七、枯葉の匂いが雨の色を
文字数 1,576文字
朝早くにキヨが神社の手伝いに訪れた。父親が役場に出勤すると、キヨは参道の掃除を始めた。日課になっているのだろう。その姿は、自然に映りモノカの心が揺らいだ。モノカは、念入りに化粧を整えてお気に入りの服を身に着けた。
「叔母様、用意できていた。」
モノカは、キヨに確かめた。車の前でモノカが、拗ねるように尋ねた。
「ドァ、開けてくれないの。」
キヨは、優しい笑みを浮かべて車の扉を開けて導いた。モノカは、甘えるように咎めて強請った。
「……褒めなさいよ。」
「よく似合っている。」
キヨの穏やかな言葉にモノカは、恭しく芝居じみた会釈を返した。
「許します。今日のところはね。」
ペンションの前で叔母のナオは、待っていた。モノカが運転する姿にナオは、一瞬だけ逡巡した表情を浮かべた。その眼差しは、何かと比べているようにも見えた。
「……親子ね。」
そのまま海辺の町に行くものとモノカは思っていた。途中の長いトンネルを抜けた先にある川辺の町に向かうように頼まれた。
「買い出しじゃないの。」
「それもあるけど。寄りたいところがあるの。お願いね。」
途中の長いトンネルは、何度か通ったことがあった。水脈を掘り抜いたのか年中道が濡れていた。モノカは、その長いトンネルの閉塞感が苦手だった。少し速度を上げて急いだ。
「……税金トンネルなのに、使っていないね。」
モノカは、行きかう車のないトンネルに不平を零した。ナオが少し声を落として言った。
「幽霊がでる噂があるからかしら。」
「もぅ、嫌ですよ。わたしが苦手なの知っているでしょう。」
「相変わらず、臆病ね。」
「言ってくれますね。幽霊相手は、手の施しようがないでしょう。」
「まぁ、普通はね。」
ナオの意味ありげな言葉にモノカは苦笑して、霊感の強い母息子だったのを想い出した。
「ああぁ……、嫌だ嫌だ。普通のわたしが可哀そう。」
「はぃはぃ。」
ナオは、笑顔で宥め言った。
「トンネルが出来ても峠越えを使う人が多いのよ。」
昔からの峠越えの道が見晴らしがいいのは、モノカも知っていた。四季折々に変化する景色の素晴らしさに子供の頃のモノカは、父親に強請り連れて行ってもらった思い出があった。
「帰りは、峠越えをしますか。ダウンヒル得意ですから。」
川辺の高台に建つ診療所は、初めてだった。
「一時間、いいかしら。」
叔母のナオは、見舞いに出向くのを見送ると、モノカは川原に下りた。広い川幅の向こうを眺めながら散歩した。初めて訪れる場所だった。水がゆったりと流れていた。
「……こんな景色に落ち着くなんて。田舎者なのね。」
モノカは、含み笑い独り呟いた。弱弱しい否定が気持ちを塞がせた。都会に憧れたわけでもなく、昔の都があった町の大学に進学してそのまま成り行きで就職した。モノカは、強がっている自分を持て余し始めていたのだろうか。
『……わたしが、打算的だったなんて思わないけど。』
モノカは、心の中で確かめ認めようとしていた。複雑に絡まる思いにモノカは、声を出した。
「……あぁ、もぅ、どうでもいいか。」
川の流れの緩やかさがモノカを安堵させ落ち着かせた。
時間どうりに戻ったナオは、モノカの好奇心を満たすように謎かけをした。
「キヨは、毎週来ているよ。」
キヨをそこまでさせる女に心当たりがあったが、モノカは気付かないふりで惚けて見せた。
「お兄ちゃんに、彼女いましたか。」
「天邪鬼ね。」
ナオは、笑った。
「わたしの音大時代の親友が療養中なの。」
「……お兄ちゃんの師匠でしたか。」
モノカの記憶の中で薄幸な美しい姿が目に浮かんだ。キヨのピアノの発表会で見た印象の強さは、心の奥底に刻み込まれていた。
