05 脱出行

文字数 6,759文字

 森の中を、巨大(きょだい)(ぶた)(あたま)を持つ人型(ひとがた)魔物(まもの)であるオークが集団(しゅうだん)(すす)んでいた。

 じゃまな(しげ)みは手にした大きなナタで切り(はら)い、時には(ほそ)い木を切り(たお)して進んでいく。

 そのオークたちの後方(こうほう)(くろ)(よろい)()一匹(いっぴき)のオークがいる。
 (かお)にはどこかの(たたか)いの切り(きず)(あと)片目(かため)がつぶれており、(のこ)された目がまっ()(かがや)いている。

 その(よこ)空中(くうちゅう)にはぼろぼろのローブを着た不気味(ぶきみ)銀髪(ぎんぱつ)の男が()いていた。
 手にはひねくれた(つえ)を持っている。

 男は、
 「わかっているな? (かなら)ず見つけるのだ」
と黒い(よろい)のオークに()げると、オークはうなづいて、
 「ぶひぃ!」
(こた)えた。男はそのまま(ちゅう)()けるように()えていく。

 黒い鎧のオークは背中(せなか)の巨大な(けん)()(はな)つと、
 「ぶひぃぃぃ」
大声(おおごえ)を上げ、まっすぐにある方向(ほうこう)へと剣をかかげた。
 それに(まわ)りのオークたちが返事(へんじ)をして、一心不乱(いっしんふらん)進軍(しんぐん)をはじめる。
 その行軍(こうぐん)は、まっすぐヒルズ村に向かっていた。

――――
 森の監視(かんし)になった冒険者(ぼうけんしゃ)全部(ぜんぶ)で8人。
 2人ずつペアとして4チーム体制(たいせい)だ。
 私とソアラはもう一人の男性の冒険者と一緒(いっしょ)にBチームになった。

 Bチームの担当(たんとう)する監視地点(かんしちてん)は、村から2キロメートル地点の小高(こだか)(おか)だ。
 そこからなら広い範囲(はんい)を見ることができるから、いち早く異常(いじょう)発見(はっけん)できる。
 さいわいに丘までは細い道ができているので歩きやすい。

 とはいうけれど、私がちょっと集中(しゅうちゅう)して気配(けはい)感知(かんち)するエリアを広げればいいのよね。
 というわけで、さっそく実行(じっこう)しよう。

 ……意識(いしき)を集中すると、そんなに苦労(くろう)することなくオークの集団(しゅうだん)のいる場所がわかった。
 距離(きょり)はだいたい15キロメートル。情報(じょうほう)より近いけれど、あの旅人(たびびと)()げてくる間にも村に向かって進んでいたのだろう。

 それより気になるのは、オークが400匹どころじゃなくて800匹、大狼(おおおおかみ)が30匹、そして、オークの中に(つよ)い力を持った存在(そんざい)が二つ。
 一つはオークキングだろうけれど、もう一つはなんだか不気味(ぶきみ)雰囲気(ふんいき)

 森の中だけど、休憩(きゅうけい)なんてしなさそうね。
 とすると村に来るのは……、明朝(みょうちょう)の早い時間になりそう。
 みんなの避難(ひなん)()に合えばいいけど……。
 
  オークの進軍(しんぐん)を感じてか、森のなかの動物たちはすでに避難(ひなん)しているようだ。
 (みょう)(しず)かな森を進み、監視地点の丘に到着(とうちゃく)した。

 一本の木に到着し、ソアラが器用(きよう)にロープをかけて私を()っこして木の上に(のぼ)っていく。その後に男性も登ってきた。

 ソアラは太い(えだ)密集(みっしゅう)しているところで()っこちないようにロープでハンモックをつくる。
 どうやら男性と交替(こうたい)休憩(きゅうけい)しながら監視(かんし)をするようだ。

 ソアラが、
 「マルコ。最初(さいしょ)は私が監視(かんし)するわ」
というと、(こし)につけたポーチから(つつ)を取り出した。あれは望遠鏡(ぼうえんきょう)ね。

