10 砦での戦い 1
文字数 4,193文字
目の前で、コハルが洗たく物をたらいでもみ洗いしている。
そのとなりではヒロユキが洗い終わった洗たく物を順番にのばして干している。
錬金術師のおばさんは、それを横目で見ながら調合用のナベに水とすりつぶした薬草を入れ、魔力をこめながらかき混ぜている。
ナベの中の水がぼんやりと青く光り、おばさんの顔をしたから照らしている。
あれはポーションをつくっているのだろう。……そういえば騎士団から大量のポーションの注文が来ていたっけ。きっと南部の砦で必要なのだろう。
私は、横に座りながら、遠くを見る魔法で砦の様子を見ている。
――――。
上空から見ると、石造りの砦といっても、あれはひとつのお城と言っていいくらい大きさなことがわかるわ。
ちょうど街道が山と山の間の狭いところをとおるところに、それをふさぐように砦ができている。
両側の山にも石壁やトンネルが掘られているから、砦の一部になっているみたい。
見たところ、魔族軍は、がいこつ兵、オーク、オーガ―、トロールに加え、ゴリラやトラの魔獣などで、おおよそ10万といったところね。
対するサウスフィール軍は冒険者もあわせれ7万人。
この差は大きいけれど、砦があるから充分に戦えるでしょう。
それより魔族軍には、特に強い力の反応が5つ、サウスフィール軍の方は4つ。うち一つはキョウコのものね。
あっ。魔族軍が攻めてきたわ。
魔獣たちが土ぼこりを立てながら砦にせまっていく。
その上空は、空を飛べる魔獣とそれに魔族が乗っている。
砦から矢がいっせいに射られて、弓なりに魔獣たちにおそいかかった。
矢を受けた魔獣たちがその場に倒れるが、後ろの魔獣たちはそれを乗り越えて砦を目指していく。
砦の防壁にむかって、空の魔獣たちが急降下していく。
魔族たちの手からさまざまな色の攻げき魔法の光がほとばしって、砦をおそう。
どうやら砦そのものに、なにかの魔法がかかっているみたいで、うっすらと虹色の光の膜がみえるわ。
魔族の魔法はその膜にさえぎられている。
砦の石壁のそばにきた魔獣たちは、石壁のデコボコに手を掛けて登りはじめた。
上にいるサウスフィールの騎士たちは上から矢を射ったり、魔法で攻げきしたり、沸とうした激熱の油を掛けたりしている。
攻げきを受けた魔獣は下に落ちるが、ゴリラ型の魔獣などは器用によけながら上に登って行く。
その隙に、魔族の第二陣としてがいこつ兵や、鎧を着たオークなどの軍ぜいがおしよせた。
ひときわ大きい、赤い色のオーガ―が巨大なハンマーを持って、ズシンズシンと歩いている。目指すは砦の石壁。
ゴブリンの中には魔法使いもいて、石壁の上の騎士たちに向けて魔法を放っている。
巨大なサイのような魔物が、まわりの魔物をけ散らしながら砦の入り口の大扉に突っ込んでいこうとしている。
ゴオォォォン。
にぶい音がして、大扉は巨大なサイの突進を受け止めた。
サイはその場に足を踏みしめて、何度も扉を攻げきしている。
……あれはまずいわね。
そこへ、大扉の上の石壁から白い光がほとばしって、魔族軍をなぎ払った。
まるで巨大な剣でなぎ払ったように、大扉を攻げきしていたサイもその場に崩れ落ちた。
あれはキョウコの攻げきのようだ。砦の右壁からは、巨大な火の玉が現れて魔族軍に放たれた。
火の玉が当たったところを中心に、直径300メートルにもなる巨大な火の竜巻が空に立ち上った。
魔物たちが竜巻に吸い込まれ、焼き尽くされ、空に巻き上がっていく。
すごい魔法。
あれは……コハルたちがお世話になった魔法使いのおじいさんじゃない。
やっぱり賢者と呼ばれるだけあって、強力な攻げき魔法を持っているわね。
そこへ魔族軍からも強烈な青白い光が砦に向かっていく。
氷の攻げき魔法だ。放ったのは強力な力を持つローブを着た魔族だ。
攻げき魔法が砦の前に現れた光の壁に防がれた。
あれは……。
砦に一人の白いローブの少女が両手をかかげている。この少女の結界魔法だ。
右手の山の中でも戦いが続いている。
山の中を進んでいる魔獣たちと対峙しているのは、冒険者たちだ。
その中にはエドワードたちの姿も見えるわ。
たくさんの蛇の頭を持つヒュドラが、火を噴きながらまわりの木々や、魔物、冒険者たちに襲いかかる。
そこへ地面からいくつものツタが飛び出してヒュドラに巻き付いていく。リリーの魔法だ。
動きを拘束されたヒュドラがもがくが、そこへエドワードが魔力をまとわせた大剣で斬りかかる。
エドワードの両サイドには、大斧を持ったゴンドーや、大盾を手にしたフランクがいる。
苦しまぎれにヒュドラが炎を吐くが、フランクが大盾で防いだ。
……激戦が続けられているわ。
そうやって戦いをながめていると、コハルがやってきた。
「ユッコ。そろそろご飯にしよっ!」
その声に我を取り戻して、私は立ち上がった。見上げるとコハルが笑顔で見ている。
この笑顔を守るために、今、砦ではげしい戦いが続けられているんだ。
――――。
キョウコは、じっと目の前の魔族の大軍をにらみつけている。
戦いがはじまって、早や10時間が経った。
サウスフィール軍は、交替しながらもよく戦ってくれている。
今のところ、戦いは一進一退。空は暗く、夜戦に入っている。
戦場をながめて、注意すべき敵は、大きなレッドオーガに強力な魔法使い、そして、目の前の魔族軍の奥にいる黒い鎧の人物だ。
このほか、伝令が伝えるところによれば、山中には巨大なクモの魔物が現れて、冒険者たちと激しい戦いを繰り広げているらしい。
さっきまで、もう一人の強い魔力を持つ魔法使いの気配があったが、いつの間にかいなくなっているようだ。
対するサウスフィール軍は、勇者であるキョウコ、賢者マーロン、聖女リリア、そして騎士団長アルスが人々の希望となっている。
きっ抗している戦況。このままだと泥沼となるだろう。
両軍ともに、そろそろ戦況を変える一手が欲しいところだろう。
しかし、その一手は魔族軍から放たれた。
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