潮騒が揺らぐその間で 五話
文字数 1,771文字
数日後、ミチカはバイト帰りに岬まで遠回りした。夕刻が近付く中を別荘に立ち寄った。
マリサが、独りで留守番をしていた。仕事の打ち合わせに出かけたサナが、三日後に戻るのを教えられた。後々になっても二人の間の余所余所しさが払拭されなかった。嫌悪されているわけでもなかったのだろう。マリサの警戒する様子は、ミチカを戸惑わせた。
約束の花を置いて直ぐに帰ろうとした。マリサは、躊躇いがちに引き留めた。
「……サナに叱られます。」
マリサが選んだ紅茶は、柑橘系の香りがした。手作りの野菜ケーキを頂きながら、言葉少ないマリサと時間を過ごすのは忍耐が必要だった。それでもミチカは、その程よい距離感が嬉しかった。
ミチカの問い掛けにマリサが、言葉少なく受け答えた。
「……卒業しています。」
マリサを学生と思い込んでいた。
マリサが伏し目がちに視線を泳がせる姿にミチカは、話題を移した。
「……海水が苦手です。」
年下のミチカにマリサは、敬語を使い続けた。言葉を交わすミチカは、一方的に好意を重ねた。
「……あまり、遠くに出歩かないので。」
岬の周辺から離れないマリサの姿が想像できた。
「……ここに居られるだけで、充分なのです。」
マリサの謙虚な言葉に秘められる真実が垣間見えたように思えミチカを困惑させた。
「……わたしは、救われたのです。」
マリサは、身の上を隠すことなく話した。マリサを、知りたい気持ちがミチカの中で募った。
話を重ねるほどに二人の距離が遠退くようにも思えた。マリサの心騒ぐ魅力に引き込まれていたからだろう。ミチカは、不安定に漂う気持ちを楽しみ受け入れる余裕があった。
話が尽きかける頃、夕闇の海は仄暗く虚ろに移っていた。対岸の街灯りが、銀河のように遠く感じた。
ミチカは、長居したい気持ちを最後まで持ち続けた。席を立ち戸惑いながら気の利いた言葉を探した。
玄関先でミチカは、マリサの好きな花を尋ねた。
「……サナは、わたしを白い百合のようだと云ってくれます。」
別荘から月明りが零れる雑木林を通り抜けて車道に出ると、別の世界から帰ったような不思議な感覚になっているのに気付いた。雑木林がマリサとの間を隔てる距離を示しているようにも思えた。
夜道を喫茶店に向かうミチカは、海岸通りのコンビニでタカミに捉まった。ミチカを捜し待っていたようだった。
「付き合えよ。」
夜の砂浜を歩きながらタカミは、キャンプの話を蒸し返した。
「去年は、楽しかったな。」
タカミの懐かしがる理由に心当たりがあった。子供の頃からタカミは、年上のミナに憧れに似た恋心を抱いていた。ミチカは気付かない振りをしていたが、その純真な姿は滑稽にも見えた。
暫くの沈黙が過ぎ、寄せる波音に重ねてタカミは話し出した。
「お前さ。最近、ナミに冷たくないか。」
三人は、幼稚園から一緒で仲が良かった。ミチカは、面倒くさいそうに言った。
「昔からこうだろう。」
「その言い方だよ。」
タカミの少し苛立つ声音が澱んでいた。
「……ナミを泣かす奴は、許さないって小学校の時に約束したよな。」
何時もナミを遠くから見守っていたのがタカミだった。あの夜のミチカは、相手の心情を深く読み解き考えるのが煩わしかった。
「どうしたんだ。急にそんなことを言い出して。」
「お前。鈍いな。」
タカミの言葉の端々に本気の強さが見えた。
「ナミが、どこを観ているか。分かっているだろう。」
「あいつも、年頃だからな。」
「本気か。」
タカミは、珍しく吐き捨てた。ミチカの冷たい返事に落胆したのだろう。砂を食む足音が重苦しかった。タカミが、何かを言いかけて思い止まった。深い沈黙が流れた。
「……まあ、いいさ。キャンプ行くからな。」
別れ際にタカミが星空を仰ぎ見て呟いた。
「口説こうかな……。」
タカミの寂し気な姿を見送るミチカは、取り残された思いに微かな苛立ちを覚えた。
『お前は、お節介すぎる。そんなこと、言われなくても……。』
そう思いながらミチカは、絡まる感情に気付いた。星空を見上げ溜息を零した。
『……そういうことだろう。』
タカミが何に対して怒りを向けているのかミチカは分かった。だが、それ以上ミチカは慮るのが疎ましかったのだ。正直な気持ちが、自分の中で少しばかり見え隠れして辛かった。
