04 危機の知らせ

文字数 4,998文字

 村への帰り道。不意(ふい)に右手奥の方から不思議(ふしぎ)な力を感じて、私は立ち止まった。

 森に入ってからずうっと周囲(しゅうい)気配(けはい)感知(かんち)していたけれど、その気配感知の地図のなかに突然(とつぜん)あらわれた不思議な力。

 ……気になる。

 立ち止まった私を見て、いっしょに歩いていたソアラが、
 「うん? なにかあったの?」
と私を見おろした。
 「クウン」
とないて、気配のする方を向く。

 「あっちの方向(ほうこう)……」とソアラが言いながら、後ろのエドワードを見ると、エドワードはだまってうなづいた。
 ソアラはうなづき返すと、
 「みんな。私はユッコと様子を見てくる。ここで待機(たいき)していて」
と言い、「行こう。ユッコ」と気配のする方へと歩き出した。
 心配(しんぱい)そうなコハルをちらりと見てから、私もソアラを追いかけた。

 おおよそ500メートルほど(すす)むと、不思議な気配の正体(しょうたい)がわかった。
 そこにあったのは、
 「ほこら? ……聞いたことないわね」
ソアラは首をかしげながらも、ほこらの周りに(わな)危険(きけん)がないかどうかを慎重(しんちょう)調(しら)べている。
 大丈夫(だいじょうぶ)よ。私の感覚(かんかく)には、確かに結界らしきものはあるようだけど、私たちに危険なものではないようだから。

 私はそう思いながら、すたすたと無造作(むぞうさ)にほこらに近寄(ちかよ)った。

 頭上(ずじょう)には木々の(みどり)が日の光をさえぎっていて、小さな石のほこらが忘れ()られたように(さび)しくたたずんでいる。

 そよそよと風が枝を()らす音がするが、ほこらのまわりには生き物の気配はない。
 まるで時間(じかん)がそのまま止まったような錯覚(さっかく)をおぼえる。

 「あ。こら。ユッコったら、まだ安全(あんぜん)確認(かくにん)できてないのに……」
と言いながら、ソアラもやってきたけれど、ちょっとだけほこらをながめて、
 「でも危険はなさそうだね。ちょうどいいからみんなも呼んできて、ここで休憩(きゅうけい)しましょ」
 そういってソアラがみんなを()びに(もど)っていった。

 一人になった私はそっとほこらを一周(いっしゅう)してから、正面(しょうめん)の石をそっとさわってみた。

 ――この感覚は……。(きよ)らかな川の水のような、天地(てんち)にみちる魔力のような神聖(しんせい)さと安心感(あんしんかん)をくれる不思議な力の波動(はどう)

 どこか(なつ)かしい力に、私は目を()じて記憶(きおく)をさかのぼる。
 はるかな昔、まだ私という意識(いしき)が生まれる(とお)いかなたの記憶。

 そのとき後ろから、
 「あっ。……こんなところに、ほこらなんてあったか?」
とエドワードの声がする。
 ()(かえ)るとみんなが(なら)んで立っていた。

 コハルがしゃがんで両手(りょうて)を開き、
 「ユッコ」
と私の名前を呼ぶ。そっとコハルのところに戻ると、コハルがそっと私を抱っこしてくれた。

 ――そのとき、私の脳裏(のうり)に何かがひらめいた。……あの不思議な力。あれは神力(しんりょく)だわ。

 ほこらを中心に思い思いに座り、みんなが休憩(きゅうけい)をしている。
 ヒロユキが、
 「で、このほこらって何のほこら?」
(たず)ねる。
 ソアラが苦笑(くしょう)しながら首を振り、
 「さあて何だろうね? でもこういうのは下手(へた)(さわ)らない方がいいんだよ」
(こた)えると、リリーがヒロユキに、
 「よく言うでしょ? さわらぬ(かみ)にたたりなしって」
と言い(ふく)めるとヒロユキがつまらなさそうに、
 「ふぅん……」
とほこらを見上(みあ)げた。
 エドワードが、
 「ま、でも村に戻ったら村長(そんちょう)古老(ころう)に聞いておこう。正体がわからないと不気味(ぶきみ)だからな」
と言うと、ソアラとリリーがうなづいていた。