 マルコと()ばれた男性は、「(まか)せた」といってハンモックに横になる。

 さっそくソアラが望遠鏡で()っぱのすき()から眼下(がんか)の森を観察(かんさつ)しはじめた。
 う~ん。おそらくこの望遠鏡を使ってもこの丘から2キロメートルの範囲を見るのが限界(げんかい)ね。

 私はそのそばでちょこんと(すわ)る。
 ソアラが望遠鏡をのぞいたままで、
 「ユッコ。ごめんね。こんなところまで()れてきて。……でもあなたがいてくれると何だか心強(こころづよ)いわ」
と話しかけてきた。

 くすっ。こんなに危険(きけん)状況(じょうきょう)だもんね。不安(ふあん)になるわよね。

 私はそっと尻尾(しっぽ)でソアラをなでる。望遠鏡をのぞいているソアラがフフフと笑った。
 そのまま私はソアラと一緒に木の上で監視(かんし)をつづけた。

 その後、男性と交替し、再びソアラの交替時間(こうたいじかん)となった。
 もう夜になっているが、満月(まんげつ)だから森の様子がよく見える。

 マルコがパンをかじりながら、
 「今のところ、まだ異常は無いようだ」
というと、ソアラも望遠鏡をのぞきながら、
 「う~ん。そうみたいね。……このまま朝まで何にもないといいんだけれど」
と答える。
 ソアラはすでに交替前にパンを食べていて、私も少し分けてもらった。

 ソアラはそういうが、どうやらそううまくは行かないようよ。
 なぜなら、もうオークたちは3キロメートル地点に近づいている。きっと後1時間もすれば望遠鏡で見える距離(きょり)になる。

 おや? いくつかの気配(けはい)がオークの本隊(ほんたい)とは(べつ)移動(いどう)をはじめている。
 これは……、大狼ね。数は、1、2……、5匹。よりによってこっちに3匹向かってきている。

 仕方(しかた)ないわね。私は立ち上がって、ソアラのほっぺたをなめる。

 「ユッコ?」
 けげんな声を上げて私を見るソアラのおでこのペシっと前足を()せてから、私はロープの所に行く。
 じっと見るソアラに一つうなづくと、そこから(えだ)を伝いながら下に()りた。

 そのまま、「ユッコ!」というソアラを無視(むし)して森の中に走り込む。

 魔法(まほう)で自分の姿を透明(とうめい)にして、ソアラたちから見えないようにする。
 同時(どうじ)に体内で魔力(まりょく)をぐるぐるとめぐらして、運動能力(うんどうのうりょく)強化(きょうか)する。
 静かに、素早(すばや)く。満月だけど木々の葉っぱにさえぎられてまっ(くら)な森の中を進んでいく。

 気配感知(けはいかんち)に大狼の接近(せっきん)を感じたところで、木々の上に()け上がり、忍者(にんじゃ)のように枝から枝へと()んでいく。

 大狼。
 体長(たいちょう)(やく)3メートルで、三〇センチメートルほどの(きば)(するど)(つめ)武器(ぶき)だ。
 体毛も(かた)くて、(しつ)(わる)い剣ならば()(かえ)してしまうほどだ。

 (やみ)のなかに大狼(おおおおかみ)の「はっはっはっ」という(いき)づかいと赤く光る三対(さんつい)の目が近づいてきた。

 ……悪いけど、すぐに()わらせるわ。

 私は普段(ふだん)(かく)している尻尾(しっぽ)を出して、魔力を込めた。ギュンッと大狼のところに飛び込んでいき、尻尾をたたきつけた。

 三匹(さんびき)の大狼が、木々を()(たお)しながら真横(まよこ)()()んでいく。
 折れた木がズウンと音を立てて地面に(たお)れた。

 すっと地面に()りた私は、ゆっくりと大狼を()いかけて近寄(ちかよ)った。
 さあ、反撃(はんげき)してこい。

 …………うん? なんだか静かなんだけど。

 油断(ゆだん)せずに進んでいくと、三匹の大狼は仲良(なかよ)く木の下に倒れていた。目には光がない。

 だらしないわねぇ。
 私はため息をつきながら、残り二匹の気配を(さぐ)ると、森の別のところで、別の監視役(かんしやく)の冒険者と戦っているようだ。
 ただ冒険者の方が()けそうだ。

