潮騒が揺らぐその間で 十二話
文字数 1,796文字
お茶の時間が終わりかけた時、唐突にサナは尋ねた。
「玄関の写真、マリサだと気付いた?」
ミチカが頷くのを見て質問した。
「それで、どう?」
「綺麗です。」
「マリサが? もぅ……、写真の作品性を褒めないでそこですか。」
「すみません。惹きつけられる力を感じました。」
「そうね。マリサの存在が大きいから。誰を写しても、あのようにいかない。マリサは、特別だから。」
その言葉の持つ重みは、ミチカを昂揚させた。
「あの写真は、マリサが十四歳の時よ。」
マリサ本人も気に入っている写真だと話した。サナは、七歳から撮り続けているマリサの写真のことを語った。二人の出会いから始まる話にミチカは聴き入った。
「大学最後の夏、施設を訪問をした先で……。」
ミチカも知っている場所だった。海辺の町から離れた深い山間にあった。
「昔も今もこれからも、人を撮るのがライフワークだから。」
施設の庭の片隅で独り佇むマリサに魅入られた話をした。
「どう表現すればいいのかな。フレームに入ったマリサが白く光ったの。」
ミチカは、感覚的な表現を聞きながらもサナの言葉の奥に隠れる正直な気持ちを理解しようとした。
「最初、自分でも信じられなくて、ファインダーから目を離して確かめたの。」
サナは、続けた。
「探し求めていた人と出逢えたことに感謝した。」
ミチカは、話の中の様子が想像できた。
「わたしは、その頃からパトロンがいたから。時間もお金も自由に使えた。」
サナが、隠すこともなく話した。
「世界中を旅して探していたのは、唯一無二の被写体だったの。」
その日のミチカは、聴くのが楽しかった。相手の言葉を胸に留めて引き込まれていると、突然サナが問い掛けた。
「撮影、見学してみる?」
サナの誘いは、ミチカを驚かせながらも期待にときめいた。
階下の寝室からも海が見えた。広い部屋に大きなベッドが備え付けられていた。
ベッドのマリサは、細身ながら成熟した大人の女性だった。
ポーズをとるマリサの白い裸体は、ミチカの意志を根本的に揺らがせる力があった。言葉にして説明できない感覚的な衝撃を覚えた。マリサの熱く潤んだ眼差しが、レンズの向こうだけを覗いているのに気付かされた。サナの熱く語る誘いとマリサの無言で答える裸身の動きにミチカは、官能以前に感応する二人の交わりを見ていた。
長い撮影が終わりマリサは、シーツを体に巻いて奥のバスルームに消えた。
ミチカは、憔悴しきっていた。大切な言葉を伝えなければと、焦燥の中に迷っていたからだろう。探そうとする言葉が次々に逃げていった。ミチカは、短くそれだけを言葉にした。
「……これで、失礼します。」
「そぅ。」
サナは、引き留めなかった。帰りの自転車は、気持ちが浮つき不安定に揺らいだ。マリサの姿が脳裏に刻み込まれていたからだろう。
あの夜から、ミチカは深い眠りに付けなくなった。
ミチカの変化に気付いたのは、ナミだった。
「寝ていないでしょう。」
喫茶店に立ち寄ったナミから指摘された。ミチカは、苦し紛れに言い訳した。
「……受験勉強しているから。」
「嘘。」
ナミの少し斜めに構えた姿からは、気負いが消えていた。
「……まぁ、いいけど。」
そう言ってナミは、黙り込んだ。ミチカがその場を取り繕うように伝えた。
「推薦の準備はするよ。」
ミチカは、自分の言葉を遠く感じた。ナミの眼差しが憐れむように後退した。
「そぅ。……わたし、受かるから。」
ナミの静かな言葉には、力が秘められていた。
「失望させないでね。」
ミチカは、返答できずにいた。深い沈黙の後、ナミが言った。
「……午後、時間があるの。先日の招待、受けるよ。舞台、今週までだったね。」
ナミは、一方的に続けた。
「あたしの運転でいい?」
時々、ナミが店のバイクを使っていた。
それだけを言い残してナミは帰った。
待ち合わせの海岸通りに現れたナミは、身嗜みを整えていた。初めて見せる綺麗に化粧を整えた美しく魅力的な姿にミチカは驚いた。
ナミの腰は、見た目より華奢だった。ナミがつける仄かな香水は、懐かしかった。幼い頃に姉妹の母親から笑顔と一緒に漂ってきた香りだった。半時間ばかりのバイクの後ろは、ミチカを追憶の中で複雑な思いにさせた。