 (うで)()んでいたゴンドーが、
 「このほこらの様式(ようしき)からいって、エルフのものでもないようだ。過去の土着(どちゃく)の神さまがまつってあるのかもしれん」
とぼそっとつぶやいた。

――――
 ほこらを出発(しゅっぱつ)して村へと戻った私たちは、早速(さっそく)冒険者(ぼうけんしゃ)ギルドのヒルズ村の支部(しぶ)へと向かった。

 村へと入ると、なにやら村の様子が(さわ)がしい。

 エドワードが、
 「なんだ? なにかあったのか?」
とつぶやくと、きっと(するど)い目をして気合(きあ)いを入れ、
 「(はや)く行くぞ! なにかいやな予感(よかん)がする」
 みんなの先頭(せんとう)を切って走り始めた。それを追いかけてみんなも走る。

 うん。とくに近くに危険な感覚はないけど……。

 私も、ざわつく心にどこかあせりながら、コハルの横を走った。

 冒険者ギルドの前の広場(ひろば)に村人たちが集まっていた。
 ギルドの入り口のところにギルドマスターの男性(だんせい)と村長のおじいさんが立っている。
 ギルマスはヒゲの引き()まった肉体(にくたい)の男性で、人間の年齢(ねんれい)はよくわからないけど50(さい)くらいだと思う。

 ギルマスは、私たちを見て、
 「おう。お前ら(もど)ったか。ちょうどいい」
とニカッと笑った。
 そのとなりで表情(ひょうじょう)をこわばらせている村長さんが、
 「ロナウド殿(どの)不謹慎(ふきんしん)ですぞ」
抗議(こうぎ)するがギルマスのロナウドは無視(むし)をして、両手(りょうて)()()らしてその場に(あつ)まった人たちに注目(ちゅうもく)をうながした。

 その場が(しず)かになったところで、ロナウドの後ろにひかえていた眼鏡(めがね)女性(じょせい)。ギルマスの秘書(ひしょ)が、
 「それでは集まっていただいた理由(りゆう)説明(せつめい)します」
宣言(せんげん)した。

 (だれ)かがゴクリとつばを()()む音がきこえる。

 女性の(こえ)(ひび)(わた)った。

 「今から二時間前に重傷(じゅうしょう)旅人(たびびと)がこの村に()け込んできました。
 (かれ)からもたらされた情報(じょうほう)により、ここから南方(なんぽう)に50キロメートル地点(ちてん)におよそ400(ぴき)のオークの集団(しゅうだん)がいることが判明(はんめい)しました」

 とたんに村人たちがざわめきはじめた。私の頭上でもフランクさんが、
 「400匹だと?」
呆然(ぼうぜん)とつぶやいている。

 400匹か。(おお)いわね。片付(かたづ)けるのに一苦労(ひとくろう)しそう。

 そんなことを考えていると、(ふたた)びギルマスが手を打った。
 「みんな! 聞いてのとおりだ。規模(きぼ)からいってオークキングが発生(はっせい)している可能性(かのうせい)(たか)い。
 ……でだ。そうすると必然的(ひつぜんてき)に、(ちか)いうちにこの村に()かって進軍(しんぐん)してくるだろう」

 ギルマスのロナウドの言葉(ことば)に、何人かの女性がふらっと(たお)れかけた。
 誰かが、
 「領主(りょうしゅ)さまに騎士団(きしだん)要請(ようせい)は?」
とたずねると、村長が、
 「すでに要請(ようせい)はした。それと同時に北の商業都市(しょうぎょうとし)ソルンに()け入れの要請(ようせい)をしている」
 「ソルンに?」と()いかける声に、ギルマスが、

 「みんなも()っての(とお)り、この村を拠点(きょてん)にしている冒険者(ぼうけんしゃ)はわずか30人。
 警備隊(けいびたい)と言っても村の(わか)(しゅう)でせいぜい20人ってとこだろう。
 ……はっきりいって村を()てて避難(ひなん)するしかない状況(じょうきょう)だ」
と言う。