 意識(いしき)集中(しゅうちゅう)して、その戦いの場に転移(てんい)する。

 ギュンッと視界(しかい)が切り()わり、目の前では(きず)だらけの冒険者が剣を()いて一匹(いっぴき)の大狼と対峙(たいじ)している。

 ぐるるるるとうなる大狼に冒険者は絶望(ぜつぼう)した表情(ひょうじょう)だ。
 私は無造作(むぞうさ)に大狼に下に(もぐ)り込んで、大きなおなかを()り上げた。

 「キャウン」
 おなかを()られた大狼は真上(まうえ)()き上がり、私は即座(そくざ)に飛び上がって、今度(こんど)はその頭を()()とす。
 ズシンという音とともに大狼は地面にたたきつけられ、地面にひび()れが(はし)る。

 今、透明(とうめい)だから大丈夫(だいじょうぶ)だと思うけれど、すぐに最後(さいご)の大狼のところへ瞬間移動(しゅんかんいどう)する。

 そこはすでに冒険者が二人とも地面に倒れていて、今まさに大狼がとどめを()そうとしているところだった。

 なんだかめんどくさくなってきた私は、尻尾(しっぽ)から雷撃(らいげき)(はな)つ。
 暗闇(くらやみ)をまばゆい光が走り、大狼をつらぬいた。

 ビリビリと(ふる)える大狼だったが(さけ)ぶこともできずに、プスプスと(けむり)を出しながらまっ黒焦(くろこ)げになって(くず)れるように地面に倒れた。

 (たお)れている冒険者に近寄る。
 まだ生きてはいるようだが、すでに意識(いしき)はない。体のあちこちに(きず)()っている。。

 だまって回復魔法(かいふくまほう)をかけると、あたたかい光が二人を(つつ)みこみ、(きず)(なお)っていく。最後に尻尾でほっぺたをビンタして目を()まさせると、すぐに瞬間移動(しゅんかん)でソアラのいる木の下に転移(てんい)した。

 自分にかけた透明化(とうめいか)魔法(まほう)解除(かいじょ)し、(えだ)(つた)いながら上に登った。

 「ユッコ! よかった。……もしかしておトイレだった? 心配(しんぱい)したよ!」
と私を見たソアラが私を()きしめた。

 その間、マルコが望遠鏡(ぼうえんきょう)をのぞき込みながら、
 「静かに! 今、地響(じひび)きと何かが(ひか)ったぞ」
と小さく(さけ)ぶ。

 それを()いたソアラが、はっとしてマルコの(となり)から森を(なが)めた。

 ごめん! それ私のせい! と思いつつ、そしらぬ(ふう)をよそおって、ソアラのとなりに座る。

 不意(ふい)に私の耳に(ふえ)の音が()こえる。

 ソアラが、
 「どうやら他のチームのところに(てき)(あらわ)れたみたいね」
 「予想(よそう)より早い。……撤退(てったい)合図(あいず)だ。村に戻ろう!」
 マルコがそう言うと、ソアラが私を抱っこしてそのまま木から飛び降りた。

 すぐにマルコも飛び降りてきて、(なら)んで村に向かって走る。

 私が(たす)けた冒険者たちもどうやら無事(ぶじ)のようで、村に向かっているようだ。
 ちなみにオークの本隊は、もうここから2キロメートル地点。村から4キロメートルだ。

――――。
 村に戻ると、緊急(きんきゅう)(かね)がカンカンと打ち()らされていた。
 夜中にもかかわらず人々がわらわらとうごめき、松明(たいまつ)()らされながら村の北に向かっていた。

 村の入り口でギルマスが()っていてくれて、
 「どうやら来たようだな。予想(よそう)より早いが、ぎりぎり準備(じゅんび)(ととの)ったところだ。お前たちもすぐに自分のパーティーの所へ(もど)れ」

