潮騒が揺らぐその間で 九話
文字数 1,750文字
そのような日が続いた夕刻、ミチカはバイトの帰りにナミと出会った。八月に入るとナミは、夏期講習が忙しく塾との往復で店に来なくなっていた。
海岸通りの停留所でナミは、バスを待っていた。ミチカは、自転車を急がせて気付くのが遅れた。車道を横切り引き返した。ナミは、軽く睨み冷たく皮肉を向けた。
「……お急ぎのようね。気持ち、ここに在らずのようですが。」
「この前は、ゴメン。」
「謝るんだ。」
ナミが、海の方に視線を移して興味なさそうに言った。ミチカは、気まずい空気に話題を変えた。
「夏期講習、どう?」
「誰かと違って、勉強しないと厳しいからね。」
ナミの言葉の端々に怒りが含み苛立っていた。
「浪人なんか、許されないし。アンタ、どうするの?」
ミチカは、返す言葉もなかった。無言の男にナミは、より腹立たしさを募らせていた。
「推薦、受けなさいよ。」
ナミは、一息ついて気持ちを整えてから続けた。
「誰も知らないと思っているわけ。」
ミチカは、答えられなかった。
「……何も、見えていないのね。」
ナミが、怒りの中に悲しみを抱えた言葉で促した。その時のミチカは、気付かないふりをした。ナミの真摯な気持ちを受けるのが重かったのだろう。
バスが着きナミは、乗り込む前に罵倒した。
「アンタ、バカなの。」
翌日のキャンプをミチカは、出発間際まで迷った。タカミの迎えで浜辺の喫茶店に向かうことができた。車にナミとマコが乗り込んでいた。
「お兄ちゃん、遅いよ。」
真っ先に非難したのは、マコだった。タカミが、呆れたように耳打ちした。
「お前は、モテ期か。一人ぐらい回してくれよ。」
車で一時間もかからない南の小さな砂浜は、昔に悲惨な事件が起こり悪い噂が残ったからだろう。地元の人は使わなかった。迷信や風評を気にしないミナは、率先して食材を運んだ。
男二人でテントを二張りする間に、マコが先頭に立って昼食の準備を始めた。
「マコちゃん、世話焼き女房になるぞ。」
タカミは、キャンプを楽しんでいた。
「それに、ミナさんの娘だ。将来の美人は保証できる。」
「もう少し色々と考えてから話をしろよ。」
ミチカは、気乗りしなかった。
「脳ミソが、溶けるぞ。」
「お前のようにお勉強ができないからな。俺は、気合と根性で生きてゆくさ。」
タカミの口癖だった。
「ところで、マコちゃん。昔のナミに似ていないか。」
「姪っ子だからな。似るさ。」
ミチカは、素っ気無く返事をしてナミの後ろ姿に視線を向けた。その日のナミは、機嫌が悪かった。張り詰めた神経が仕草にも見え隠れしていた。
マコは、片時もミチカから離れなかった。今日の為に用意した水着は、マコを得意にさせていた。浮き輪に乗ってミチカを沖まで連れ出した。
「お兄ちゃん、マコが大人になるまで待ってくれるよね。」
マコの真剣な眼差しにミチカは、差し障りない返事を探した。
「好い子でいられるなら。」
「いつも、好い子にしているよ。」
「素敵な大人になれるよ。」
「ずっと、お兄ちゃんといたい。」
「困ったな……。」
ミチカは、一回りも年下の小学生に大人の狡い言い方をした。溜息を隠しながら。
「お兄ちゃんが好き。」
マコの瞳は、真剣だった。
「約束して。マコと。」
浮き輪に乗ったままマコは、両腕をミチカの首に回した。マコの表情にナミが重なってミチカは、困惑した。
夕方近くまでマコに強請られて幾度も泳いだ。
星空の砂浜で夕食を摂りながらミチカは、マリサを想い出した。ミチカの浮ついた様子に勘付いたのだろう。ナミが冷たい視線を向けた。
マコの甲斐甲斐しい世話を煩わしく感じながらミチカは、受け入れていた。
夜、ミチカのテントにマコが強引に乗り込んだ。追い出されたタカミは、砂の上にマットを拡げて独り言ちた。
「……おおっ、独り占めできる星空が素晴らしい。」
マコが眠ると、ミナが顔を覘かせた。
「マコ、寝たようね。ゴメン、助かったわ。」
ミナは、高校生の三人にワインを振舞った。
「未成年の飲酒は、犯罪だ。」
そう苦言したタカミが、真っ先に飲んだ。