 (ふたた)人々(ひとびと)(さわ)ぎ出した。
 「(はたけ)は? (いえ)はどうなるんだ?」
 「私たちは?」「ここを捨てるのか!」
 徐々(じょじょ)(さわ)ぐ声が大きくなっていくのをギルマスは目を閉じてやり()ごし、
 「(しず)まれ!」
と目をクワッと開いて大声(おおごえ)(さけ)んだ。
 (さわ)がしかったその場に静寂(せいじゃく)がおとずれる。

 村長が、
 「みなの気持(きも)ちはようわかる。ずっとこの村で生きてきたんじゃ。
 ……だがの、オークは400匹。しかもオークキングがいるとなっては、この村の貧弱(ひんじゃく)(さく)と冒険者、若い衆では(はなし)にならんよ。
 それにソルンの太守(たいしゅ)はワシのいとこじゃ。安心してソルンに()げる。これは決定(けってい)じゃ」

 ギルマスがつづいて、
 「出発(しゅっぱつ)明朝(みょうちょう)予定(よてい)だが、オークの動向次第(どうこうしだい)では夜中(やちゅう)、または今日(きょう)夕方(ゆうがた)になるかもしれん!
 各自(かくじ)荷物(にもつ)はできるだけ少なくしてほしい」
説明(せつめい)する。
 つづいて秘書の女性が、
 「冒険者はこの(あと)に集まってください。……それでは解散(かいさん)してください」
と言う。

 人々がさわぎながらあわてて自分の家に戻っていく。その場に(のこ)ったのは村長とギルマスと女性。そして、30人の冒険者だった。

 ギルマスのところに集まると、即座(そくざ)役割(やくわり)発表(はっぴょう)された。
 「わりいな。みんな。緊急依頼(きんきゅういらい)だ。この場には8パーティーがいるが、それぞれ2人から3人ぐらいずつ出してくれ」

 そのほか、ギルマスの説明によれば、ギルドで所有(しょゆう)している馬車(ばしゃ)と村で保有(ほゆう)している馬車が合わせて8(だい)あり、うち5台を食料輸送(しょくりょうゆそう)
 1台は村長とギルドの書類(しょるい)記録(きろく)運搬(うんぱん)、のこり2台を妊婦(にんぷ)(おさな)子供(こども)輸送(ゆそう)使(つか)うとのこと。
 (かく)パーティーから選抜(せんばつ)した人たちで、村周辺(むらしゅうへん)監視(かんし)食料(しょくりょう)や水を馬車へ()せる作業(さぎょう)をするそうだ。

 私たちのパーティーからは、フランクとソアラが行くことになった。
 フランクは力仕事(ちからしごと)、ソアラは監視役(かんしやく)になるだろう。私もコハルから(はな)れてソアラのところに行こうと思う。

 エドワードはさすがにリーダーなので行かせられない。
 ゴンドーとともに自分たちの馬車に荷物(にもつ)()せる手はず。
 そして、リリーとヒロユキ、コハルの三人は備蓄(びちく)してある食料などの準備(じゅんび)だ。

 エドワードがフランクとソアラに、
 「いいか。気をつけろよ。絶対(ぜったい)に生きて脱出(だっしゅつ)するぞ」
と言うと、二人とも力強(ちからづよ)く、
 「()たり(まえ)だ」「もちろん」
とうなづいた。
 私がだまってソアラのそばに行くと、コハルが心配(しんぱい)そうに、
 「ユッコ……」
と心配そうにつぶやいた。

 ソアラが私を見下(みお)ろして、
 「ユッコも()てくれる?」
と言うので、私はだまって前足(まえあし)をソアラの(くつ)の上にのせた。
 ソアラはうれしそうに、
 「(たの)むわよ」と言ってからコハルに、
 「ユッコ。()りるわね」
 「うん。ソアラもユッコも気をつけてね」

 それから、私はフランクとソアラと一緒(いっしょ)にパーティーのホームである家から出て、ギルドに向かった。
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登場人物紹介

神獣である九尾の狐。仲間を大切にする心優しい性格で、今はとある事故に巻き込まれてコハルという少女の召喚獣となっている。

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