21 3つの試練 1
文字数 5,179文字
無事に階段を見つけ、その途中で休憩を取った。
ダンジョンって階層ごとに雰囲気や、出てくる魔物や罠がガラッと変わったりするから、その境目で休憩を取るのが大事なことなのよ。
まあ、私くらい、いろんなものを感知できるようになれば、どうってことないけどね。
折角だから、二人にこっそりと体力回復の支援魔法をそっとかけておきましょう。
というわけで、とうとうやってきましたダンジョンの最下層。
階段を下りきった目の前に装飾の施された大きな扉がある。
私の感知能力によれば、この向こうには二つの小部屋がつづいたのちに、大きな広い空間がある。普通に考えれば、ダンジョンボスの部屋でしょうね。
そしてボスルームの向こうに小部屋が一つある。この部屋がくせもので、ちょっと不思議な波動を感じる。
ちなみにボスは巨大なヒュドラのようね。あれって再生能力が高いから、めんどくさいのよね。
ヒロユキとコハルが扉を見上げている。
コハルが、
「ここって……」
「ボスの部屋だろうな」
「私たちで大丈夫かな?」
「見るだけ見てみようぜ」
「うん……」
りっぱな扉にコハルはびびっているみたい。予想がついていたことなので、二人に勇気を出させるために、やる気の出る気分高揚の精神魔法をかけておこう。
ヒロユキが意を決して、扉に手をそえてコハルと私を見る。
「じゃあ、行くぞ!」
「うん!」
ギギィィと音を立てて、見た目よりスムーズに扉が開いていく。そのすき間から光があふれ出して――。私たちはバラバラに転移された。
――――
ヒロユキが気がつくと、一人で細い洞窟の通路にいた。
「む?」
自分一人だけが転送されたと気がつき、すぐに腰の剣に手をそえて周りを見回した。
ヒロユキの後ろはすぐに行き止まりの壁。通路は目の前に伸びる一本のみ。
その目の前の通路の奥から、足音が聞こえる。
「ちっ。敵か」
ヒロユキは剣を抜こうとした。そのとき、通路の奥から、
「まて! お前と剣で戦うつもりはない」
と、どこかで聞いたことのあるような男の子の声が聞こえた。
その言葉が終わるやいなや、現れたのは――、まさにもう一人のヒロユキだった。
「お前!」
「ははは。そうやって、いきり立つなって。俺はお前だぜ?」
ヒロユキは、
「ふざけんな! 俺は俺だ!」
と言うが、もう一人のヒロユキはうなづいて、
「ああ。そうさ。お前はお前。……まあ、言ってみれば、俺はお前の心の影のようなもんだ」
そういって影ヒロユキは、にやりと笑った。
――――
そのころ、コハルも一人で池のそばにたたずんでいた。
正面にはもう一人のコハル、――影コハルが意地悪そうな笑みを浮かべている。
「ねえ。あなた。いつまで他の人に頼っているつもり?」
あざけるような影コハルの言葉に、コハルは手を握りしめて耐えている。
そこへ容赦なく辛らつな言葉がかけられる。
「何も言い返せないの? そうよね。だって今、あなた一人だもの。一人じゃ何もできないもんね」
「そ、そんな……。そんなことない……」
「え? なあに? 今、なにか言った?」
コハルは必死に顔を上げた。
「わ、私だって! 一人でだって」
「何ができた?」
「………………」
コハルは黙ってうつむいてしまう。
「何もできないわよね。いっつも、ヒロユキやリリーがやってくれたものね」
「……で、でも」
影コハルがぴしゃりと言う。
「無理ね。自信もやる気もないあなたには、何にもできない。いっつも流されてばかり。……だからね。ここから先は、私があなたの代わりになってあげる」
「え?」
「私はずっとあなたの心の中で我慢してたの。私ならもっと上手くやれるって。だから、これからはあなたが私の心の中で我慢……。いや、その方があなたにとっては楽よね。見てればいいんだから」
影コハルは笑いながら、池からどこかへつづいていく道を歩いて行く。
「ふふふふ。外の世界が楽しみだわ。何にもできないコハルちゃん。もし勇気があるんなら、早く追いかけてこないと 間に合わなくなるわよ?」
一人、とりのこされたコハルは、うつむいて、
「私は……」
とつぶやいていた。
――――
