十一、枯葉の匂いが雨の色を
文字数 1,666文字
真夜中にもたらされる連絡は、昔からろくな結果にならないことが多かった。
それが分かっているだけにモノカは、気持ちのよい酔いから醒めた。その文面は、最初モノカを怒らせた。あれこれと考えて、粗末事に囚われてしまう脆さに苛立った。大きな声で叫びたい感情を堪える自分が疎ましかった。
『これだから……、嫌なのよ。』
モノカは、やがて小さく溜息をついて滅入る自分を宥めた。
「……どうして、今になって。ズルいよ。」
最後は、冷静に戻りながらも困惑するばかりだった。
「こんな時は、どうする。……籤でも引けばいいの。」
呻くように独り呟くモノカの脳裏にキヨの顔が思い浮かんだ。
「……占ってもらおうかな。」
幼い頃からキヨに占ってもらってばかりいた。占いは口実でキヨの傍にいたかったのだと、今なら自分の気持ちと行動の素直さが理解できた。キヨが占いに使う異国からもたらされた骨董デッキの絵柄は、モノカに強い印象を残した。そのデッキを大切にしている理由に気付き嫉妬しながらもモノカは、キヨの思いを受け止めていたのだ。
キヨは、占いの結果を断定して押しつけなかった。何時であってもキヨの言葉は親身で、これを注意した方が良い、こうしたほうが良い方向に向かう、と道を示してくれた。
──占いは、必ずそうなると思い込まないように。
キヨは、必ずそう最後に締めくくった。
──訪れる結果を心に留めてもう一度考える。後は、自分で進むといいよ。そうすれば、モノカにとって正しい結果が来るからね。
大学四年の夏休みが終わろうとした日、モノカは占ってもらったのだ。あの時の少し残酷な結果がモノカを迷わせて立ち止まらせたのだろうか。優しい指針が含む言葉を心に留める余裕もないままに。
軽い酔いが残っても、なかなか寝付けなかった。微睡んでは、何度も目覚めた。気付くと涙が零れていた。
朝から曇天だった。移り行く季節を急かすような寒さがモノカの決心を揺らがせた。
少しだけ化粧を濃くして疲れた表情を隠した。朝食の後、父親に明日からの予定を告げた。
「仕事に戻るから。たぶんだけど。すぐに帰ってこれると思う。」
父親は、小さく頷いた。
「再婚しても、お母さんは許してくれるよ。」
そう言ってモノカは、父親を仕事に送り出した。部屋に飾られた写真楯を手に取ってしばらく眺めた。
玄関先に現れたモノカの帰り支度を見ても叔母のナオは驚かなかった。
「急だけど、戻ります。」
「そう。」
ナオは、理由を聞かなかった。奥からお土産の野菜を持ち出した。用意していたような準備の良さにモノカは、少し笑顔が戻った。
「叔母サマ、予感しましたか。」
「まさか。」
ナオは、そういって声を落とした。
「キヨが、モノカにお礼にって。置いていったの。」
「もぅ、妖怪ね。占い師でもすればいいのに。」
「なに、何か相談事。」
「叔母サマも怖い。」
「それ、何よ。」
ナオが、笑顔で尋ねた。
「それで、ユウに会っていかないの。」
「次にする。」
モノカは、そう言ってから少し迷った。心残りを誤魔化すように小さく背伸びをして寒空を見上げた。もう一つの密かな野望の【楽園】を再訪するのは、次の機会にしようと考えた。綺麗な思い出のまま大切に置いておきたかった。
「キヨは、もうすぐ、帰ってくるよ。」
キヨの行き先が想像できた。どこまでも優しいキヨの姿を想うと嬉しかった。誰にでも優しいが、モノカだけは、特別だと信じ思える自負が今でもあった。
「キヨに駅まで送ってもらえば。」
「どうしよう。お兄ちゃんは、優しいから。泣いちゃうと嫌われる。」
「馬鹿ね。」
「お兄ちゃんに伝えて。」
「どうぞ。」
「……やっぱり、止める。」
「直接、言いなさい。」
「そうね。」
バス停に歩きながらモノカは、道に積もる枯葉の匂いを素直な思いで感じていた。
今にも崩れそうな雨雲が一瞬、緩んだ。空から小粒の雨が降り始めた。
