第20話

文字数 1,681文字

   ☆



「やっほーい、メダカちゃん。元気なのだ?」
「もぅ、こんなときに一体なんなんですかぁ、コノコ姉さん」
「明日の夕飯はカレーにしょうと思っているのだ」
「明日の夕飯の献立の話なんてしゃべってる場合じゃないですよぉ」
「舶来カレーを食べるのだ。日本のカレーは、インドからイギリスを通じてもたらされた後に、日本で独自の発展を遂げたカレーなのは知っての通り。日本のオリジナル料理にミュータント化したのだ」
「わたし、ウェブ作家ですよぉ。福沢諭吉の『増訂華英通語』に書いてあるのがカレーについて書かれた最初の文献なの、知っていますよぉ」
「そうなのだ。福沢諭吉が最初に日本でカレーのことを書いたひとだとされているのだ。で、話は変わって〈舶来〉と言えばこの空美野の異人館街の〈異人館〉というのは、外国から来た外交官たちの住んだ館の密集地帯。舶来品がたくさん飾ってある、西洋様式の館で、観光スポットになっているのだ」
「姉さん、まわりくどいですよぉ? なにが言いたいので?」
「異人館街の御陵邸に、街の要人が集まり始める頃合いなのだ。空美野家の本家からは涙子ちゃんが向かうことになっているのだ」
「御陵生徒会長は、空美野家の分家の令嬢だ、ということでしたよね」
「本家と分家が衝突する一大イベントなのだ。だから、涙子ちゃんには朽葉珈琲店の最高級豆を焙煎した、〈朽葉コノコの目覚めの珈琲〉を飲んでもらったのだ」
「〈朽葉コノコの目覚めの珈琲〉ですかぁ! おいしそう! ですぅ! わたしには飲ませてくれたことないじゃないですかぁ、コノコ姉さんが淹れた珈琲なんて」
「そりゃ、うちの親が店主なのだ。わたしが淹れたらいつもの味じゃなくなっちゃうのだぁ」
「ふぅ〜ん。今度、飲ませてくださいね、コノコ姉さんの珈琲」
「繰り返すようだけど涙子ちゃんは、今、店を出て空美坂をのぼって異人館街に向かったのだ。御陵邸には、学園高等部を中心にして、生徒会と風紀委員会が警備をしているのだ」
「なるほど」
「わたしも、ミーティングが始まる頃に異人館街の御陵邸に行くのだ。で、メダカちゃん。メダカちゃんも来るのだ、こっちに。わたしと御陵邸に行くのだ」
「わたし、今、取り込み中なんですよぉ」

 そこまで話すと、ちょうど、ぜぶらちゃんが叫んでいた。
「近江キアラを開放しろ! 代わりにこいつ、佐原メダカを独房にぶち込め!」
 血だまりのなかからゆっくり起き上がるラズリちゃん。
 痛みを抑えながら、声を絞り出す。
「なぜ、そうなるのですか、このメスゴリラ」
「近江キアラは犯人じゃない。開放しろ、というのは御陵からの伝言だ。独房、一部屋しかないだろ、高等部には。で、だ。代わりになんのディスオーダーを持っているかわからない佐原メダカをぶち込め。御陵の持っているディスオーダーのデータバンクにも、こいつの持ってるディスオーダーのことは書いてない。佐原メダカ、こいつはヤバい奴だ。御陵があたし、このぜぶらちゃんと引き合わせたくなかったのもわかるよ。こうなったらぜぶらちゃんのサブスタンス・フェティッシュで殺しちまいそうだからな。御陵はそれを考えていてくれたんだ」
「ひぃぃ」
 びっくりするわたし。
 ぜぶらちゃん、今、わたしのことを殺すって言ってませんでしたかぁ!
「近江キアラは開放致しますわ、生徒会長命令だ、と言うのなら。ですが、佐原メダカは、朽葉コノコお姉さまの大切な居候。おいそれと牢屋にぶち込む真似は致しませんわ」
「ふん。そうかい。ぜぶらちゃんは、御陵を守りに行くぜ、時間もないしな。だが、佐原メダカの異能がどんなものかわからない以上、こいつを野放しにしたら、きっと後悔するぜ」
 ラズリちゃんは、わたしに問う。
「今の電話の相手は、コノコお姉さまですわよね」
「そうですよぉ」
「どうせお姉さまのことですから、なにか考えがあってのことですわ」
「わたしもそう思いますぅ」
「行くわよ。空美坂でコノコお姉さまと合流いたしましてよ」
「はい!」
 ラズリちゃんがキアラちゃんのスタンカフを解除した頃には、いつの間にか姫路ぜぶらちゃんの姿は見えなくなっていた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み