12 砦での戦い 2
文字数 7,179文字
砦の戦いは夜になっても続いていた。
とつぜん、夜空に巨大な魔方陣が浮かび上がる。
赤い光の柱が魔方陣と下の地面をつなぐと、そこから一つ目の大巨人、サイクロプスが現れた。
小学校の校舎の高さほどもあるサイクロプスが、両手を振り上げて、雄叫びを上げる。
その雄叫びに、魔物も騎士たちも身体がすくんで、動きが止まる。
弱い魔物や騎士は恐怖で動けない。
大またで歩いてきたサイクロプスは、砦を見下ろして、こん棒を無造作に振り下ろした。
そのこん棒が聖女の結界に防がれる。しかし、その衝撃で聖女が力つきて倒れ込んだ。
戦場を指揮していた騎士団長のアルスが、
「まずい!」
と言って、すぐさま騎士に指示をして、聖女の元へ走らせる。
その間に、ふたたびサイクロプスはこん棒をふりあげた。
騎士たちが恐怖に おののいた表情になる。
しかし、そこへキョウコが手にした剣をサイクロプスに向けて、
「放て!」
とさけんだ。
その時、賢者マーロンの魔法が完成する。
サイクロプスの脳天に、夜空から大きな雷が落ちた。
バリバリバリという音を立てて、雷の光が頭から足までサイクロプスを貫き、地面を伝わって周りの魔獣にも おそいかかっていく。
身体の焦げたサイクロプスがそのままの姿勢で固まったように動かない。
しばらくしてサイクロプスの上体が後ろに倒れかかった。
「やったぞぉ!」
と騎士たちが叫んだ。
マーロンが激しく息を切らせながら前を見る。
「……うぬぬ。まだじゃ」
とうめくように つぶやいた。
後ろに倒れかかったサイクロプスだったが、急に力を取り戻したように踏ん張った。
大きな目がギョロリと砦の上の騎士をにらんだ。騎士たちは ぶるぶると ふるえている。
サイクロプスの一つ目が赤く染まり、
「ぐおおおおおー!」
と叫びながら、こん棒が振りおろされる。
「させない!」
キョウコが砦のはしから、サイクロプスに向かって 矢のように一直線に飛び込んでいった。
こん棒を振りおろそうというサイクロプスの胸に、キョウコの剣が突き刺さる。その剣を中心に、直径5メートルくらいの円形に光が走り、サイクロプスが後ろに倒れていく。
ズズズン。
地面に降り立ったキョウコは、ぜえぜえと息を荒げながら まわりを見回した。
キョウコは魔獣や がいこつ兵のど真ん中にいた。
砦の大扉が開き、馬に乗った騎士団が飛び出してくる。その先頭はアルス騎士団長だ。
「勇者を守れ!」
馬上槍をかかげたアルスの声に騎士たちが、「「「おう!」」」と気合いを入れる。
しかし、騎士たちの行く手に、赤い大きな鬼が立ちふさがった。
巨大なハンマーを持ったオーガ―だ。
「ふしゅるぅぅ。ここはぁ、通行止めだ。……ってか、つぶれて死にやがれ!」
そう叫んだオーガ―はハンマーを振り下ろした。
アルスは馬を巧みにあやつって、そのハンマーをよけて、通り過ぎざまに、ランスでオーガ―の脇腹をねらう。
しかし、アルスにつづいていた騎士たちのうち、何人かはハンマーをよけられずに、馬ごと吹っ飛ばされた。
アルスのランスの表面が赤く光っている。オーガ―に突き刺さったところから、ジュウウゥゥと焼ける匂いがする。オーガ―がのけぞって、
「ぐおおおぉぉ」
と苦しそうにうめいて、脇腹にささったランスを抜こうと手を添えた。
そこへ背後からアルスが斬りかかった。
「火炎十字剣!」
オーガ―の背中に大きな十字の傷が刻まれる。
前向きに倒れ込んだオーガ―に向かって、砦から魔法が放たれる。オーガ―のいたところに大きな火柱が立った。
その火柱を避けるように騎士たちが勇者を目指して進んでいく。
火柱が消えた後にはオーガ―が死んでいた。
――――。
そのころ、砦の右手の山の中では、巨大なクモの化け物と冒険者たちが戦っている。
「ちぃ! よりによってネクロマンチュラかよ!」
死の大グモとも呼ばれるネクロマンチュラは、足を広げた大きさが約30メートルほどもあり、その背中にはドクロのように見えるアザがある。
足の先にある大きなツメと、鋭いキバ。おしりから出す糸で獲物を捕らえる危険な魔獣だ。
四方八方から火の魔法がネクロマンチュラに飛んでいく。
しかし、ほとんどの魔法が針金のように太い毛に防がれて、ダメージを与えることができない。
冒険者に向かって、頭上からクモの糸が網のように飛んできた。
何人かの冒険者がそれに捕まり、地面に倒れ込む。
ネクロマンチュラがその冒険者めがけて突進してきた。
その背中に大剣を持ったエドワードが降り立ち、大剣を背中から突き刺した。
ネクロマンチュラが痛みに激しく動く。
エドワードが必死になって大剣を支えに振り落とされないようにふんばっている。
そこへゴンドーが大斧で斬りかかり、ネクロマンチュラの足を一本切り飛ばした。
次の瞬間、八つある大きな目の一つに、ソアラの投げた短剣が突き刺さる。
その痛みに一瞬動きがとまるネクロマンチュラ。
そこへリリーが氷の魔法を放った。ネクロマンチュラの目が氷に閉ざされていく。
「今だ! みんなかかれ!」
誰かの掛け声で、冒険者がネクロマンチュラにおそいかかった。
めちゃくちゃに暴れるネクロマンチュラに何人かが吹っ飛ばされるが、次々に切り込んでいく冒険者に、ネクロマンチュラがすこしずつ弱まっていく。
