源三は何事かと思い、急いで書いてある中身に目を通した。
「源三殿、支払い年金の計算に間違いがありますので、この葉書と身分証明できる物、印鑑を持って窓口へおいでください? 役所が勝手に間違えて、なぜ俺が出向かなければならないんだ。まったく面倒なことをしやがって」
彼はブツブツ言いながらも、将来の年金のことである。行かなければならないだろうと思うのだった。
翌日、源三は昼休みに持って来いと書かれた物を持って市役所の窓口まで行った。
「あのぅ、すいません。こんな葉書が来たんですけど」
応対に出たのは自分と同じ歳か、少し下ぐらいに見える女だった。
「はい、これですね。ではこちらの書類に記入してください。印鑑はお持ちですね?」
「はい」
源三は女の言われたとおりに記入し、印鑑を押した。
「けっこうです。ではそれを持って十三番窓口に行ってください」
源三が一三番窓口まで行き、誰もいないので声をかけると、さっきの女が出てきた。
「あのぅ、この書類をここまで持ってくるように言われたんですけど」
源三がそう言って書類を出すと、女はそれを確認するように眺めてから「身分証明書はありますか?」と尋ねた。
「はい、運転免許証でよいでしょうか?」
「結構ですよ」
女はそれを受け取るとコピーを取り、源三に返してくれた。彼は一体何が間違いだったのか知りたくなったので、女に尋ねてみた。
「私の年金計算に、どんな間違いあったのでしょうか?」
女はにっこり微笑んで言った。
「大した事ではないのですが、今のままだと、将来あなたの年金がわずかですが少なくなってしまいます。それではあなたも納得できないでしょう?」
「それは大変だ。いったい幾らぐらい少なくなっていたのですか?」
「そうですね。年額にして約百五十円ほどでしょうか」
それを聞いた源三は腹がたってきた。
「そんな金額のために、わざわざ呼びつけたんですか? それくらいのことなら、そのままにしておいてもらっても良かったんですよ。私も暇な人間じゃないんですからね」
彼が一気にまくしたてると、女は意外な顔をしたあと、源三以上に目をつりあげて怒鳴るように言った。
「何を言ってるんですか! あなたの為を思って、こっちは知らせてあげたんですよ。それを何ですか。まるでこっちが悪いような言い方をして……だからあなたはいい加減だと言うんです」
それを聞いた源三も黙ってはいられない。
「なんだと! こっちが下手に出ていれば、好き勝手なことを言いやがって。第一、これが初めてじゃないだろう! 先週も、先々週も何だかんだと理由をつけては呼び出したじゃないか。それでまともな仕事をしていると言えるのか?」
それから二人は延々とお互いを罵倒しあった。
三十分もしたころ、さすがに二人とも息が上がってきたのか、ついに源三の方が折れてしまった。
「はぁはぁ……もうやめようぜ洋美。いつもこれじゃあ疲れてしまう」
洋美と呼ばれた女も息を切らせながら彼に言った。
「そうね、むなしくなるものね。でも、あなたも少し言いすぎよ。来月はあなたが公務員の番だから少しは考えてね」
「ああ、分かったよ。でも、こんな状態でも公務員って必要なのか?」
「当り前じゃない。公務員がいないと世の中が回らないのよ」
「それは、そうかもしれないけど……」
二人は地球上に残された最後の人間だった。
―了―
今日も仕事を終え、家に帰るとポストがまた郵便物で一杯になっていた。
「毎日毎日飽きもせずよく届くものだ」
彼がそう思うのも無理のない話だった。一日平均して十通もの手紙やら葉書やらが山のように届いているのである。
「今日は一体どこからだ?」
源三は片手でわしづかみにして郵便物を部屋に持ち込むと、テーブルの上に並べ始めた。
「何々、自動車税のお知らせに、水道料金の明細、国営テレビ振り替え案内? いちいちこんな物を送ってくるな! じゃまになって仕方がない」
彼はほとんどをチラッと見ただけで、次から次へ破り捨てていった。そのうち差出人が市役所の年金課という葉書が出てきた。源三は何事かと思い、急いで書いてある中身に目を通した。
「源三殿、支払い年金の計算に間違いがありますので、この葉書と身分証明できる物、印鑑を持って窓口へおいでください? 役所が勝手に間違えて、なぜ俺が出向かなければならないんだ。まったく面倒なことをしやがって」
彼はブツブツ言いながらも、将来の年金のことである。行かなければならないだろうと思うのだった。
翌日、源三は昼休みに持って来いと書かれた物を持って市役所の窓口まで行った。
「あのぅ、すいません。こんな葉書が来たんですけど」
応対に出たのは自分と同じ歳か、少し下ぐらいに見える女だった。
「はい、これですね。ではこちらの書類に記入してください。印鑑はお持ちですね?」
「はい」
源三は女の言われたとおりに記入し、印鑑を押した。
「けっこうです。ではそれを持って十三番窓口に行ってください」
源三が一三番窓口まで行き、誰もいないので声をかけると、さっきの女が出てきた。
「あのぅ、この書類をここまで持ってくるように言われたんですけど」
源三がそう言って書類を出すと、女はそれを確認するように眺めてから「身分証明書はありますか?」と尋ねた。
「はい、運転免許証でよいでしょうか?」
「結構ですよ」
女はそれを受け取るとコピーを取り、源三に返してくれた。彼は一体何が間違いだったのか知りたくなったので、女に尋ねてみた。
「私の年金計算に、どんな間違いあったのでしょうか?」
女はにっこり微笑んで言った。
「大した事ではないのですが、今のままだと、将来あなたの年金がわずかですが少なくなってしまいます。それではあなたも納得できないでしょう?」
「それは大変だ。いったい幾らぐらい少なくなっていたのですか?」
「そうですね。年額にして約百五十円ほどでしょうか」
それを聞いた源三は腹がたってきた。
「そんな金額のために、わざわざ呼びつけたんですか? それくらいのことなら、そのままにしておいてもらっても良かったんですよ。私も暇な人間じゃないんですからね」
彼が一気にまくしたてると、女は意外な顔をしたあと、源三以上に目をつりあげて怒鳴るように言った。
「何を言ってるんですか! あなたの為を思って、こっちは知らせてあげたんですよ。それを何ですか。まるでこっちが悪いような言い方をして……だからあなたはいい加減だと言うんです」
それを聞いた源三も黙ってはいられない。
「なんだと! こっちが下手に出ていれば、好き勝手なことを言いやがって。第一、これが初めてじゃないだろう! 先週も、先々週も何だかんだと理由をつけては呼び出したじゃないか。それでまともな仕事をしていると言えるのか?」
それから二人は延々とお互いを罵倒しあった。
三十分もしたころ、さすがに二人とも息が上がってきたのか、ついに源三の方が折れてしまった。
「はぁはぁ……もうやめようぜ洋美。いつもこれじゃあ疲れてしまう」
洋美と呼ばれた女も息を切らせながら彼に言った。
「そうね、むなしくなるものね。でも、あなたも少し言いすぎよ。来月はあなたが公務員の番だから少しは考えてね」
「ああ、分かったよ。でも、こんな状態でも公務員って必要なのか?」
「当り前じゃない。公務員がいないと世の中が回らないのよ」
「それは、そうかもしれないけど……」
二人は地球上に残された最後の人間だった。
―了―