19 安全地帯の探索
文字数 4,724文字
次の日は、この小屋のある広間の探索をおこなった。
魔物も思ったほど多くはないようで、私が一緒なら向こうから戦いを仕掛けてくることもないようだった。
草原区画にはオオカミの群れと、モグラとかの小動物がいて、森林区画にはリスや猿、鳥、イノシシがいるようだ。
池はきちんと水が循環しているようで、淡水の魚や貝などがいる。
手帳にあった出口への洞窟も見つけたし、脱出するのにどれくらいかかるかわからないから、ここの安全を確保するのは大切なことよね。
というわけで、二人はさっそく森に入って罠の設置をはじめた。
コハルが一生懸命ロープを引っぱっている。
「んしょ、んしょ」
ふふふ。かわいいわね。……おっと、むこうに小さいイノシシがいるみたい。
こっそりと二人からはなれて、イノシシの方へと近よって、手ごろな木に登った。
枝の上から、下にいるイノシシの様子をうかがうと、一心不乱に穴を掘っていた。
おそらく木の根っこを食べようというのだろう。体長1メートルくらいで、私には気がついていない。
私はすっと枝からジャンプして、空気をけってイノシシに突撃した。
一気にのど元にくいついて、尻尾で足をはらってイノシシを横倒しにする。
あばれるイノシシだったが、あごに力を入れて、逃がさないようにしていると、だんだんと抵抗する力が失われていった。
二人にいいお土産ができたわ。
私は魔法でイノシシの血抜きをすると、のど元にかみついたまま、イノシシを引きづって 二人のもとへと もどった。
がさごそと茂みをゆらしながら戻ると、二人とも驚いた表情で、
「なんだそれ!」
「すごい、ユッコ!」
とさけんだ。
ふふん。気持ち胸をはって、二人のところへ行くと、運悪くコハルの左足が輪にしてあるロープに引っかかった。
「あ、……きゃあああ!」
途端に罠が発動して、コハルはロープにつりあげられて、空中で逆さまにぶら下がった。
驚いたヒロユキだったが、あっという間にコハルが宙づりになって、あわててロープを切りはなそうと木に登る。
まったくもう。コハルったらドジねぇ。
さわいでいるコハルを見て、笑いがこみ上げてきた。
「行くぞ」
というヒロユキのかけ声とともに、コハルがドサッと落っこちた。
お尻をぶつけたみたいで、コハルがお尻をなでている。
「いたたた」
ヒロユキが枝の上から笑い出した。
「ははははは」
コハルが恥ずかしそうに見上げて、
「ちょっと、そんなに笑わないでよ!」
と赤くなって抗議の声を上げる。
それを見て、ますますヒロユキが、
「まったくドジだなぁ。はははは。……は?」
と笑いまくっていたけど、急にバランスを崩したみたいで、
「と、ととと……。おわー!」
と言いながら枝から落っこちた。
コハルと同じようにお尻をぶつけたみたいで、
「いたたた」と言いながらお尻をなでている。
今度はコハルがそれを見て、
「あははは」
と笑った。ヒロユキが立ち上がって、
「くそっ。失敗した」
と悔しそうに枝を見上げた。
……なんだかんだいって、この二人って仲がいいよね。
二人はイノシシを引きづりながら小屋に戻る。
その道すがら、私は食べられる野草を見つけるたびにコハルに教える。
小屋に戻ったころには、二人とも疲れたみたいで、裏手のわき水で顔を洗って座りこんだ。
ふふふ。お疲れさま。ふたりとも。
そう思いながら、コハルのとなりに腰を下ろした。
コハルがやさしく私の背中を撫でる。尻尾をゆっくりとふりながら目を閉じた。
……うん? なにか近づいてくるわね。これはオオカミたちかしら?