その指示(しじ)にしたがって、ソアラと二人でエドワードやコハルの()つ家まで走った。

 私たちがいない間に避難(ひなん)する順番(じゅんばん)が決まっていたようで、村人たちの(れつ)要所(ようしょ)に冒険者の馬車が配置(はいち)された。

 ちなみに私たちの馬車は一番後ろだ。
 御者台(ぎょしゃだい)にはゴンドーが手綱(たずな)(にぎ)り、荷台(にだい)の後方にはエドワードとフランク、リリーの三人が陣取(じんど)って、後ろから来る魔物(まもの)警戒(けいかい)している。
 ソアラは中央(ちゅうおう)で、左右の森の様子を見ている。……ま、ここらへんは大丈夫(だいじょうぶ)よ。
 だって気配感知に引っかからないもの。

 私はコハルのそばで座り込むと、コハルが(やさ)しく私の背中(せなか)をなでてくれた。

 「ユッコ。私たち……、大丈夫かな?」
 不安(ふあん)げなコハルの声を聞いて、見上(みあ)げると心配(しんぱい)そうなコハルがこわばった表情(ひょうじょう)で私を見ていた。
 私は立ち上がって、コハルのほっぺたをぺろんとなでると、コハルがぎゅっと()きしめてくる。

 そばでは毛布(もうふ)にくるまったヒロユキがじっと見ている。
 が、両肩(りょうかた)を抱いて(ふる)えているようだ。
 そっと尻尾(しっぽ)をヒロユキの足に()きつけると、ヒロユキと目が合った。

 私は気がつかれないように、そっと催眠(さいみん)魔法(まほう)を二人に使(つか)う。
 ヒロユキとコハルは少しずつまぶたが下がり、その場で二人が()()うように(ねむ)りはじめた。

 ソアラがその様子を見ていたが、気にせずに私も二人の頭のそばで身体を(まる)め、そっと目をつぶった。

 馬車の振動(しんどう)を感じながら、気配感知で周りに魔物がいないかどうか気をつけつつ、眠ったふりをする。

 ……大丈夫。このまま無事(ぶじ)にソルンまで行けそうだわ。

――――
 オークたちがヒルズ村になだれ込んだのは、村人(むらびと)たちが避難(ひなん)()えてから三時間たった(あと)だった。

 すでにもぬけの(から)になっている村だったが、オークたちが家の中に入り込んでその場にあるものを破壊(はかい)していく。
 まるで何かを(さが)しているようだ。

 オークキングはその様子を見ていたが、ふと(よこ)を見る。
 すると、そこの空間(くうかん)がゆらぎ、ボロのローブの男が現れた。満月(まんげつ)の光に男の銀髪(ぎんぱつ)がキラリと光る。

 男はオークキングに何かを言うと、再びその場から姿を()す。

 森から(はな)れた木々(きぎ)の中のほこら。
 葉っぱのすき()から満月の光が()()んで、幻想的(げんそうてき)光景(こうけい)になっている。

 そこへローブの男が現れた。
 男はほこらへ近づこうとするが、その前に光の(かべ)が現れた。

 「ふん。こんなもので(おれ)(ふせ)げるとでも思っているのか?」

 男は光の(かべ)に手を()えた。その手のひらから黒い光があふれ出し、光の(かべ)にヒビが入っていく。

 パリーン。

 まるでガラスが()れるような音がして、光の(かべ)粉々(こなごな)()えていった。
 男はほこらに近づき、石の(とびら)(ひら)く。

 ほこらの中には白く光る宝玉(ほうぎょく)があった。
 男は、ニヤリと(わら)い宝玉を手に取る。

 「ふははは。忌々(いまいま)しい神力(しんりょく)封印(ふういん)宝玉(ほうぎょく)がこれでついに揃ったぞ。
 ……これで魔王(まおう)さまが復活(ふっかつ)する。
 人間(にんげん)どもよ。絶望(ぜつぼう)せよ。お前たちの平和(へいわ)な夜は今日が最後(さいご)だ」

 月の光を()びて、男の目が赤く、まがまがしく光る。
 笑いつづける男の周囲(しゅうい)に黒い(けむり)のような瘴気(しょうき)が立ちこめていった。
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登場人物紹介

神獣である九尾の狐。仲間を大切にする心優しい性格で、今はとある事故に巻き込まれてコハルという少女の召喚獣となっている。

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