九、枯葉の匂いが雨の色を

文字数 1,735文字

 帰り道は、峠越えで少し遠回りをした。
 高地の紅葉が進んでいた。途中で車を停めて景色を楽しんだ。モノカのお気に入りのイチョウの大木が鮮やかに色付ていた。

 キヨは、いなかった。行き先にモノカは、心当たりがあった。今でも神社のピアノで練習しているのだろう。キヨの奏でるハノンが耳に残っていた。モノカは、溜息を隠して思った。
 『ホント、マイペースな妖怪ね。しおらしく待ってわたしを迎えなさいよ……。』
 モノカは、密かに小さな縫いぐるみを買っていた。店先に並んだその雰囲気が従兄に似ていたからだろう。手渡した時の顔を想像して微かに期待していたのだ。そう考えると、小学生の頃が懐かしかった。中学生になっていた従兄は、理由を語らないままに手芸をしていた。手に乗る可愛いマスコットをモノカは作ってもらった。ヒマワリがモチーフのキーホルターは、今でも大事にしていた。
 ──モノカは、ヒマワリのような笑顔だからね。
 キヨは、そう優しく言った。あの時、モノカは嬉しかったのに拗ねたのだ。
 「お茶、飲んでいくでしょう。」
 ナオは、休憩を勧めた。
 「酔う暇もなかった。無茶し過ぎよ。」
 「そうかな。あれでも大人しく降ったよ。でも、叔母様と心中なんて話題になり過ぎね。」
 「バカね。もぅ、それは勘弁してほしいわ。」
 ナオが昔の噂話と重ねているのがモノカに分かった。

 帰り際にモノカは、少し迷ってから言い残した。
 「……どうしようかな。聞いてほしいことがあるから。そのうちに来るね。」
 神社に戻る途中で、ふと思い直して村が整えた住宅地に回った。
 その辺り一帯は、開発されて昔の面影がなかった。モノカは、少し手前の昔からある枝道に入って車を停めた。中学生の頃に密室事件があった建物は取り壊されて、広場になっていた。
 「……あの建物って、絵になったのにな。」
 古い時代に建てられた趣のある建築が、周りの景色に馴染んでいたのを少し残念に振り返った。ユウが事件を調べる姿をモノカは、遠目に眺めたのを想い返した。大人たちに交じって動くユウの姿にモノカは、微かな憧憬と嫉妬の混じった気持ちを隠して見ていたのだ。そのモノカの複雑な感情は、誰も気付かなかっただろう。
 村が整地して移住を推奨している場所に向かう小道が、街で見かける公園のように造られていた。モノカは、ゆっくりと探索しながら独り含み笑った。
 「……だれが、デザインしたのょ。特徴なさすぎでしょう。」
 木立の向こうの駐車場に村役場の車が停まっていた。モノカは、思いがけない場所に車を見かけて驚いた。しかし、内心は安堵していた。キヨの単車が停まっていたらとモノカは、密かに心配していたのだ。
 緩やかな斜面を整地して幾つかの建物が点在していた。雑誌で見たようなデザインの建物だった。一番奥の高い場所の建物だけ雨戸が開いていた。目安を付けて向かおうとした足が止まった。庭先で父親がミコトと立ち話をしていた。モノカは、キヨがいるよりも困惑した。村が所有する建物の見回りに父が出向いても不思議でなかった。
 その二人の姿が、モノカの幼い頃の記憶に重なった。父と母の立ち話をする姿に似ていたからだろうか。二人の自然な雰囲気の馴染みようがモノカを不快にさせた。
 『……なによ。』
 程なく父は帰った。モノカは、迷った。来るまでは軽く世間話でもしょうかと考えていたのだ。モノカは、躊躇いながら呟いた。
 「……どうでもいいか。でも、これって。」
 ミコトは、高台から田舎の景色を眺めていた。一人静かに佇む後ろ姿に、モノカは苛立ちを抑えながら思った。
 『……わたしを迷わせるなんて。』
 モノカは、近付いて後ろから声をかけた。
 「……どうも。」
 振り返ったミコトは、驚きもせずに静かに頭を下げた。
 「一人で寂しいでしょう。」
 モノカの少し嫌みを含んだ声にミコトは、小首を傾げた。その仕草が逆に戸惑わせた。苛立ちが萎えてモノカを冷静にさせた。
 「静かでいいわね。ここを離れるまで、そんなこと 少しも考えて見なかった。」
 モノカは、独り言のような声を出した。
 「貴女は、この場所のどこが気に入ったの。」
 モノカの質問に、答えは返ってこなかった。ミコトの戸惑い逡巡する様子だけが残った。
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