第8話
文字数 1,349文字
☆
今はもう、七月中旬だ。
天神祭は、日本各地の天満宮で催される祭り。
祭神の菅原道真の命日にちなんだ縁日。
天神祭は天満宮が鎮座した頃から始まった。
菅原道真は学問の神様で親しまれているひとで、禁裡守護・鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮を勧請して祀られたことが、空美野天満宮の始まりなのである。
……って、インターネットには書いてあったけど、わたしにはさっぱり意味がわからない。
もう過ぎちゃったけど、六月下旬には、夏越大祓式・茅の輪神事と呼ばれるものがあるそうだ。
知らなかった。
そしてまた、七月には、夏祭りである天神祭が大々的に行われる。
市の権力の中枢にいるひとたちには、そこらへんでポジション争いがあるんじゃないかな、とわたしは思う。
それはともかく、わたしは放課後、そそくさと教室を出ると、学園から東にある空美坂をのぼっていく。
わたしの横では、コンビニで買った抹茶ラテを飲みながら、コノコ姉さんが鼻歌交じりで歩いている。
「あー、わたしも良いところのお嬢様ならよかったなー」
「お嬢様になってもろくなことなさそうなのだ」
「悪徳令嬢っていうのが昔、ウェブ小説で流行っていた頃があるのですよぉ〜」
「ああ、そう言えばメダカちゃんはウェブ作家だったのだ。どうなのだ、人気の方は?」
「ぼちぼち、ですよぉ〜。でも、文章を書けるって、ハッピーかな、って」
「そんなものなのだ?」
「そんなものですよぉ」
紙ストローから抹茶ラテをおいしそうに飲むコノコ姉さんは、にっこりと笑うと、それ以上はウェブ小説に関しては訊いてこなかった。
ちょっと寂しくもあるけど、その距離感が、心地良い。
「わたしもお嬢様だったらよかったなぁ〜」
「今の生活に不満があるのだ?」
「ふふっ」
「な。なんなのだ、その、首をかしげながらの笑みは」
「今の生活に、意外と不満がないんですよ、わたし」
「そ、それはよかったのだ」
「やだ、姉さん、照れてますねぇ?」
「照れてないのだ」
「え〜。絶対に、照れてる。それに」
「それに?」
「照れていなければ、わたしが許しません!」
「どういう意味なのだ?」
「もぅ。不満がないのは、いろいろあっても、コノコ姉さんのことが好きだから、ってことですよ」
「そういうのは口にしないでいいのだぁ!」
「あはは。怒ったフリしちゃって。コノコ姉さん、可愛いんだからぁ」
「ひとをからかうのはやめるのだー」
「溺愛しちゃってるんですよぉ、これでも」
「この地雷系女子」
「この地雷は、コノコ姉さんにしか発動しません」
「なにいきなり口説き出しているのだ、メダカちゃん」
「縁日が、近いってことですよね」
「天満宮の天神祭。もうすぐなのだ」
「ふたりでハッピーデートしましょう!」
「そうなのだ。そうするのだ」
「今日は、その下見に行くのですよぉ」
「なんか、もう絵に描いたようなラブラブ展開に、どうしていいか、わからないのだ」
「こうすればいいんですよ」
コノコ姉さんの横顔にキスをするわたし。
「悪徳令嬢みたくがっついているのだ、今日のメダカちゃんは」
「うふふ。ウェブ作家サマですよぉ〜、わたしは。妄想爆発してるんですからぁ」
「はいはい。わかったのだ。今日も働くのだ」
「うぇ〜い!」
二人であがる坂道。
今日も珈琲店のお仕事の時間が始まるのです〜。
今はもう、七月中旬だ。
天神祭は、日本各地の天満宮で催される祭り。
祭神の菅原道真の命日にちなんだ縁日。
天神祭は天満宮が鎮座した頃から始まった。
菅原道真は学問の神様で親しまれているひとで、禁裡守護・鬼門鎮護の神として、京都の北野天満宮を勧請して祀られたことが、空美野天満宮の始まりなのである。
……って、インターネットには書いてあったけど、わたしにはさっぱり意味がわからない。
もう過ぎちゃったけど、六月下旬には、夏越大祓式・茅の輪神事と呼ばれるものがあるそうだ。
知らなかった。
そしてまた、七月には、夏祭りである天神祭が大々的に行われる。
市の権力の中枢にいるひとたちには、そこらへんでポジション争いがあるんじゃないかな、とわたしは思う。
それはともかく、わたしは放課後、そそくさと教室を出ると、学園から東にある空美坂をのぼっていく。
わたしの横では、コンビニで買った抹茶ラテを飲みながら、コノコ姉さんが鼻歌交じりで歩いている。
「あー、わたしも良いところのお嬢様ならよかったなー」
「お嬢様になってもろくなことなさそうなのだ」
「悪徳令嬢っていうのが昔、ウェブ小説で流行っていた頃があるのですよぉ〜」
「ああ、そう言えばメダカちゃんはウェブ作家だったのだ。どうなのだ、人気の方は?」
「ぼちぼち、ですよぉ〜。でも、文章を書けるって、ハッピーかな、って」
「そんなものなのだ?」
「そんなものですよぉ」
紙ストローから抹茶ラテをおいしそうに飲むコノコ姉さんは、にっこりと笑うと、それ以上はウェブ小説に関しては訊いてこなかった。
ちょっと寂しくもあるけど、その距離感が、心地良い。
「わたしもお嬢様だったらよかったなぁ〜」
「今の生活に不満があるのだ?」
「ふふっ」
「な。なんなのだ、その、首をかしげながらの笑みは」
「今の生活に、意外と不満がないんですよ、わたし」
「そ、それはよかったのだ」
「やだ、姉さん、照れてますねぇ?」
「照れてないのだ」
「え〜。絶対に、照れてる。それに」
「それに?」
「照れていなければ、わたしが許しません!」
「どういう意味なのだ?」
「もぅ。不満がないのは、いろいろあっても、コノコ姉さんのことが好きだから、ってことですよ」
「そういうのは口にしないでいいのだぁ!」
「あはは。怒ったフリしちゃって。コノコ姉さん、可愛いんだからぁ」
「ひとをからかうのはやめるのだー」
「溺愛しちゃってるんですよぉ、これでも」
「この地雷系女子」
「この地雷は、コノコ姉さんにしか発動しません」
「なにいきなり口説き出しているのだ、メダカちゃん」
「縁日が、近いってことですよね」
「天満宮の天神祭。もうすぐなのだ」
「ふたりでハッピーデートしましょう!」
「そうなのだ。そうするのだ」
「今日は、その下見に行くのですよぉ」
「なんか、もう絵に描いたようなラブラブ展開に、どうしていいか、わからないのだ」
「こうすればいいんですよ」
コノコ姉さんの横顔にキスをするわたし。
「悪徳令嬢みたくがっついているのだ、今日のメダカちゃんは」
「うふふ。ウェブ作家サマですよぉ〜、わたしは。妄想爆発してるんですからぁ」
「はいはい。わかったのだ。今日も働くのだ」
「うぇ〜い!」
二人であがる坂道。
今日も珈琲店のお仕事の時間が始まるのです〜。