潮騒が揺らぐその間で 終章

文字数 857文字

 観劇の帰り道、海が見えるレストランに立ち寄った。ナミは、口数が少なかった。舞台の感想をお互いに胸の内で留めた。時折ナミが、暗い海に視線を移して小さく溜息を零した。二人の静かな時間が過ぎるあの夜のミチカは、ナミの想いを汲み取ろうとする心遣いを持て余していたのだろう。頭の片隅に沁みついたマリサの姿がミチカを迷わせていた。
 ナミの散歩にミチカは付き合った。長い砂浜を並んで歩いた。登り始めた月が、静かな潮騒の広がる浜辺を照らし出していた。
 少ししてナミが、立ち止まると海に目を向けた。ミチカも足を止めて、沖に停泊する船の灯りを眺めた。暫くしてナミは、独り先に歩き出した。月影に揺らぐ後ろ姿が、弱々しく寂しげだった。ミチカは、戸惑う間で取り残されていた。
 あの夜、河口近くまで続く砂浜の先まで辿り着けなかった。

 ナミは、ミチカを家まで送り届けた。
 「……わたし、ヤキモチ焼きだから。憶えておいて。」
 それだけを静かに言い残してナミが、バイクで走り去った。

 あの歳のミチカは、身近にある大切なものが見えていなかったのだろう。自分に都合が好いものばかり手にしようと求めるばかりで。
 夏は、崩れるように過ぎていった。ミチカの足は、岬の別荘から遠のいた。受験の勉強にも身が入らず、一日が無為に経っていくのを気怠く見送った。
 引き篭もるミチカを誰も気に掛けなかった。ミチカは、悶々とする日々から逃れられずにいた。マリサの演じる悩ましい姿が寝ても覚めても頭から離れなかった。
 若いミチカは、淡い期待に渇望するばかりでマリサとの間に広がる埋められない距離が解っていなかったのだ。

 或る朝に齎された突然のその噂は、残酷だった。
 誰の話しでも信じたくなかった。自分の目で確かめたかった。
 岬の別荘に向かう自転車を壊れる程に激しく走らせた。息が上がり疲れ果てても速度を落とせなかった。涙が溢れて海辺の景色が霞んで飛び去った。
 暑い夏の終わりが近付こうとしていた。
                                   おわり
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み