02 異世界ですって

文字数 5,777文字

 部屋の中のキッチンには、二人の男性と二人の女性がいた。

 男性の一人はがっしりした体つきの二十代後半くらいで、赤い(かみ)をしていて、(かたわら)らに大きな剣を立てかけて、意志の強そうな顔をしている。

 もう一人の男性も二十代後半くらいのようだ。やや細身(ほそみ)ながらもほどよく筋肉のついた男性。にこやかながらも、するどく私を見ている。

 二人の女性も二十代後半に見える。二人とも町娘風(まちむすめふう)の布の服を着ている。
 一人は長いストレートの黒髪。もう一人は栗色(くりいろ)のボブカット。
 二人とも魔力(まりょく)を感じるけれど、黒髪の女性の方が大きい。きっと魔法使いなのだろう。

 ボブカットの女性は、どこか雰囲気(ふんいき)がたまに森に来た狩人(かりうど)()ているわ。

 む。私を見て手をにぎにぎしているのを見た途端(とたん)、全身に悪寒(おかん)が……。

 そういえばボブカットの女性だけ、私を見る目がちょっとちがうような気がするわ。だ、大丈夫かしら?

 どうやらこの家は、冒険者(ぼうけんしゃ)のチームの建物のようね。大剣(たいけん)の男がリーダーなのだろう。

 大剣の男が、
 「おいおい。コハルの横のキツネは?」
と言うと、ドワーフのゴンドーが、
 「コハルが召喚したキツネだってよ」
と答えた。
 すると黒髪の女性が、
 「え? コハル! あなた、一人でやっちゃダメって言ったじゃない!」
(けわ)しい目でコハルを見た。

 コハルを見上げると、
 「ご、ごめんなさい。リリー」
(あやま)っていた。
 するともう一人の男性が面白(おもしろ)そうに、
 「まあまあ。エディもリリーもそこまででいいだろ? 見たところキツネのようだし。それに……、ヒロユキがやれってうるさく言ったんだろ?」
と言うと、ヒロユキがびくっとなって、
 「だってさ。コハルったらシルフを呼び出して見せるっていうんだぜ? たまたま召喚魔法の適正(てきせい)があるからってさ」
 ボブカットの女性が、
 「ほらね。……ヒロユキ。あなた、後でお仕置(しお)き」
 「う。わ、悪かったよ。」

 エディと呼ばれた大剣の男が手を打ち()らして、
 「まあいいだろう。ただし二人とも後で反省(はんせい)だ。……で、そのキツネは単なる普通(ふつう)のキツネなのか?」

 するとリリーと呼ばれた長髪の女性が私の近くにやってきた。魔力の動きを感じる。
 っと、私はあわてて偽装(ぎそう)のスキルを発動(はつどう)する。

 その途端、しゃがんだリリーが「アナライズ」とつぶやいた。
 リリーの視線(しせん)が私をじっと見つめる。この女性のアナライズの魔法がどれだけのレベルかわからないけれど、私のレベルの偽装スキルを突き抜けることは無理(むり)だと思うわ。

 リリーが、
 「う~ん。本当に普通のキツネね。……ね、コハル? あの本に書いてあった召喚魔法を使ったのよね?」
 「うん。そうだよ」
 「そう……。あの魔方陣は魔力のある生物を呼び出す魔方陣だったはずだけど。まあ、こういうこともあるのかな?」

 首をかしげながらリリーが立ち上がり振り返ると、ボブカットの女性がやってきて、
 「ね。ね。(さわ)らせてよ! ……んふ~。もふもふ」

 うげっ。わきわきした手が()びてくる。
 あわててコハルの後ろに(かく)れると、ボブカットの女性が、「ああぁ」と残念そうな声を()らした。

 黒髪のリリーが、
 「ソアラ。ほらほら。(こわ)がっているわよ。もうちょっと仲良(なかよ)くなってからモフモフさせてもらいなよ」
 ソアラと呼ばれたボブカットの女性はため息をつくと、
 「ううぅ。そうね。……よし、あきらめないぞ」

 ……いや、それはちょっと。あきらめてください。

 私の内心の声をよそに、リリーが、
 「ほら、エディもフランクも待っているから、すぐに食事にしましょう」
とソアラを立たせた。
 ヒロユキとコハルも()いている(せき)についた。

 う~ん。私はどうしよう? 
 魔力から生まれた私はエネルギーを(まわ)りの自然から吸収(きゅうしゅう)するから、とくに食事の必要はないんだけど。
 それって普通(ふつう)のキツネじゃないよね。