マリサが、独りで留守番をしていた。仕事の打ち合わせに出かけたサナが、三日後に戻るのを教えられた。後々になっても二人の間の余所余所しさが払拭されなかった。嫌悪されているわけでもなかったのだろう。マリサの警戒する様子は、ミチカを戸惑わせた。
約束の花を置いて直ぐに帰ろうとした。マリサは、躊躇いがちに引き留めた。
「……サナに叱られます。」
マリサが選んだ紅茶は、柑橘系の香りがした。手作りの野菜ケーキを頂きながら、言葉少ないマリサと時間を過ごすのは忍耐が必要だった。それでもミチカは、その程よい距離感が嬉しかった。
ミチカの問い掛けにマリサが、言葉少なく受け答えた。
「……卒業しています。」
マリサを学生と思い込んでいた。
マリサが伏し目がちに視線を泳がせる姿にミチカは、話題を移した。
「……海水が苦手です。」
年下のミチカにマリサは、敬語を使い続けた。言葉を交わすミチカは、一方的に好意を重ねた。
「……あまり、遠くに出歩かないので。」
岬の周辺から離れないマリサの姿が想像できた。
「……ここに居られるだけで、充分なのです。」
マリサの謙虚な言葉に秘められる真実が垣間見えたように思えミチカを困惑させた。
「……わたしは、救われたのです。」
マリサは、身の上を隠すことなく話した。マリサを、知りたい気持ちがミチカの中で募った。
話を重ねるほどに二人の距離が遠退くようにも思えた。マリサの心騒ぐ魅力に引き込まれていたからだろう。ミチカは、不安定に漂う気持ちを楽しみ受け入れる余裕があった。
話が尽きかける頃、夕闇の海は仄暗く虚ろに移っていた。対岸の街灯りが、銀河のように遠く感じた。
ミチカは、長居したい気持ちを最後まで持ち続けた。席を立ち戸惑いながら気の利いた言葉を探した。
玄関先でミチカは、マリサの好きな花を尋ねた。
「……サナは、わたしを白い百合のようだと云ってくれます。」
別荘から月明りが零れる雑木林を通り抜けて車道に出ると、別の世界から帰ったような不思議な感覚になっているのに気付いた。雑木林がマリサとの間を隔てる距離を示しているようにも思えた。
夜道を喫茶店に向かうミチカは、海岸通りのコンビニでタカミに捉まった。ミチカを捜し待っていたようだった。
「付き合えよ。」
夜の砂浜を歩きながらタカミは、キャンプの話を蒸し返した。
「去年は、楽しかったな。」
タカミの懐かしがる理由に心当たりがあった。子供の頃からタカミは、年上のミナに憧れに似た恋心を抱いていた。ミチカは気付かない振りをしていたが、その純真な姿は滑稽にも見えた。
暫くの沈黙が過ぎ、寄せる波音に重ねてタカミは話し出した。
「お前さ。最近、ナミに冷たくないか。」
三人は、幼稚園から一緒で仲が良かった。ミチカは、面倒くさいそうに言った。
「昔からこうだろう。」
「その言い方だよ。」
タカミの少し苛立つ声音が澱んでいた。
「……ナミを泣かす奴は、許さないって小学校の時に約束したよな。」
何時もナミを遠くから見守っていたのがタカミだった。あの夜のミチカは、相手の心情を深く読み解き考えるのが煩わしかった。
「どうしたんだ。急にそんなことを言い出して。」
「お前。鈍いな。」
タカミの言葉の端々に本気の強さが見えた。
「ナミが、どこを観ているか。分かっているだろう。」
「あいつも、年頃だからな。」
「本気か。」
タカミは、珍しく吐き捨てた。ミチカの冷たい返事に落胆したのだろう。砂を食む足音が重苦しかった。タカミが、何かを言いかけて思い止まった。深い沈黙が流れた。
「……まあ、いいさ。キャンプ行くからな。」
別れ際にタカミが星空を仰ぎ見て呟いた。
「口説こうかな……。」
タカミの寂し気な姿を見送るミチカは、取り残された思いに微かな苛立ちを覚えた。
『お前は、お節介すぎる。そんなこと、言われなくても……。』
そう思いながらミチカは、絡まる感情に気付いた。星空を見上げ溜息を零した。
『……そういうことだろう。』
タカミが何に対して怒りを向けているのかミチカは分かった。だが、それ以上ミチカは慮るのが疎ましかったのだ。正直な気持ちが、自分の中で少しばかり見え隠れして辛かった。