三、枯葉の匂いが雨の色を

文字数 1,708文字

 モノカは、自分のベッドの大切さを知った。昼を過ぎて微睡みから目覚めると、家の固定電話が鳴った。モノカが帰ってきているのを聞きつけた幼馴染のレミだった。
 「これから行くから。」
 昔から一方的に喋り真っ直ぐに最短で行動できるレミだった。風の便りで、地元に残った噂をモノカは聞いていた。いつ以来なのか思い出せないぐらい長く会っていなかった。
 迎えの車に幼子を乗せているのに驚きながらも納得できた。
 「旦那に似てくれれば男前になるかな。」
 レミの伴侶の顔が思い浮かんだ。同じ学年で、何事にも目立つ男子だった。
 「同じ高校に通った甲斐があったようね。」
 「まぁね。でも、苦労したのよ。」
 「心中、お察しするわ。」
 そう同情してモノカは、積極的な二人が付き合う様子を想像して内心苦笑した。
 「モノカは、どうなの。向こうに好い人いるの。」
 レミの飾らない言葉が、モノカには救いだった。
 「独りで帰ってきている、この姿を察してよ。」
 「そうなの、別嬪さん。」
 レミの昔からの口癖だった。
 「男の匂いを感じたけれど。」
 「ご無沙汰よ。」
 モノカはそう言い返して、動揺を悟られないように笑った。
 レミとは、高校時代のバス通学以来だったのを想いだした。モノカが進学した海辺の高校よりも遠い高校まで通っていた。
 「それにしても、モノカは変わらないね。」
 「褒め言葉ね。」
 山奥に向かう途中の街道沿いに小粋なカフェが出来ていた。レミは、常連客のようだった。初老のマスターが歓待してくれた。バルコニーから渓流が見渡せる綺麗な景色の中に吊り橋が見えた。
 「学生の頃に、こんな店があれば素敵だったのにね。」
 「……そうね。」
 モノカが感嘆したように景色を眺める姿をレミは誤解していた。モノカは、吊り橋を渡った向こうの大切な場所を想い起していたのだ。モノカだけが知るその場所を密かに【楽園】と名付けていた。
 『今も、変わっていないかな……。』
 そう思いながらモノカは、中学生の頃に偶然見つけた場所を懐かしんだ。
 「……行ってみようかな。」
 モノカは、独り呟いた。
 カフェは、早期退職して海辺の街から移住した独り身のマスターが営んでいた。拘りの珈琲と季節の果実や野菜を取り入れた手作りの美味しいケーキは、モノカを幸せな気持ちにさせた。寡黙な優しい人となりと、店の落ち着いた雰囲気とが合わさって安心できた。モノカが、穏やかな満ち足りた気持ちでいたからだろうか。レミは、膝の上で幼子をあやしながら探るように尋ねた。
 「やっばり。……ねぇ、恋してる。」
 「バカ。ないでしょう。」
 モノカは、そう見られたなら吹っ切れたのかと思った。笑いながら話題を移した。
 「そういえば。今朝、ユウの家に寄ったんだけど。今でも、こっちに住んでいるよね。」
 村一番の情報通のレミに尋ねた。ユウは、中学を卒業する年に開校した私学の芸術総合高校に進学した。ここからもう少し山奥に入った小学校の廃校を改修した新設校だった。
 「農業しているよ。」
 レミは、ユウが高校を卒業してから村から離れずに独り農業をしている経緯を話した。
 「時々、港町でバイトをしているよ。留守なら今日は、たぶんバイトかな。」
生まれて間もなく母親に抱かれて都会から戻ったユウは、中学三年生の夏に唯一の肉親であった母親を病気で亡くしていた。優等生のモノカよりも遥かに学力があった。
 「どんなバイト。」
 「いろいろ、やっているらしいわ。」
 レミが詳しく知らないのが意外だった。大学生になり帰郷した時、ユウを遠くから見かけた。声をかけなかったのが心残りだった。あの頃のモノカは、気持ちが挫けそうになっていたからだろう。独りの寂しさにあがないながらも意固地になっていたのだ。
 「何か伝えたいことでもあるの。」
 レミが探るように尋ねた。モノカは、笑顔で言った。
 「幼馴染の近況でも聞こうかと、思ったけど……。」
 「……思ったけど、何。」
 レミは、言葉の続きを促した。モノカが、少し考える素振りを見せると、それ以上は聞かなかった。レミの幼子は、いつの間にか膝の上で寝入っていた。
 時間がたつのも忘れて二人は、語り合った。
 
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