 するとリリーが私に気がついて、お皿におかずをとりわけて床に置いてくれた。

 ま、いいか。

 人間たちが食事(しょくじ)をはじめたタイミングに合わせて、私もお皿の料理を食べ始めた。

 頭上(ずじょう)のテーブルの上から、
 「なあ。それでこのキツネ。名前はなんていうんだ?」
と誰かが言い出した。
 コハルが「う~ん」と考え込んだ。
 私は、あわてて念話(ねんわ)の魔法を発動(はつどう)して「ユッコ」とコハルに送る。
 リリーには……、大丈夫。魔法が気づかれていないみたい。

 コハルがはっと気がついたように、
 「ユッコよ」
と明るくこたえた。

――――
 それから3日間。みんなの会話を聞いて、何となく状況(じょうきょう)がわかってきた。

 どうやらここは私のいた世界とは別の世界のようだ。
 なんでもこの世界には三つの大陸(たいりく)があって、ここはそのうちの一つでロンドという大陸らしい。
 大きさは北アメリカ大陸くらいの広さで、中央に島のある大きな(みずうみ)があって、その周りに東西南北にそれぞれ一つ。つまり、四つの国が広がっている。

 かつてはこのロンド大陸は全体で一つの国だったそうで、その首都(しゅと)が中央の湖にあったそうだ。
 それが今から1000年前、当時の王様の子供たちがそれぞれ東西南北に国を分割(ぶんかつ)して独立(どくりつ)した。

 王家の本家(ほんけ)は今も中央の湖を(おさ)めている。
 この中央の湖を「湖の国」、その北を「ノースランド」、東を「イースト王国」、南を「サウスフィール」、西を「ウェスタンロード」という国になっている。

 もともとは同じ家族によって治められていた5つの国だが、100年もたったころにはそれぞれが戦争(せんそう)を行う時代になった。
 300年前、当時は互いに争っていた5カ国だったが、西の海の向こうの大陸オーカーから大軍が押し寄せて大戦争となった。
 戦争は100年続き、5カ国が協力(きょうりょく)してオーカーの軍勢(ぐんぜい)()ね返して、ロンド大陸を守り抜いたらしい。
 それから5カ国の王家が互いに結婚(けっこん)()り返して一つの大きな家族みたいになり、ここ200年は大きな戦争もない平和がつづいている。

 会話を聞いている限りでは、この世界には普通の動物のほかに魔獣(まじゅう)とか魔物(まもの)と呼ばれる生き物がいるそうだ。
 あちこちに住んでいるが、特に北の大陸には強力(きょうりょく)な魔物が多いらしい。
 ……どうやら人間の考えでは、人間と同じような姿形をしているものの(てき)となっている種族(しゅぞく)がいて、そういう種族のことを魔族(まぞく)といっているようだ。
 魔族には魔王(まおう)なる存在がいるらしく、時には魔物を自由自在にあやつっているという。

 魔獣や魔物は動物と(ちが)って魔法を使うらしく、魔族や魔王となるとかなり強力な魔法を使い、どことなく出てきて人々を(おそ)うそうだ。
 それによって、ロンド大陸から北の海にあるダッコルト大陸に住む人々が魔王軍に攻めほろぼされ、魔獣と魔物の支配(しはい)する魔大陸となっている。

 ただし、伝説ではその時に勇者(ゆううしゃ)と呼ばれる人が現れて、死闘(しとう)のすえに魔王を倒したと伝えられている。

 まあ、実際(じっさい)はダッコルトがどういう状況になっているのかは誰も知らないので、(くわ)しいことはわからないようだし、魔獣や魔物がどういう風に生まれるのかもよくわかっていないらしい。

 この家は、ロンド大陸の南方(なんぽう)の国サウスフィールの東部にあるヒルズという村にある。
 ここに住んでいるのは冒険者(ぼうけんしゃ)のパーティーらしい。

 冒険者とは、国家の枠組(わくぐ)みをこえた組織(そしき)である冒険者ギルドに登録(とうろく)した人々のことで、ギルド支部(しぶ)によせられた人々からの依頼(いらい)を受けて、それをこなすことによってお金を()る何でも()さんだ。

 ちなみに、ここの冒険者はリーダーが大剣士のエドワード、サブリーダーが魔法使いのリリー。
 盾役(タンク)のフランク、レンジャーのソアラ、大斧使(おおおのつか)いのゴンドーの五人。
 ヒロユキとコハルはこの五人に(ひろ)われた少年と少女で見習(みなら)いらしい。

――――。
 「ヒロユキ、コハル。いるー? 村へおつかいに行ってきてちょうだい」

 (うら)(にわ)で、リリーのお手伝いをして洗濯物(せんたくもの)を取り込んでいると、今晩(こんばん)の料理当番のソアラがやってきた。

 ヒロユキがめんどくさそうに立ち上がると、「ええ~」と不満(ふまん)げに言う。
 リリーは苦笑(くしょう)しながらも、
 「めっ! ……これも修行(しゅぎょう)よ。ここはいいから行ってきなさい」
と軽くしかった。
 コハルは、「は~い」と言いながら立ち上がって裏口(うらぐち)のソアラのところに向かって行った。

