第22話

文字数 2,127文字

   ☆



 静まり返った部屋から、声が出迎える。
「よぉ、遅かったじゃねぇか、コノコとその愉快な仲間たち」
 空美野涙子さんの声だった。
 しじまに包まれたそのミーティングを行っていたはずの会議室。
 涙子さんの声が会議室に響いたのは、まさにその場が静寂そのものだったからだった。
「遅れたのだ。文句はラズリちゃんに言うのだ。一悶着あったのだ、学園の独房で」
 その場には、〈銅像〉がたくさんあった。
 テーブルの椅子に着席しているのは、涙子さんと御陵生徒会長以外は、みんな〈銅像〉だった。
 そして、テーブルのまわりで文字通り固まっている〈銅像〉がたくさん。
 椅子に着席している銅像は、みんなおっさんとおばちゃんの銅像で、テーブルの近くで固まっている銅像は……空美野学園の高等部と大学の風紀委員なのは、腕につけた腕章でわかる。
 と、なると、着席しているのは〈空美野市の権力者たち〉なのは、明白だった。
 御陵会長は歯ぎしりしながら、
「朽葉コノコッッッ……!」
 と、姉さんの名を呼んで姉さんを睨んだ。
「残念なのだ。わたし自身も〈目覚めの珈琲〉を飲んだから、効かないのだ」
 と、コノコ姉さん。
 わたしは、訊いてしまう。
「目覚めの、……珈琲って」
 コノコ姉さんは答える。
「もちろん、わたしのディペンデンシー・アディクトなのだ」
「ディペンデンシー・アディクト。心と空間を操るディスオーダー、ですね」
「いえすっ、その通りなのだ。こころに目覚めの作用をするディスオーダー。残念ながら、生徒会長の〈石化〉とさえ呼ばれてしまう〈心〉に作用して〈動けなくなる〉異能力が〈犬神博士〉の術式で、〈空間〉に作用して本当に〈石化〉するとしても、わたしの珈琲の前では〈無効〉になるのだ」
 涙子さんは、椅子の背もたれに身体を預けて、両手をだらーん、とふらふら揺らしながら、
「で? どーすんの、御陵。あたしのサブスタンス・フェティッシュは強力なの、知ってるだろ? 〈一殺〉と略されることの多いあたしの〈アバドーン〉に喰われるか? 名前通り、〈地獄行き〉だぜ?」
 わたしの隣で息を飲むラズリちゃん。
 スタンカフをいつ発動すべきか、迷っているのかもしれない。
 そして、それは本当に効くか、この銅像の並んだ場を見渡せば、それがちょっと無理っぽいのは、わたしでもわかる。
 能力者の風紀委員が全滅で、おそらくは瞬殺されたのだから。

 御陵会長は、重い口を開く。
 怒りのこもった、震えた声で。
「街の権力者。それは既得権益にしがみつく老害ばかり。少し惚けてでもして金と肩書きを剥奪されたら人間としての価値も魅力もゼロ。ただの産業廃棄物。産業廃棄物だけに焼却処分も出来ない、本当に邪魔になるだけのゴミ。埋め立て地にでも投げ捨てるくらいしか処分方法がない」
「ふ〜ん。で? それが、なに? どーかしたかい、御陵の嬢ちゃん」
 涙子さんは、挑発するように、会長に向けて言う。
 目を細めながら、心底うんざりするように。
「今年の夏祭りの『穢れ流し』は、今年はわたくしでした。ええ。もう祭りは無理でしょうから、〈でした〉と、過去形でいいわね。それは、神鉾(かみほこ)を流す、〈(みそぎ)〉で。それを以て、わたくしは異人館街の代表者となる予定でしたの」
 御陵会長が説明しているのを、くすくす笑う涙子さん。
「でも、な。この御陵生徒会長は〈コールドスリープ病棟〉での〈後遺症〉が克服出来ず、現代の医学じゃ助けることが、不可能なんだ、……よな?」
「その通りですわ。わたくしの余命は、あともって一年」
 そこに、コノコ姉さんが言う。
「だから、自分が溺愛しているぜぶらちゃんを〈迎えに行く〉のだ。違うのだ?」
 ふふ、と口元をゆがめる会長。
「ええ、そうよ。必ず迎えに行く、って約束……しちゃいましたから。観てましたわよね、朽葉コノコと、そこの、佐原メダカさん?」
 ひぃ! と飛び上がるわたし。
 観てたの、知っててあんなことしてたの、このひとぉ!
 若干冷や汗が出るわたし。
「見せつけるほどに、熱い関係なだけなのだ。びっくりすることないのだ、メダカちゃん」
 静まり返る会議室。
 そのしじまを破ったのは、部屋の銅像が次々に破壊される、強力な音だった。
 銅の粉が部屋中に舞い上がる。
「な、な、な、なんですぅ、今度はぁ〜?」
 姿勢も変えないでだらだら手をふらふらさせながら、涙子さんがわたしに答える。
「そんなん、決まってんだろ。役者が一人、足りないだろ?」
「そんなこと言ったって、粉塵で周囲が見えないですよぉ〜!」
「さ。来やがったな、溺愛の彼女さんが、よぉ」
 と、そこでわたしの手首を掴むラズリちゃん。
「こりゃヤバいですわよ。ここはわたしの愛するお姉さまである二人に任せて逃げましょう、佐原メダカ!」
「え? えぇ?」
「粉塵のどさくさに紛れますわよ!」
 廊下へくるりと引き返すように、ラズリちゃんはわたしの手首を掴んで動くけど。
「そうはさせないんだなー、この姫路ぜぶらちゃんが、な」
 すり抜けるのをバスケのブロックのようにして構えて逃がさないこのひとは。
 腰にテディベアを付けた女の子。
 御陵生徒会長と〈サファイアの誓い〉を結んでいる、溺愛の彼女。
 姫路ぜぶらちゃんだったのでしたぁ!



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