第25話 おわり。

文字数 1,865文字

   ☆



「メダカちゃん! 起きるのだぁー! 学園に行くのが遅れるのだ! 急いでトーストを口にくわえて学園へ走っていくのだ!」
「え〜? なんですぅ、その漫画みたいな奴は〜?」
「あと、全裸で眠らない方がいいのだ!」
「はい? え? きゃっ! 見ないでください、コノコ姉さん! このえっちぃ!」
「いいから服を着て学園へ向かうのだ」
「もう、わかりましたよぉ」
 そんなやり取りをして、わたし、佐原メダカは起き上がり、階下のダイニングへ向かう。
 あくびをしながら朽葉コノコ姉さんの横の椅子に座り、出来立てのトーストと、コノコ姉さんのお母さんが淹れてくれた珈琲を飲みながら、テレビをぼんやりと眺める。
 どこかの芸人とアイドルが不倫をしただとか、今日も今日とて大変な世界情勢だとか。
 だいたいにおいてかなしい出来事がながれるなか、空美野市が映る。
「あ! 冴えないおっさんの銅像! 姉さん! 昨日、異人館街にジャズメンの銅像に紛れていて、わたしが倒してひび割れて、それで姉さんがけっ飛ばした銅像、あれはここ、空美野市の市長だったんですね! テレビに映ってますぅ〜!」
「まあ、冴えないおっさんだし、冴えない事件でも起こしたに違いないのだ」
「え? あれ? なんか逮捕されて……、んん? あ。昨日、街の権力者たちを全員殺害したことになってますよぉ!」
「冴えないおっさんだから、きっと殺してしまったのだ。時間もないし、バカ言ってないでトーストくわえて学園に走っていくのだ! じゃ、わたしは先に行ってるのだ」
「えぇ〜、待ってくださいよぉ!」

 校門で服装チェックを受けてから学園内に入る。
 お昼になるとコノコ姉さんとわたしのところに、ラズリちゃんと涙子ちゃんがやってくる。
 ラズリちゃんは、テレビゲームを夜通しやっていて昼夜逆転して不登校になっている妹のラピスちゃんの悪口を述べる。
 それを笑いながら聴いてるコノコ姉さんと、眠そうにしている涙子さん。
 わたしは今朝のテレビの、冴えないおっさんのことをみんなに話す。
 すると、涙子さんがこう返す。
「裏側にいる奴らは表には出て来ねぇよ。昨日集まったような奴らは、木偶(でく)とか案山子(かかし)みたいなもんだぜ。いくらでもすげ替えることができる。表舞台に引きずり出そうとしたみてぇだったが、叶うことはなかったってこったな」
 わたしは訊く。
「そんなに人材が豊富なのですか」
「いや、豊富ってわけでもねーけどよ」
「じゃあ、どういうことなので?」
「はぁ。阿呆だなぁ、メダカは。そんなのは」
「そんなのは?」
「あたしが生きてりゃ、どうにかなるんだよ」
「…………」
「そういう意味では、御陵と姫路は、いい線いってたのかもしれねーな」
 そこにコノコ姉さん。
「メダカちゃん。今日の夕飯は舶来カレーなのだ」
「カレーですかぁ。珈琲に合いそうですねっ。姉さんの珈琲飲ませてくださいよぉ」
「考えておくのだ」
「あ! 珈琲で思い出しましたが、結局わたしのディスオーダーってなんなんでしょう」
 その場にいる三人がため息を出す。
「え? なんですかぁ、その対応はぁ! ぷんすか!」
 コノコ姉さんが、仕方がないなぁ、と言ってから、こう続ける。
「教えてあげるのだ。〈気付かないなら断然そっちの方がいい〉ってのが正解なのだ」
「なんでですかー! もぅ! 本気で悩んでるんですよぉ!」
「いらぬ争いに巻き込まれないためにも、異能力なんて知らない方がいいのだ。知らないだけで生存率はむしろ上がるくらいなのだ」
「昨日、危ない目に遭いましたけどぉ!」
「そのときは」
「そのときは?」
「わたしがメダカちゃんを助けるのだ」
「……姉さんの、バカ」
 ちょっと照れちゃってる自分が恥ずかしいわたしなのでした。
 こうして、今回の物語は幕を下ろすのです。
 できあいの製品とは到底言えないような、そんな溺愛を巡るお話は、ここでおしまいということにしましょう。
「さぁ、今日も佐原メダカ、頑張りますよぉ!」
「もう午後の授業なのだ。頑張りますよー、じゃないのだ。午前中の授業、居眠りしてたのは知っているのだー!」
「やはり、阿呆ですわね」
「だな。しゃーねぇ奴だよ、メダカ」
「グサッ! グサッ! グサッ! めっちゃ矢が刺さりましたぁ! これは保健室に行かねば!」
 日常は続いていく。
 でもこの日常を「もう一回」「もう一回」と繰り返して「もういっか」と、いつか言ってしまわないようにわたしは心のなかで祈る。
 終点はなくて、偶然もない。
 休戦もなく急転もなく、条件内の肯定だけがあるのは、想定内ですか、ねぇ、神さま。



(了)
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