 私は(はな)れたところに(すわ)ってながめていると、コハルが手招(てまね)きした。
 「ユッコ。行こう」

 うん。こうして見ているだけだとヒマだし、私も村を見てみたいわ。

 立ち上がってユッコの近くによると、ヒロユキもしぶしぶついてきた。
 コハルがカゴを片手に、リリーとソアラに、
 「行ってきまーす」
と手をふった。

 はじめての村へのおつかい。私はうきうきして、尻尾(しっぽ)をふりながらコハルの横に並んだ。

 のどかな田舎(いなか)の道。天気も良く、やわらかに通り過ぎる風が気持ちいい。
 ヒロユキが、
 「冬も終わって、もう春だなぁ」
とつぶやいた。

 そう。どうやらこの地域(ちいき)には、ちゃんと春夏秋冬の四季(しき)があるようね。

 コハルがクスッと笑いながら、
 「もう早朝の水くみも寒くないね」
というと、
 「まあな。……でもすぐに(あつ)時期(じき)になるからなぁ。ずっと春だったらいいのに」
とヒロユキがぼやいた。

 村とはいっても50(けん)の家がある。代々続(だいだいつづ)く村長さんの家を中心に、中央広場のまわりにお店が並んでいる。

 少し(はな)れると、それぞれの家が田畑(たはた)に近いところに建っていて、数軒の家があつまっている所もあれば、間隔(かんかく)をおいてぽつんぽつんと建っている家もある。

 その外側には狩猟(しゅりょう)生計(せいけい)を立てている人たちの家があって、私たちが住んでいるのもそうした村はずれの方らしい。

 木や漆喰(しっくい)、石を()んだ(かべ)など、イメージは地球でいうヨーロッパの田舎町だ。
 木々の中にはピンクや黄色、白色のたくさんの花をつけている木がある。……ピクニックみたいで気分がよくなるわ。

 二人は、軒先(のきさき)野菜(やさい)を並べたお店に入った。
 おばちゃんが、
 「あら。コハルちゃんにヒロくん。おつかいかい?」
と二人に声をかけている。

 冒険者なんて、一般の人からはいやがられることもありそうだけど、どうやらコハルたちのチームはこの村に受け入れられているみたいね。

 二人が野菜を仕入れている間、私は並んでいる野菜をながめていた。
 ふむふむ。見覚(みお)えがある野菜もあるけれど、世界が違うからどんな味がするんだろう? それに野菜の値札(ねふだ)の文字は見たことがないわ。

 おばちゃんから受け取った野菜をカゴに入れ、ヒロユキがそれを持つ。
 ……ううむ。やっぱり文字とかも読めるようになっていた方がよさそうね。
 うはっ。魔法書といい、知らないことが多くてワクワクしてきた。
 冒険者っていってたわよね? ということは色んな所へ行くってことよね!

 どうやら知らずにうちに尻尾をふっていたみたいで、ふと気がつくとコハルが温かい目で私を見つめていた。

 「ユッコってばごきげんみたいね」
 「うん? そう? 俺にはよくわからんけど」
 「んもう。絶対(ぜったい)、きげんが良いって! ほら、あの尻尾」
 「()れてるな」
 「うん。揺れてるよ」

 ……ピタ。思わず尻尾を止めて二人を見上げると、コハルが苦笑していた。
 「あちゃぁ。見過ぎちゃったかな? ごめんね」

 お店を出ようとすると、お店のおばちゃんが、
 「あ、そうそう。こないだ(なが)れの冒険者が言っていたらしいんだけど、王都の(うらな)い師が魔王復活(まおうふっかつ)予言(よげん)をしたそうよ。(こわ)いわねぇ」
雑談(ざつだん)のように話しかけてきた。

 コハルが、
 「え~。そうなの? でも魔王って言われても実感(じっかん)がわかないよ」
と言うとヒロユキが、
 「へっ。今度は俺が勇者になって(たお)してやらぁ」
(つよ)がった。それをおばちゃんがほほ()ましくながめていた。

 ……魔王ねぇ。そういえば私のいた世界にもいたなぁ。
 挨拶(あいさつ)に来た時に、「人間と仲良(なかよ)くやんなよ」と言っておいたから、(かれ)は人間と戦争なんてしなかったけれど。
 そういえば私を一目見てなぜかブルブル(ふる)えて緊張(きんちょう)していたっけ。
 思い出すと笑いがこみ上げてくるわ。

 「あっ。ユッコが笑ってる」
 顔を見上げるとコハルがにこにこして私を見ていた。

 な、なによ。ちょっと思い出し笑いしただけじゃない。私はちょっと恥ずかしくなって、ふいっと顔をそらした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

神獣である九尾の狐。仲間を大切にする心優しい性格で、今はとある事故に巻き込まれてコハルという少女の召喚獣となっている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み