０９　キョウコ・カタギリという少女

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　二人の男(おとこ)がヒロユキとコハルに突(つ)っ込(こ)んでいきそうなとき、一人の少女(しょうじょ)が男をあっというまにノックアウトした。
　くるっと振(ふ)り返(かえ)った少女(しょうじょ)は、
　「大丈夫(だいじょうぶ)だった？」
とヒロユキとコハルを心配(しんぱい)していたが、どこにもケガがないとわかると、
　「そう！　よかった」
と輝(かがや)くような笑顔(えがお)を見せた。

　「私、片桐京子(かたぎりきょうこ)じゃなかった……、ええっとキョウコ・カタギリよ。よろしくね」
という少女に、コハルは、
　「私はコハル。冒険者(ぼうけんしゃ)よ」
と一礼(いちれい)する。

　……あれ？　ヒロユキは？　と思って見上げると、ヒロユキは赤くなってかたまっていた。

　キョウコがヒロユキに、
　「君(きみ)はなんていうのかな？」
と微笑(ほほえ)むと、ヒロユキがあわてたように、
　「お、俺(おれ)はヒロユキだ」
と返事(へんじ)をした。
　キョウコはおもしろそうにヒロユキを見ていたが、路地(ろじ)から衛兵(えいへい)が出てくるのを見て、
　「そこにのびているわ。後(あと)はよろしくね」
と指示(しじ)を出した。
　衛兵のひとたちは、「はい！」と短(みじか)く返事をすると、地面(じめん)にのびている男二人を縄(なわ)でしばり上げ、どこかへ連(つ)れていった。

　キョウコは、くるっとこっちをみて、
　「見たところ、おつかいの最中(さいちゅう)かな？　よし！　お姉(ねえ)さんも手伝(てつだ)ってあげよう」
と言うと、コハルの持(も)っていたカゴをさっと手にとって、
　「さ。どこに行くのかな？」
と首(くび)をかしげた。

　コハルが、
　「え―！　助(たす)けてもらったのに悪(わる)いよ」
というが、キョウコは、「なんでもないよ」とゆずらない。

　とうとうコハルはあきらめて、
　「じゃあ、お姉ちゃんにお願(ねが)いします」
　「ん～！　かわいい！　私もこんな妹(いもうと)ほしいかったぁ」
と笑った。

　ヒロユキは赤(あか)くなって緊張(きんちょう)していたけれど、家まで荷物(にもつ)を運(はこ)んでくれたキョウコは、私の前にしゃがみこんで、
　「ねぇ。あなたはペットかしら？」
と言って、そっと手を伸(の)ばしてきた。

　私の首元(くびもと)をそっとなでてから、そっと背中(せなか)をなでる。私はなでられるままにしながら、キョウコの様子(ようす)をうかがった。

　……キョウコは、にへらっとだらしない笑顔(えがお)を見せながら、
　「うんうん。いい毛なみ。けもの臭(くさ)くもないし。……むふふ。モフモフね」

　その笑顔と言葉(ことば)を聞(き)いた瞬間(しゅんかん)、背筋(せすじ)がぞぞぞっとふるえたのは仕方(しかた)がないと思う。
　思わずちょっと視線(しせん)をそらしたすきに、キョウコにつかまってしまった。

　「むふふふ。つ～か～ま～え～た～」

　キョウコの手が私の身体(からだ)をなでる。って、あ、ちょっと！　どこさわって……、だめだって！

　一生懸命(いっしょうけんめい)もがいて、キョウコの魔(ま)の手から逃(に)げ出して、コハルのうしろにかくれる。

　コハルの背中ごしに、キョウコの、
　「あ～ん。もうにげられちゃった～」
という残念(ざんねん)そうな声(こえ)が聞こえる。
　そっとコハルの背中ごしに見ると、キョウコが猟師(りょうし)のように私を見つめていた。

　……やだよ。そっちに行かないからね！

　するとキョウコは唇(くちびる)をとがらせて、
　「ちぇ～。きらわれちゃった」
とわざとすねた顔(かお)をする。コハルがあわてて、
　「お、お姉ちゃん。こんどユッコにさわらせてってお願(ねが)いしておくね」
となだめる。……勝手(かって)に約束(やくそく)しないでほしいわ。

　でもそれを聞いたキョウコは、
　「お、本当(ほんとう)？」
とニヤリと笑った。

　ううぅ。いやがっても、私は召喚(しょうかん)されてるから、コハルにお願いされちゃうとガマンするしかないのよね。

　「ま、今日(きょう)はいきなりすぎたかな。ごめんね」
とキョウコは私の顔をのぞき込んだ。……まったくしょうが無いわね。

　私はぺろっとその顔をなめると、キョウコは笑って、
　「くすくす。よかった。許(ゆる)してくれたみたいね」
と言ってはなれる。
　そのままヒロユキに、
　「ねぇ？　二人だけで住(す)んでるの？」
と言う。
　急(きゅう)に話(はな)しかけられたヒロユキが、照(て)れて目を見れないようで、そっぽを向いて、
　「みんなは砦(とりで)の方に戦(たたか)いに行ったんだ。……エドワードたちは強(つよ)いから、魔族(まぞく)なんかに負(ま)けないよ。きっと帰(かえ)ってくるさ」