エドワードが再び背中から別の場所に大剣を突き下ろした。
「こいつでおしまいだ!」
――こうして山中の戦いでは冒険者が無事に勝利をおさめた。
キョウコは油断することなく周りを見回している。
不思議と がいこつ兵やオークなどは、キョウコと一定の距離をたもっている。
キョウコの正面のがいこつ兵の集団が、左右に分かれていく。
その中から、黒い鎧を着たオークを引き連れた黒騎士が現れた。
黒騎士がキョウコの前で仁王立ちになり、
「ふははは。きさまが勇者か! 俺は黒騎士カロン。魔王様の四天王の一人にして最強の騎士だ」
黒騎士は手にした大剣をキョウコに向ける。
「きさまに一騎打ちを申し込もう。……俺を楽しませろ!」
そういっていきなりキョウコに向かってつっこんで来た。
振り下ろしの一撃をキョウコはサイドステップでよけ、そのまま黒騎士に斬りかかった。
すばやく大剣を切り返した黒騎士と、キョウコの剣がぶつかって火花を散らす。
「うぬ。良い剣筋だ。……それにその剣は聖銀の剣か? 我がダーインスレイブと打ち合えるとはおどろきだ」
いったん距離を取り合う二人。キョウコは、
「この砦は絶対に守ってみせる。あなたを倒して!」
と叫び、全身に魔力をまとわせると、先ほどよりも数段階上のスピードでカロンに斬りかかった。
「ぬお?」
カロンは驚きながらも、キョウコの剣を受け止める。ギリギリと つばぜり合いをする二人。
カロンはキョウコを見下ろしながら、
「ふははは。ならば俺も本気を見せてやろう。……血をすすれ! ダーインスレイブ」
そう叫ぶと、カロンの剣が不気味に赤く光り、ギチギチと音を立てながら形が変わっていく。
より大きく、そして赤く光る大剣に変化したダーインスレイブは、まるで心ぞうの鼓動のように、ドクンドクンと明滅して光っている。
無造作に横なぎに切り払ったカロンの剣の力を受け流して、キョウコも後ろに下がる。
カロンが、
「ふはははは。きさまの血が欲しいと剣がいっているぜ!」
とキョウコに斬りかかった。
キョウコの聖銀の剣が白く光った。
キョウコは、カロンの剣を受け流しながらも、上手にステップを踏んでカロンと戦う。
力はカロン、スピードはキョウコが上だ。
二人の戦いが きっ抗している間に、騎士団がキョウコを守ろうとやってきた。
しかし、その前に がいこつ兵やオークが立ちふさがり、黒い鎧のオークが騎士団長のアルスに斬りかかった。
その間にも、キョウコとカロンの戦いは激しさを増していく。
しかし、長く戦い続けているキョウコの体力は限界をむかえていた。
とうとうカロンの強烈な切り下ろしを、キョウコが受け流しに失敗する。
キョウコの手から聖銀の剣が吹っ飛ばされる。
しかも戦い続けたキョウコの手は、ブルブルと震えて力が入らない状態だ。
カロンを見上げるキョウコは絶望の表情をうかべた。
カロンはニヤリと笑うと、
「さらばだ。勇者よ! この剣の血となり、その命を魔王さまにささげるがよい!」
とキョウコの頭上からダーインスレイブを振り下ろした。
黒い鎧のオークと戦っているアルスが、
「キョウコぉぉ!」と叫ぶ。
キョウコが思わず目をつぶった。……そのときだ。
キョウコの髪の中から、一本の黄金色の毛が、キョウコとカロンの間に飛び出した。
ユッコのしっぽの毛だ。
ダーインスレイブの一撃がたった一本の毛に防がれる。
そして、目を見開いたカロンの前で、黄金の毛が まばゆい光を放った。
その光に飲み込まれたカロンの全身が白銀の炎に包まれる。
「ぐ、ぐわあぁぁぁぁ」
と、のたうちまわるカロン。
まばゆい光は、そこを中心に広がっていき、戦場のすべてを覆い尽くす。
光につつまれた魔獣や がいこつ兵などの魔族軍が、ことごとく白銀の炎に包まれて地面に倒れていった。
キョウコが目を開くと、すべての敵が炎に包まれ、目の前ではカロンが転げ回っている。
広がった光が集まってきて、キョウコに吸い込まれるように消えていく。
「今の光は? ……身体がかるい?」
キョウコの全身に不思議な力が充満する。
今まで以上の力が身体の奥から わいてくるようだ。
両手を握りしめているキョウコの目の前で、ぼろぼろになったカロンがよろよろと立ち上がった。
「き、きざまぁ」
と、うめき声をあげるカロン。
その目の前の空間が揺らぎ、ローブを着た銀髪の男が現れた。
男はカロンを見下ろし、
「カロン。お前は先にかえれ」
と手を振り上げると、カロンのすがたが すうっと消えていった。
男はキョウコに振り向くと、
「さすがは勇者だ。我が名はバアル。いずれ会うこともあろう。
……ここは我らの負けだ。いさぎよく退くとしよう。さらばだ」
と告げ、カロンと同じように消えていく。
キョウコは何もできずに、それを見ていた。そこへ、ようやく騎士団長のアルスがやってきた。
「キョウコ。大丈夫か!」
キョウコはうなづく。
「ええ」
アルスはうなづきかえすと、騎士たちの方へと振り返って、
「我々の勝利だぁぁ!」
と、剣を高々と掲げて勝ちどきをあげた。
騎士たちが同じように剣をかかげて、「おおお!」と声を上げる。
砦は守りぬいた。
――そう思った瞬間、キョウコは疲れが出てきて、その場で意識を失った。
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