01 ユッコ、召喚される
文字数 3,764文字
私はキツネのユッコ。
キツネとはいっても、普通のキツネじゃないよ。
九尾の狐と呼ばれる種族。
とはいっても、私一人しかいないのよね。
森の深いところにずっと住んでいて、近くの町や村の人々から神さまのようにあがめられているわ。
もう1万年以上の昔に、この世界の魔力と呼ばれる不思議なエネルギーが集まるところから生まれたの。
……だからお父さんとかお母さんっていないんだけれど、言ってみれば周りの自然とか世界そのものが私の親ということになるわ。
幼いころは、この森に住む動物たちが面倒を見たりしてくれたしね。
こうして魔力から生まれた私は、寿命もないし年を取ることもない。
おまけに魔法とか、ごく自然に使えるし、はっきりいってケンカだったら世界で一番強いわ。
二番目に強いのは、南の山にいる古代竜かしらね。
とはいえ、こないだ、その古代竜もとうとう寿命を迎えて亡くなったから、今では私がこの世界で一番の年長となってしまった。
古代竜は、私と昔話ができる唯一のお友だちだったから、亡くなったと聞いたときはずいぶんと落ち込んだりもしたけれどね。
九尾の狐ってね。9つの尾っぽがあるんだけれど、普段は森の仲間や、たまにやってくる人間をおどろかさないように1本にしているわ。
今は、私の育て上げた銀狼のフェンに森の管理を任せ、悠々自適に暮らしているってわけ。
「なあ、ユッコ。今日の森はなんかおかしくねえか?」
私の目の前には、もう大きくなった銀狼のフェンがいる。
「う~ん。……そう言われれば、どことなく落ち着かない気がするかしら。でも、アンタは森の主なんだから、どんっとしていればいいのよ?」
「いや、そうじゃなくてさ……。ユッコが心配できたんだぜ? こう、胸騒ぎがするっていうか」
「ぷっ。今日は槍でもふるんじゃないかしら? 私の心配なんて。ないない。大丈夫よ」
思わず吹き出した私だったが、フェンはじれったそうな顔で私を見た。
……あのう。こう見えて私はあなたの育ての親なんですけど。
「ならいいけどさ。……じゃ、俺は見回りに行ってくる」
そういって、フェンは振り向いて森の中へと戻っていこうとした。
その時、私の足下の地面を中心に光の魔方陣が浮かび上がった。
時間が止まったような感覚をおぼえ、体が引きつる。
魔方陣から立ち上る光の向こうに、あわてて叫びながら駆け寄ろうとしているフェンの姿が見える。
ええっとこれって……。何かの魔方陣みたいね? 転移の魔方陣かしら?
光がどんどんと強くなり、目がくらんでいく。私は急いでフェンに、
「私のことは心配しないで、アンタはちゃんとしなさい! みんなを頼むわよ!」
と叫んだ。
その途端に光に包まれて、前後左右の感覚がなくなっていく――。
――――。
フェンは突然あらわれた魔方陣の光が壁となり、ユッコに近づくことはできなかった。
「ユッコ!」と焦りをふくんだ声で叫びながら、がしんっがしんっと体当たりを繰り返す。
魔力を口にためて氷の魔力弾を打ちだすが、魔方陣の光を突き破ることはできなかった。
氷の魔力弾を放ったフェンの目の前で、魔方陣の光が消えていく。
そして、そこにユッコの姿はなかった。
フェンはくやしそうに遠吠えをあげた。
「うおおおお~~ん」
森に住む動物たちはフェンの悲しげな遠吠えに何が起きたのだろうかと顔を見合わせていたが、やがて魔方陣によってユッコがどこかに消えたことを伝え聞いて、おどろき、そして寂しがるのだった。
――――。
わずかな浮遊感に包まれ、次の瞬間、私は見知らぬ家の庭に出現していた。
空中からすっと芝生の上に下り立つと、目の前には12才くらいの男の子と女の子がいる。
二人とも、革の服にフードの付いたコートを着ていて、金色の髪に青い目をしている。
一瞬、兄弟かなと思ったけれど、顔つきからして違うようだ。
男の子がつまらなさそうに、
「ださっ! たんなるキツネじゃん! お前の召喚魔法、役に立たねーの」
と女の子に向かって言った。
内心でむかっとしたけれど、女の子が駆け寄ってきて、しゃがんで私を抱きかかえた。
「かわいい! ね。ヒロユキの言うことなんか無視しようね!」
それを聞いた男の子が、ちっと舌打ちして、
「なんだよ。コハルのくせになまいき!」
と口をとがらせた。
ふむふむ。どうやら男の子がヒロユキ、女の子がコハルという名前のようね。
……状況がわからないから、キツネのふりをしておいた方がよさそう。
そう思いながら、女の子の顔をぺろっとなめると、女の子はきゃっと言いながら、うれしそうに私の頭をなでた。
そのとき、家の方から背の低いヒゲもじゃのおっさんが出てきて、
「お~い。なにやっとんじゃ?」
とやってきた。
身長は小学校4年生くらいだというのに、マッチョのおやじ。ドワーフだ。
……とすると、ここは鉱山が近くにあるのかな?
だってドワーフって、鉄鉱石を炉にくべて精錬して鉄にしたり、その鉄をつかって剣や槍をつくったりする種族なのよ。
ドワーフのおっさんはのしのしと歩いてきて、コハルのそばの私を見ると、
「ああ~ん? なんじゃこのキツネは……」
と自分のヒゲをなでながらコハルに話しかけた。
すると、そばのヒロユキが、
「コハルが召喚したんだよ。ぷっ。風の精霊シルフを呼ぶなんて大きいこと言っていたのにさ」
と小馬鹿にしたように言い放つと、コハルが私を抱えて、
「いいのよ。だって、かわいいは正義! だもんね」
と言う。
ドワーフのおっさんは、
「なんだと? 召喚魔法だと? 俺らのいないところで何あぶないことやってんだ! このバカ野郎どもが!」
といきなり握りこぶしをかためてヒロユキとコハルに拳骨を落とした。
うわぁ。痛そう。
ヒロユキとコハルは二人して頭を抑えてうづくまった。
ドワーフはふんっと鼻を鳴らすと、
「そんなことより、さっさとうちに入れ。……そのキツネも一緒にな」
と腕を組んで二人をにらんだ。
ヒロユキが頭をさすりながら涙目で、
「いってぇな。わるかったよ。ゴンドー」
と立ち上がり、コハルの手を引っぱって立たせると、ゴンドーと呼んだドワーフのあとをついていった。
はあ。しょうがない。私もついていこう。
まだ未熟な召喚魔法だったので、私に隷属の効果はないようだけど、ここがどこかわからないし状況がわからないわ。
私はため息を一つつくと、コハルのあとについて歩いて行った。
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