第15話

文字数 1,946文字

   ☆



 焼け焦げた匂い。
 本棚が燃えている。
 本は爆発して大半が消し炭になっている。
 空美野市、アーケード街の古本屋。
 天井のスプリンクラーから水のシャワーが吹き出している。
 出入り口に殺到するお客さんたち。
 倒れていたわたしは、起き上がると目の前で腰に手をやって勝ち誇った表情の近江キアラちゃんと向き合う。
 キアラちゃんは、高等部二年生のバッジをつけている。
 スプリンクラーの散水を浴びながら、わたしはキアラちゃんと対峙した。


「物理攻撃を扱える異能を〈サブスタンス・フェティッシュ〉と呼ぶ。それに対して心・空間を扱う異能を〈ディペンデンシー・アディクト〉と呼ぶ。この異能力を総称して〈ディスオーダー〉と呼ぶ。……それが、この異能の世界の〈基礎〉」
 そう、近江キアラちゃんは言った。


 うひー、とわたしがうめいていると、キアラちゃんは続ける。
「わたしのサブスタンス・フェティッシュは〈爆弾〉。物を爆弾に変えることが出来る」
「梶井基次郎ですか、あなたはぁ〜!」
「意外と博学なのかしら、あなた」
「梶井基次郎の『檸檬』くらい誰だって知っていますよぉー」
 そう、わたしはウェブ作家だし、そりゃあ、知ってる。
 説明している余裕はないけれども。
「話は早いわ。わたしの〈爆弾〉の異能力は強い。強いからもう逆らわないで。お願い。どうせわたしが犯人だと勘違いして風紀委員が来るでしょうから、あなたを拉致するわ、悪く思わないで頂戴な、佐原メダカ。あなたを拉致してラズリへの盾にするわ。わたしの安全の確保のための道具になってね!」
「うえー。言ってることがめちゃくちゃ過ぎますよぉー」
「当然! あなたを盾にして攻撃を受けないようにしながら、街の外へ逃げるわよ」
 スプリンクラーの散水が霧をつくりだして見えないけど、出入り口方向から声が聞こえてきた。
「近江キアラ! 容疑者のあなたが動いているということはやはり、事件に関与していますわね? あなたを風紀委員会の反省部屋に監禁します。出てらっしゃい」
「やなこった! 喰らえ、〈わたしが捧げる爆弾〉を!」
「遅いですわッッッ! 〈スタンカフ〉ッッッ!」
 光の輪っかが二つ同時に飛んできたかと思うと、キアラちゃんの両手と両足にぶつかり、その光の輪っかはぐるぐるまわって、手足を拘束した。
 両足をぐるぐる巻きに拘束されたのでバランスを崩し、盛大に顔面から転げるキアラちゃん。
 手も拘束されたので手でダメージを軽減することも出来ず、頭を打ち付けて「うひっ」と漏らすと、額から出血しながら床で大人しくなった。
「そうですわ。大人しくしていないさい、近江キアラ」
 近づいてくる人影。
 間近にくると、それは金糸雀ラズリちゃんでした!
 わたしを一瞥すると、ラズリちゃんは言う。
「びしょびしょになって、なに油売っているのでして? 制服が水で透け透けになったのを自撮りしてしまったのかしら、地雷系女子さん?」
「ここでそのギャグを蒸し返しますかぁッッッ? ラズリちゃん、一体これは?」
「重要参考人として近江キアラを確保しに来たのですわ。狙われていたのは、メダカ、あなたよ。……それも、風紀委員のわたしに対しての外交カードにするために、ね」
 やれやれ、という風に、ラズリちゃんは言った。
「早くラピスのところに向かいなさい。言ったでしょ?」
「言ったって、なにをですぅ?」
「あなたは阿呆だってことを。大人しく従う方がいいのでしてよ。阿呆の考えはこれだから。古本屋に寄るって、全く」
「わたしだってちょっとは寄り道したいですよぉ」
「下手の考え休むに似たり。バカ言ってないで早く向かいなさい」
「え〜? わかりましたよぉ、もぅ」
「ほんと、みちくさ喰ってる場合じゃなくてよ? わたしとラピスの家の方が安全なの。わかるかしら? コノコお姉さま、涙子さま、そしてわたしの共通した友人なのですから、捜査線上に上がる人物なら、拉致とか監禁とか、そういうことをし出すのはわかっていましたの。だから、早くラピスの相手でもしてあげていて、佐原メダカ」
「は、はぁ」
 そういうことだったんですね……、わからなかった。
 頷くとわたしは、落としたドラッグストアの袋と学生鞄を拾って、それからラズリちゃんに、
「ありがとう」
 とだけ言って、ボロボロになった店内を抜ける。
「わたしは犯人じゃないわよ!」
 転げているキアラちゃんが叫んだ。
「うっさい!」
 〈スタンカフ〉をさるぐつわの代わりにして巻き付けたラズリちゃんは、わたしの方を振り向かない。
 それがちょっとかなしくて、わたしは寂しい気分になった。
 学園生活はどうなっちゃうのでしょう。
 涙が流れそうになるけどこらえて、わたしは波止場にあるラピスちゃんの家に再び向かうことにしたのでした。


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