モノカは、呟いた。
「……初雪になるかな。」
完了
それが分かっているだけにモノカは、気持ちのよい酔いから醒めた。その文面は、最初モノカを怒らせた。あれこれと考えて、粗末事に囚われてしまう脆さに苛立った。大きな声で叫びたい感情を堪える自分が疎ましかった。
『これだから……、嫌なのよ。』
モノカは、やがて小さく溜息をついて滅入る自分を宥めた。
「……どうして、今になって。ズルいよ。」
最後は、冷静に戻りながらも困惑するばかりだった。
「こんな時は、どうする。……籤でも引けばいいの。」
呻くように独り呟くモノカの脳裏にキヨの顔が思い浮かんだ。
「……占ってもらおうかな。」
幼い頃からキヨに占ってもらってばかりいた。占いは口実でキヨの傍にいたかったのだと、今なら自分の気持ちと行動の素直さが理解できた。キヨが占いに使う異国からもたらされた骨董デッキの絵柄は、モノカに強い印象を残した。そのデッキを大切にしている理由に気付き嫉妬しながらもモノカは、キヨの思いを受け止めていたのだ。
キヨは、占いの結果を断定して押しつけなかった。何時であってもキヨの言葉は親身で、これを注意した方が良い、こうしたほうが良い方向に向かう、と道を示してくれた。
──占いは、必ずそうなると思い込まないように。
キヨは、必ずそう最後に締めくくった。
──訪れる結果を心に留めてもう一度考える。後は、自分で進むといいよ。そうすれば、モノカにとって正しい結果が来るからね。
大学四年の夏休みが終わろうとした日、モノカは占ってもらったのだ。あの時の少し残酷な結果がモノカを迷わせて立ち止まらせたのだろうか。優しい指針が含む言葉を心に留める余裕もないままに。
軽い酔いが残っても、なかなか寝付けなかった。微睡んでは、何度も目覚めた。気付くと涙が零れていた。
朝から曇天だった。移り行く季節を急かすような寒さがモノカの決心を揺らがせた。
少しだけ化粧を濃くして疲れた表情を隠した。朝食の後、父親に明日からの予定を告げた。
「仕事に戻るから。たぶんだけど。すぐに帰ってこれると思う。」
父親は、小さく頷いた。
「再婚しても、お母さんは許してくれるよ。」
そう言ってモノカは、父親を仕事に送り出した。部屋に飾られた写真楯を手に取ってしばらく眺めた。
玄関先に現れたモノカの帰り支度を見ても叔母のナオは驚かなかった。
「急だけど、戻ります。」
「そう。」
ナオは、理由を聞かなかった。奥からお土産の野菜を持ち出した。用意していたような準備の良さにモノカは、少し笑顔が戻った。
「叔母サマ、予感しましたか。」
「まさか。」
ナオは、そういって声を落とした。
「キヨが、モノカにお礼にって。置いていったの。」
「もぅ、妖怪ね。占い師でもすればいいのに。」
「なに、何か相談事。」
「叔母サマも怖い。」
「それ、何よ。」
ナオが、笑顔で尋ねた。
「それで、ユウに会っていかないの。」
「次にする。」
モノカは、そう言ってから少し迷った。心残りを誤魔化すように小さく背伸びをして寒空を見上げた。もう一つの密かな野望の【楽園】を再訪するのは、次の機会にしようと考えた。綺麗な思い出のまま大切に置いておきたかった。
「キヨは、もうすぐ、帰ってくるよ。」
キヨの行き先が想像できた。どこまでも優しいキヨの姿を想うと嬉しかった。誰にでも優しいが、モノカだけは、特別だと信じ思える自負が今でもあった。
「キヨに駅まで送ってもらえば。」
「どうしよう。お兄ちゃんは、優しいから。泣いちゃうと嫌われる。」
「馬鹿ね。」
「お兄ちゃんに伝えて。」
「どうぞ。」
「……やっぱり、止める。」
「直接、言いなさい。」
「そうね。」
バス停に歩きながらモノカは、道に積もる枯葉の匂いを素直な思いで感じていた。
今にも崩れそうな雨雲が一瞬、緩んだ。空から小粒の雨が降り始めた。
モノカは、呟いた。
「……初雪になるかな。」
完了