気配感知にしたがって、私は立ち上がって二人の前に出た。状況がわかっていないコハルが、
「ユッコ?」と背後でつぶやいた。
「コハル! 気をつけろ」
どうやらヒロユキもオオカミたちが来るのがわかったのだろう。コハルをかばいながら剣を構えた。
まったくあのオオカミたちったら、しょうこりもなく何しにやってきたのだろう。
不思議と私たちをつけねらっているというような雰囲気でもないし……。
そう思って近づいてくるのを見ていると、オオカミたちは私たちの前にずらっと並んだ。
じっと見ていると、その中央のリーダーと思われるオオカミが恐る恐る進み出てきた。
口にくわえているのはウサギかな?
リーダーはそのウサギを私の前にゆっくりと置き、頭を下げながら後ろに戻っていく。
……えっと。もしかして私に貢ぎもの?
そっとリーダーの方を見るが、ひたすら頭を下げている。
まあ、いいのかな?
一声鳴いてウサギを口にくわえると、オオカミたちは安心したように後ろを振り向いて去って行く。
「今のは……」
背後でヒロユキとコハルがぼう然としているけど、私、しーらない。
コハルの前にウサギを下ろすと、コハルは微妙な笑顔を浮かべながらウサギを持ち上げた。
「まあ、とにかく血抜きしないとね」
――――
次の日、ヒロユキとコハルと一緒に草原の方へ行くと、私たちの周りにオオカミがやってきた。
襲ってくる様子はなく、どっちかというと周りをガードしてくれているみたい。
コハルが持参したイノシシの肉の塊をオオカミたちの方へ放り投げた。
「昨日のお礼だよ」
オオカミは器用に飛んでくるお肉をくわえると、うれしそうに集まって食べ始めた。
……ふふふ。これであの子たちも仲間ってわけね。
私たちはオオカミを引き連れながら、池に向かう。
池のほとりにある石の上にヒロユキとコハルが並んで座る。
お手製のつり竿を取り出して、糸の先端に小屋にあった針をくくりつけ、池に放った。
どうやら今日は釣りをするらしい。
その間、オオカミたちは狩りに散らばっていった。
私も暇なので、二人が糸を垂らしているところから離れた。
ちょっと気になることがあるのよね。
昨日もここに来たんだけど、ここの水って不自然なほど綺麗で、どうも魔力をおびているみたいなの。
水際にちかよって、ひと口 水を飲む。
……うん。やっぱり魔力を感じる。この池の全体がマジックポーションになっている。
でも、なんでだろう?
じっと池を見ながら、意識を広げていく。水の中へ、池の奥へ。
あれれ。何かある?
確認してこよっと。
釣りをしている二人の方を見ると、二人とも竿に集中している。
座っている石のそばには警護役のオオカミが二匹いた。……離れても大丈夫そうね。
二人に気がつかれないように水の中に入った。
澄んだ水の中には、流木らしきものとか、岩が転がっていて、そこかしこに魚たちがいる。
場所によっては、水草が まるで緑のじゅうたんのようになっているところもあった。
言うまでもないことだけど、私は空気があろうとなかろうと活動ができる。
だから、長時間、もぐっていても平気よ。
そのまま、水中風景をながめながら泳いでいくと、前の方に小さな祠があるのが見えてきた。
なにやらうっすらと水色の光を帯びている。
そっと祠のまわりを一周してみる。……ふむふむ。
どうやら、この祠は、大地を流れる魔力の流れ、――竜脈から少しずつエネルギーを吸い出し、魔力に変えて水の中に放出しているようだ。
一種の装置ね。
納得したところで、祠に一つのシンボルマークがあることに気がついた。
……う~ん。これは、月のマーク?
そういえば、私たちはトラップで来たけど、このダンジョンってなんなのかしらね?
ともあれ、謎がとけた私はそこから離れ、もとの水辺に戻る。
たぶん、このダンジョンで怪我をした人ばかりだけでなく、動物たちにとっても、ここの水はいやしの水になっているはず。
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