ナオが多くを語らないのが、病状の深刻さを物語っていた。モノカは、素直に言った。
「お兄ちゃんらしいね。」
「叔母様、用意できていた。」
モノカは、キヨに確かめた。車の前でモノカが、拗ねるように尋ねた。
「ドァ、開けてくれないの。」
キヨは、優しい笑みを浮かべて車の扉を開けて導いた。モノカは、甘えるように咎めて強請った。
「……褒めなさいよ。」
「よく似合っている。」
キヨの穏やかな言葉にモノカは、恭しく芝居じみた会釈を返した。
「許します。今日のところはね。」
ペンションの前で叔母のナオは、待っていた。モノカが運転する姿にナオは、一瞬だけ逡巡した表情を浮かべた。その眼差しは、何かと比べているようにも見えた。
「……親子ね。」
そのまま海辺の町に行くものとモノカは思っていた。途中の長いトンネルを抜けた先にある川辺の町に向かうように頼まれた。
「買い出しじゃないの。」
「それもあるけど。寄りたいところがあるの。お願いね。」
途中の長いトンネルは、何度か通ったことがあった。水脈を掘り抜いたのか年中道が濡れていた。モノカは、その長いトンネルの閉塞感が苦手だった。少し速度を上げて急いだ。
「……税金トンネルなのに、使っていないね。」
モノカは、行きかう車のないトンネルに不平を零した。ナオが少し声を落として言った。
「幽霊がでる噂があるからかしら。」
「もぅ、嫌ですよ。わたしが苦手なの知っているでしょう。」
「相変わらず、臆病ね。」
「言ってくれますね。幽霊相手は、手の施しようがないでしょう。」
「まぁ、普通はね。」
ナオの意味ありげな言葉にモノカは苦笑して、霊感の強い母息子だったのを想い出した。
「ああぁ……、嫌だ嫌だ。普通のわたしが可哀そう。」
「はぃはぃ。」
ナオは、笑顔で宥め言った。
「トンネルが出来ても峠越えを使う人が多いのよ。」
昔からの峠越えの道が見晴らしがいいのは、モノカも知っていた。四季折々に変化する景色の素晴らしさに子供の頃のモノカは、父親に強請り連れて行ってもらった思い出があった。
「帰りは、峠越えをしますか。ダウンヒル得意ですから。」
川辺の高台に建つ診療所は、初めてだった。
「一時間、いいかしら。」
叔母のナオは、見舞いに出向くのを見送ると、モノカは川原に下りた。広い川幅の向こうを眺めながら散歩した。初めて訪れる場所だった。水がゆったりと流れていた。
「……こんな景色に落ち着くなんて。田舎者なのね。」
モノカは、含み笑い独り呟いた。弱弱しい否定が気持ちを塞がせた。都会に憧れたわけでもなく、昔の都があった町の大学に進学してそのまま成り行きで就職した。モノカは、強がっている自分を持て余し始めていたのだろうか。
『……わたしが、打算的だったなんて思わないけど。』
モノカは、心の中で確かめ認めようとしていた。複雑に絡まる思いにモノカは、声を出した。
「……あぁ、もぅ、どうでもいいか。」
川の流れの緩やかさがモノカを安堵させ落ち着かせた。
時間どうりに戻ったナオは、モノカの好奇心を満たすように謎かけをした。
「キヨは、毎週来ているよ。」
キヨをそこまでさせる女に心当たりがあったが、モノカは気付かないふりで惚けて見せた。
「お兄ちゃんに、彼女いましたか。」
「天邪鬼ね。」
ナオは、笑った。
「わたしの音大時代の親友が療養中なの。」
「……お兄ちゃんの師匠でしたか。」
モノカの記憶の中で薄幸な美しい姿が目に浮かんだ。キヨのピアノの発表会で見た印象の強さは、心の奥底に刻み込まれていた。
ナオが多くを語らないのが、病状の深刻さを物語っていた。モノカは、素直に言った。
「お兄ちゃんらしいね。」