第6話

文字数 2,148文字

   ☆



「事情はわかったのだ」
「説明したの、わかっていただけましたか、コノコ姉さん!」
「メダカちゃんの地雷系女子っぷりだけが理解できたのだ」
「じ、地雷系……」
「間違っても自撮りを送信してはイケナイのだ」
「なんですかぁ、自撮りってぇ! ぷんすか!」
 お昼休み、わたしはクラスに戻って、保険医のサトミ先生との一件を話した。
 もちろん、生徒会長さんとぜぶらちゃんのことも。
 コノコ姉さんから下されたのは、地雷系という嬉しくない称号だった。
 ひどいですぅ。
「で、姉さん。〈ディスオーダー〉ってなんなんですかぁ?」
「病のことなのだ」
「病?」
 頭にクエスチョンマークが出て、首をかしげていると、二年生である金糸雀ラズリちゃんがわたしたちのクラスに入って来て、まっすぐコノコ姉さんの席の横まで来た。
 コノコ姉さんは、わたしの席のひとつ前の席なので、わたしの斜め前にやって来た、とも形容出来る。
 姉さんの隣の席が空いていたので、ためらいなく座るラズリちゃん。
「佐原メダカ! あなた、廊下に水を撒いたでしょ。校内のウワサになってますわよ。なにがあったのかしら」
 ふぅ、とため息を吐いてから、姉さんは言う。
「地雷系女子のすることなのだ。ムラムラして水で濡れた制服姿で自撮りしてしまったのだ」
「そーんなことだろうと思っていましたわ。世も末ですわね」
「えー? そこ、納得しちゃうんですかぁ!」
「如何にもしそうだもの、あなたなら」
「わたしがどういう風に、ラズリちゃんには見えているのかなっ?」
「地雷系女子……でしょ?」
「ちっがーう! 地雷系じゃないですぅ〜」
 わたしは、生徒会長の件を、今度はラズリちゃんに話す。
 すると、ため息を吐くのは、今度はラズリちゃんの番だった。
「〈サファイアの誓い〉に文字通り、〈水を差した〉のですわ、水浸しにして、ね。佐原メダカさん?」
 変な単語が出てきた。
「サファイアの誓い、とは?」
 またも首をかしげるわたし。
「姉妹の契りのことを、この学園では〈サファイアの誓い〉と呼ぶのでしてよ」
 ぐいっと顔をわたしの眼前に近づけて、ラズリちゃんは、人さし指を立てる。
「いい? 〈サファイアの誓い〉は、お互いが身も心も相手に捧げる契りのことを指すのですわ。とーっても尊いものなの。会長は嫉妬に狂ってしまい、佐原メダカを蹴り飛ばしたのですわ。不可避です。地雷系女子の魔の手に堕ちる前に、姫路さんを助け出したのですわ。ああ、尊いッッッ」
「え、えぇ……」
 思わず引いてしまうわたし。
 顔を離して席につくと、ラズリちゃんは、言う。
「この学園への入学条件は覚えていて? 佐原メダカさん?」
「入学条件?」
 そこに口を挟むコノコ姉さん。
「ここは空美野研究所の〈コールドスリープ病棟〉から開放されると同時に編入させられる学園でもあるのは、知っているのだ?」
「わたしは、知らないですぅ〜」
 そこにラズリちゃん。
「知らないじゃなくてよ。……いや、半眠半覚の状態でモルモットにされていたから、のーみそが記憶をシャットアウトしていても、おかしくない……ですわね」
 コノコ姉さんが、続ける。
「病棟では全身の穴という穴を全てほじくり回され、科学の名のもとに人体実験を……つまり実験動物にされるのだ。それは人権侵害だから外部には秘匿されているのだぁ。そこで研究されているものは異能力。〈ディスオーダー〉と呼ばれる〈病〉こそが、それなのだ」
「へぇ……そーなんだぁー」
「棒読みになっていますわよ、佐原メダカ」
 ラズリちゃんがツッコミを入れるが、その語勢は弱い。
「中等部卒業の年齢まで、メダカちゃんはコールドスリープ病棟にいたのだ。で、戻ってきたときは完全に親族から切り離されたから、メダカちゃんはうちの朽葉珈琲店に間借りして居候をしているのだ」
「そうでしたっけ。すっかり忘れていましたぁ」
「つまり」
 と、ラズリちゃん。
「この学園は異能力者の集まりなのですわ。異能の力が強いか弱いかは、別として。全国から異能の素養がある者が集められて、病棟に送られ、異能に覚醒した後、今度は学園に送られる。この学園の卒業生は、みんな、異能を活かした職業に就くか、異能を隠しながら生きていくことになる。……どこにでもあるような話に過ぎませんけれども」
「どこにでもあるような話なのですかぁ」
「そうですわよ。そう……思わないと、つら過ぎるじゃありませんこと?」
 あはは、と笑うコノコ姉さん。
「希望的観測、ということなのだ」
「希望的……観測」
 言葉を反芻するわたし。
 そこに、ハンドクラップして深入りした話題を打ち消すようにするラズリちゃん。
「はい、この話はここで終わりでしてよ! 購買部で総菜パンを買ってきましょう。涙子さまも今日はここにいないみたいですし。コノコお姉さま、さ、買いに出かけましょう」
「のだぁー!」
 うやむやにされた気がするけど、それでいいや、とわたしは考えた。
 笑顔ひとつ忘れてしまっても、それは大きな損失だ。
 難しい顔をするヒマなんて学園生活にはない。
 暗いのは好きじゃないです、わたしは。
 わたし、姉さん、ラズリちゃんの三人で、ともかく購買部へ向かうことにしたのでした。
 お昼休み、終わっちゃうもん。
 楽しい休憩時間と食事にしたいのですぅ。



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