　キョウコは、ちょっと表情(ひょうじょう)をこわばらせたが、
　「……そっか。……そうだよね。大丈夫(だいじょうぶ)だよ。きっと帰ってくるよ！」
と励(はげ)ますように言(い)う。

　でも私には、それがから元気(げんき)のように見えた。キョウコの目が何(なに)かにおびえるようにおよいでいる。……そうか。この子も戦場(せんじょう)に行くのね。
　なんだか急にこの子に何かしてあげないといけない気(き)がする。なんだろ？　この気持(きも)ち……。

　不思議(ふしぎ)な焦燥感(しょうそうかん)とともに、尻尾(しっぽ)の毛を一本抜(いっぽんぬ)くとそこに魔力(まろく)を込めて、キョウコに気づかれないようにそっとキョウコの髪(かみ)にまぎれこませた。

　無事(ぶじ)に魔族(まぞく)を撃退(げきたい)できますように。そう願(ねが)いを込めて。

――――。
　それから二日たって、王城(おうじょう)から勇者(ゆうしゃ)が率(ひき)る騎士団(きしだん)の本隊(ほんたい)が、南部街道(なんぶかいどう)の砦(とりで)に向(む)かって出発(しゅっぱつ)すると発表(はっぴょう)があった。

　人々(ひとびと)は勇者(ゆうしゃ)の登場(とうじょう)におどろき、対魔族(たいまぞく)の切(き)り札(ふだ)としてさっそく出陣(しゅつじん)すると聞いて、街(まち)のあちこちで歓喜(かんき)の声を上げてさわいでいた。

　大勢(おおぜい)の人々がその勇士(ゆうし)を一目見(ひとめみ)ようと大通(おおどお)りの脇(わき)に詰(つ)めかける。

　ヒロユキとコハルは、マリーと呼(よ)ばれた錬金術師(れんきんじゅつし)のおばさんに連(つ)れられて見送(みおく)りに来(き)ている。

　うう。人ごみがすごくて、ここからじゃ見えないわ。……うん。私だって見たいんだもの。ここはちょっとズルをさせてもらおうかな。

　私はそっとコハルのそばを離(はな)れると、近(ちか)くの建物(たてもの)と建物の隙間(すきま)に入り、壁(かべ)にそっと前足(まえあし)をかけた。

　壁(かべ)をけって、となりの建物の壁(かべ)をけって、また壁(かべ)をけって……。三角飛(さんかくと)びのようりょうで、建物のすき間で、両(りょう)サイドの壁(かべ)をけりながら上に登(のぼ)っていく。
　屋上(おくじょう)まで届(とど)いたところで、一番(いちばん)はしっこから大通(おおどお)りを見下(みお)ろした。

　大通りの脇(わき)に集(あつ)まったたくさんの人々が歓声(かんせい)を上げている。その中を一人の騎士(きし)が先導(せんどう)して４列(れつ)に並(なら)んだ騎士(きし)たちが進(すす)んでいく。

　歩兵(ほへい)、弓兵(きゅうへい)と続(つづ)き、騎兵(きへい)がつづいていくが、騎兵(きへい)の集団(しゅうだん)の前に一人の少女(しょうじょ)が馬(うま)に乗(の)って先導(せんどう)していた。

　遠目(とおめ)にその女性(じょせい)を見つめる。黒髪(くろかみ)のまだあどけない少女。白銀(はくぎん)の美(うつく)しい鎧(よろい)を身(み)につけ、人々に手を振(ふ)っている。あれは……キョウコだわ。

　人々が、
　「勇者(ゆうしゃ)さまぁ！」
とさかんに声を掛(か)けている。

　キョウコの後ろには二列で馬に乗った騎士(きし)たちが続いている。馬上(ばじょう)のキョウコはりりしく、気がついたヒロユキとコハルが、ぶんぶんと手を振(ふ)っている。

　二人に気がついたキョウコが、二人にわかるようにニッコリ笑(わら)う。そして、何かを探(さが)すかのようにきょろきょろと……、あれって私を探しているわよね？

　私はここよ。

　そう念(ねん)じたとき、キョウコが私を見上(みあ)げ、目が合(あ)った。
　キョウコが私に向(む)かって笑顔(えがお)で手を振(ふ)る。私は尻尾(しっぽ)を振(ふ)りかえした。

　それを見たキョウコが笑(わら)いながら、正面(しょうめん)に向(む)きなおって馬を進(すす)めていった。

　戦(いくさ)におもむく少女。
　人々の希望(きぼう)を一身(いっしん)に受(う)けて遠(とお)ざかっていく勇者(ゆうしゃ)の背中(せなか)は、年相応(としそうおう)に小さく見えた。