話は盛り上がったが、意識の狭間にマリサの顔が浮かび頭から離れなかった。ミチカは、楽しいキャンプの会話が一つとして残らない夜になった。
海岸通りの停留所でナミは、バスを待っていた。ミチカは、自転車を急がせて気付くのが遅れた。車道を横切り引き返した。ナミは、軽く睨み冷たく皮肉を向けた。
「……お急ぎのようね。気持ち、ここに在らずのようですが。」
「この前は、ゴメン。」
「謝るんだ。」
ナミが、海の方に視線を移して興味なさそうに言った。ミチカは、気まずい空気に話題を変えた。
「夏期講習、どう?」
「誰かと違って、勉強しないと厳しいからね。」
ナミの言葉の端々に怒りが含み苛立っていた。
「浪人なんか、許されないし。アンタ、どうするの?」
ミチカは、返す言葉もなかった。無言の男にナミは、より腹立たしさを募らせていた。
「推薦、受けなさいよ。」
ナミは、一息ついて気持ちを整えてから続けた。
「誰も知らないと思っているわけ。」
ミチカは、答えられなかった。
「……何も、見えていないのね。」
ナミが、怒りの中に悲しみを抱えた言葉で促した。その時のミチカは、気付かないふりをした。ナミの真摯な気持ちを受けるのが重かったのだろう。
バスが着きナミは、乗り込む前に罵倒した。
「アンタ、バカなの。」
翌日のキャンプをミチカは、出発間際まで迷った。タカミの迎えで浜辺の喫茶店に向かうことができた。車にナミとマコが乗り込んでいた。
「お兄ちゃん、遅いよ。」
真っ先に非難したのは、マコだった。タカミが、呆れたように耳打ちした。
「お前は、モテ期か。一人ぐらい回してくれよ。」
車で一時間もかからない南の小さな砂浜は、昔に悲惨な事件が起こり悪い噂が残ったからだろう。地元の人は使わなかった。迷信や風評を気にしないミナは、率先して食材を運んだ。
男二人でテントを二張りする間に、マコが先頭に立って昼食の準備を始めた。
「マコちゃん、世話焼き女房になるぞ。」
タカミは、キャンプを楽しんでいた。
「それに、ミナさんの娘だ。将来の美人は保証できる。」
「もう少し色々と考えてから話をしろよ。」
ミチカは、気乗りしなかった。
「脳ミソが、溶けるぞ。」
「お前のようにお勉強ができないからな。俺は、気合と根性で生きてゆくさ。」
タカミの口癖だった。
「ところで、マコちゃん。昔のナミに似ていないか。」
「姪っ子だからな。似るさ。」
ミチカは、素っ気無く返事をしてナミの後ろ姿に視線を向けた。その日のナミは、機嫌が悪かった。張り詰めた神経が仕草にも見え隠れしていた。
マコは、片時もミチカから離れなかった。今日の為に用意した水着は、マコを得意にさせていた。浮き輪に乗ってミチカを沖まで連れ出した。
「お兄ちゃん、マコが大人になるまで待ってくれるよね。」
マコの真剣な眼差しにミチカは、差し障りない返事を探した。
「好い子でいられるなら。」
「いつも、好い子にしているよ。」
「素敵な大人になれるよ。」
「ずっと、お兄ちゃんといたい。」
「困ったな……。」
ミチカは、一回りも年下の小学生に大人の狡い言い方をした。溜息を隠しながら。
「お兄ちゃんが好き。」
マコの瞳は、真剣だった。
「約束して。マコと。」
浮き輪に乗ったままマコは、両腕をミチカの首に回した。マコの表情にナミが重なってミチカは、困惑した。
夕方近くまでマコに強請られて幾度も泳いだ。
星空の砂浜で夕食を摂りながらミチカは、マリサを想い出した。ミチカの浮ついた様子に勘付いたのだろう。ナミが冷たい視線を向けた。
マコの甲斐甲斐しい世話を煩わしく感じながらミチカは、受け入れていた。
夜、ミチカのテントにマコが強引に乗り込んだ。追い出されたタカミは、砂の上にマットを拡げて独り言ちた。
「……おおっ、独り占めできる星空が素晴らしい。」
マコが眠ると、ミナが顔を覘かせた。
「マコ、寝たようね。ゴメン、助かったわ。」
ミナは、高校生の三人にワインを振舞った。
「未成年の飲酒は、犯罪だ。」
そう苦言したタカミが、真っ先に飲んだ。
話は盛り上がったが、意識の狭間にマリサの顔が浮かび頭から離れなかった。ミチカは、楽しいキャンプの会話が一つとして残らない夜になった。