影ヒロユキは、ヒロユキを見下すように、
「で、いつまで強がってんだ? もうわかってんだろ?」
「……なにがだ?」
「おいおい。とぼけんなよ。お前と俺の仲だろ? わかってんだぜ。自分に力がないってことくらいよ」
「はあ? なにを言ってる?」
「だからとぼけんなって。強がってるのも、コハルがいるってのもあるけどよ。そうしないとお前、薄っぺらだもんな。……くっくっく」
ヒロユキは怒って影ヒロユキをにらみつけた。
「おー。怖い怖い。……本当はエドワードみたいに強い男でいたいんだろ? だけど、いい加減あきらめろよ。お前にゃ無理だ」
ヒロユキは拳を握ると影ヒロユキに殴りかかった。
「ふざけんな!」
しかし、拳は影ヒロユキを通りぬけた。
「ぷっ。なに一人相撲してんだ? バカみたいによ。……理由を教えてやろうか?」
「勝手に言ってろ!」
影ヒロユキはおもしろそうに満面の笑みで、
「おう。言わせてもらうぜ。お前にはエドワードにはなれねぇ。フランクやゴンドーみたいにもな。……どだい無理なんだよ。自分の弱さや無力さを受け入れられねえ奴に、強くなる資格なんてねぇ。ましてや英雄なんて夢のまた夢だ」
「きっさま!」
ヒロユキは再び殴りかかるが、ふっと影ヒロユキの姿が消えた。
たたらを踏んだヒロユキが周りを見まわす。
「どこだ! 隠れやがって!」
すると通路の奥に、影ヒロユキがポッと姿を現す。
「悪いけどよ。入れ替わらせてもらうぜ。……もううんざりなんだよ。お前の心の中でお前を見てるのがよ。俺ならもっと上手くやれるぜ? だから俺に任せて、お前は心の中から見てろよ。……俺の英雄潭をな」
そういって闇の奥へと歩いて姿が消えていく。
「お前には、その行き止まりがお似合いだ。……文句ならいつでも受けて立つぜ。間に合えばいいけどな」
そういって気配が遠ざかっていく。
ヒロユキは拳を握りしめ、キッと影ヒロユキの消えた通路の先をにらんでいる。
「くそ! ……俺はこんなところで……」
――――
あれれ? ヒロユキとコハルは?
私が転移してきたのは、星空の美しい丘の上だった。
一本の木が枝を伸ばしていて、その木の下にある岩の上で、一人の美しい女性が琴を弾いている。
月光がスポットライトのようにその女性を照らし、幻想的な光景だ。
私が近づいていくと、女性が私を見て琴を弾いていた手を止めた。
「あらら? 異世界の神獣さん? どうしてここに?」
う~ん。説明がめんどうだわ。
そう思ったら、女性がクスクスと笑い出した。
「説明がめんどう? ちょっとまってね」
女性は瞑想するようにそっと目を閉じた。
……っていうか、私の心の声が聞こえたのね? 聖気に満ちているし、もしかして精霊か女神様かしら。
女性は目を閉じたままでうれしそうに微笑んで、
「両方、正解よ。……私は月の女神イシュルナ。っと、見えてきたわ」
女神イシュルナはうんうんと言いながらうなづいて、
「なるほど。あなたは召喚されたのね。で、今は魔王がいて、あなたは召喚主とともに私のダンジョンに来てるってわけね」
え? ここって月の女神のダンジョンだったの?
すると女神は口をとがらせて、
「ぶー! 知らないできたの? まったく上の連中は何してるのかしら?」
と不満そうに言った。けれど、すぐに目を開いて微笑んで、
「でもまあ、よくこの世界に来たわね。歓迎するわ」
それはどうも。……ところでヒロユキとコハルはどこかしら?
「そうよね。召喚主のことが気になるわよね。……ええっと、二人とも勇気の試練のところにいるみたいね」
勇気の試練?
「そ。聖剣を託すにふさわしいかどうかを試す三つの試練の一つ。……ちなみにアナタは規格外すぎるから、私の所へ転送されたってわけ」
ふうん。なるほどね。状況がようやくわかったけど……。二人とも大丈夫かしら。
「心配よね。でもこれは自分で乗り越えないといけないのよ。……心配なら見てみましょうか」
女神がそう言うと、虚空にスクリーンが二つ現れた。一つはヒロユキ、もう一つにはコハルが映っている。
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