舞台は、予想を超えた印象を残した。ナミの魅入る幸せな表情をミチカは、忘れなかった。
「玄関の写真、マリサだと気付いた?」
ミチカが頷くのを見て質問した。
「それで、どう?」
「綺麗です。」
「マリサが? もぅ……、写真の作品性を褒めないでそこですか。」
「すみません。惹きつけられる力を感じました。」
「そうね。マリサの存在が大きいから。誰を写しても、あのようにいかない。マリサは、特別だから。」
その言葉の持つ重みは、ミチカを昂揚させた。
「あの写真は、マリサが十四歳の時よ。」
マリサ本人も気に入っている写真だと話した。サナは、七歳から撮り続けているマリサの写真のことを語った。二人の出会いから始まる話にミチカは聴き入った。
「大学最後の夏、施設を訪問をした先で……。」
ミチカも知っている場所だった。海辺の町から離れた深い山間にあった。
「昔も今もこれからも、人を撮るのがライフワークだから。」
施設の庭の片隅で独り佇むマリサに魅入られた話をした。
「どう表現すればいいのかな。フレームに入ったマリサが白く光ったの。」
ミチカは、感覚的な表現を聞きながらもサナの言葉の奥に隠れる正直な気持ちを理解しようとした。
「最初、自分でも信じられなくて、ファインダーから目を離して確かめたの。」
サナは、続けた。
「探し求めていた人と出逢えたことに感謝した。」
ミチカは、話の中の様子が想像できた。
「わたしは、その頃からパトロンがいたから。時間もお金も自由に使えた。」
サナが、隠すこともなく話した。
「世界中を旅して探していたのは、唯一無二の被写体だったの。」
その日のミチカは、聴くのが楽しかった。相手の言葉を胸に留めて引き込まれていると、突然サナが問い掛けた。
「撮影、見学してみる?」
サナの誘いは、ミチカを驚かせながらも期待にときめいた。
階下の寝室からも海が見えた。広い部屋に大きなベッドが備え付けられていた。
ベッドのマリサは、細身ながら成熟した大人の女性だった。
ポーズをとるマリサの白い裸体は、ミチカの意志を根本的に揺らがせる力があった。言葉にして説明できない感覚的な衝撃を覚えた。マリサの熱く潤んだ眼差しが、レンズの向こうだけを覗いているのに気付かされた。サナの熱く語る誘いとマリサの無言で答える裸身の動きにミチカは、官能以前に感応する二人の交わりを見ていた。
長い撮影が終わりマリサは、シーツを体に巻いて奥のバスルームに消えた。
ミチカは、憔悴しきっていた。大切な言葉を伝えなければと、焦燥の中に迷っていたからだろう。探そうとする言葉が次々に逃げていった。ミチカは、短くそれだけを言葉にした。
「……これで、失礼します。」
「そぅ。」
サナは、引き留めなかった。帰りの自転車は、気持ちが浮つき不安定に揺らいだ。マリサの姿が脳裏に刻み込まれていたからだろう。
あの夜から、ミチカは深い眠りに付けなくなった。
ミチカの変化に気付いたのは、ナミだった。
「寝ていないでしょう。」
喫茶店に立ち寄ったナミから指摘された。ミチカは、苦し紛れに言い訳した。
「……受験勉強しているから。」
「嘘。」
ナミの少し斜めに構えた姿からは、気負いが消えていた。
「……まぁ、いいけど。」
そう言ってナミは、黙り込んだ。ミチカがその場を取り繕うように伝えた。
「推薦の準備はするよ。」
ミチカは、自分の言葉を遠く感じた。ナミの眼差しが憐れむように後退した。
「そぅ。……わたし、受かるから。」
ナミの静かな言葉には、力が秘められていた。
「失望させないでね。」
ミチカは、返答できずにいた。深い沈黙の後、ナミが言った。
「……午後、時間があるの。先日の招待、受けるよ。舞台、今週までだったね。」
ナミは、一方的に続けた。
「あたしの運転でいい?」
時々、ナミが店のバイクを使っていた。
それだけを言い残してナミは帰った。
待ち合わせの海岸通りに現れたナミは、身嗜みを整えていた。初めて見せる綺麗に化粧を整えた美しく魅力的な姿にミチカは驚いた。
ナミの腰は、見た目より華奢だった。ナミがつける仄かな香水は、懐かしかった。幼い頃に姉妹の母親から笑顔と一緒に漂ってきた香りだった。半時間ばかりのバイクの後ろは、ミチカを追憶の中で複雑な思いにさせた。
舞台は、予想を超えた印象を残した。ナミの魅入る幸せな表情をミチカは、忘れなかった。