八、枯葉の匂いが雨の色を

文字数 1,507文字

 買い物に何軒か回り昼は、叔母のナオが勧める創作料理店に入った。ナオが見つける店は、昔からモノカを感心させた。

 話の流れの中でユウの話題になった。モノカの言葉の端々に不安が見えたのだろう。ナオは、さり気無く言った。
 「あの子は、大丈夫よ。」
 ナオの人を見る目の確かさは認めていた。
 「自分の道を究めようとしているから。」
 「叔母様が褒めるなんて。驚いた。」
 モノカは、少しばかり嫉妬しているのを隠して尋ね返した。
 「大人しい素直な子供だったものね。どんなバイトをしているの。」
 「保険会社の調査とか、警察関係のコンサルタント、アドバイザーとか。」
 「……なによ、それって。」
 意外な話の展開にモノカは、途中から言葉を失った。
 「誰も詳しく知らないけれど。ヤバイバイトでないのだけは、わたしが保証するわ。」
 「なんですか……。」
 モノカは、それだけを言って天を仰いだ。叔母のナオと少し年下のユウの母親が姉妹のように仲が良かったのを想い出していた。モノカが嘆息するように尋ねた。
 「……もしかして、揶揄ってますか。」
 「まさか。それより、ユウ君、美男子だものね。昔から気になっていたのでしょう。」
 「別の意味で、です。」
 モノカは、人に言えないことがあった。ユウと客観的に比べても全てにおいて劣るのを認めていた。優等生と言われ続けたモノカは、顔や態度に出さなかったが、内心穏やかでない中学生活を過ごしたのだ。ユウは、県内トップの高校にも進学できる学力があった。ユウが地元の新設校に進学が決まると、モノカは内心安堵したのだ。
 『……嫌な女子だったな。』
 モノカは、思い返して心の中で呟いた。少しばかり沈黙の後にモノカは小さく溜息を零した。
 「なによ。辛気臭いでしょう。笑顔が似合うモノカらしくないよ。」
 ナオの気遣いにモノカは、涙が零れそうになった。笑顔を作り背伸びした。
 「……ゴメン。お年頃だから。」
 「そう。」
 「わたしって、嫌な子だったかな。」
 「なに、それ。突然に謎かけ。」
 「ううん、大丈夫。美味しいね。」

 帰郷の途中で海辺の町で数日を過ごしたのを秘密にしていた。モノカは、言いだそうか迷った。母親がいなくなってからは、大切なことを叔母のナオに話した。ナオの独特な考えからだろうか。どのような相談にも断定的な物言いをしなかった。的確な指針となる言葉は返ってこなかったが、聞き上手のナオに話すだけでも気持ちが楽になれた。
 モノカは、思い出したかのように話した。
 「……帰る途中に、岬のホテルに滞在したの。」
 岬に建つリゾートホテルは、ナオも知っている場所だった。モノカの言葉の先を促すようにナオは黙っていた。
 「あのホテルは、思い出があるの。一度だけ父と母と三人で泊まったから。」
 モノカが小学校に入学した四月だった。春の海が見たいと、母が言い出した。あの岬のホテルが父と母の記念の場所なのを知ったのは、大きくなってからだった。若い父母の写真にモノカは、胸を熱くしたのだ。
 「今でも、春の海を眺める母の後ろ姿を覚えている。」
 モノカは、独りごとのように呟いた。
 「……お父さんのどこに惹かれたのかな。」
 ホテルのテラスでモノカは、昔の母がしたように海を眺めて過ごしたのだ。旅行で場所を移すことが気持ちの整理をつけられる思ったのだろうか。最初モノカは、岬のリゾートホテルで滞在して都会に戻ろうと考えていた。
 「あの頃の母と同じ年齢になったからかな……。」
 モノカの揺らぐ気分にナオは気付いたのだろう。その時も聞き終わるとナオは、謎掛けのような言葉を残した。
 「男を好きになる理由を探そうとする女は、幸せかしら。」
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